111 / 113
外伝
外伝1-2.横恋慕の初恋は実らない
しおりを挟む
少年のフリをした叔母様は、その時美少女ではなかった。平民の少年を助けるために、自分が大ケガを負ったってのか? それもあんな傷、相当痛いし死にそうな思いをしたはず。
明け方、こっそりベッドを抜け出した。老執事のアントンなら、昔の話を知ってると思ったんだ。この時間なら、執事や家令は起き出しているはず。実家での記憶を頼りに、執事がいるであろう控室へ向かった。
ここは名前こそ「控室」だが、使用人を監督する執事や侍女長以上の役職でなければ入れない。いわゆる、使用人のまとめ役が仕事をする執務室だった。父上の執務室と違うのは、豪華さがないこと。狭いことだろうか。
ノックするとすぐに扉が開き、アントンが驚いた顔をする。それはそうだろう。公爵家の嫡男が一人で、明け方に訪ねてきたんだ。服の着替えもまだだし。少し恥ずかしさを覚えた。万が一にも叔母様に見られないよう、こっそり部屋に帰ろう。
「あの……叔母様と叔父上の出会いの話を、知ってるか?」
アントンは目を見開いた後、白髪の頭を左手で撫でた。それから少し考え、椅子を勧められる。素直に座った僕に、母上から聞いた話より詳しく教えてくれた。ケガは命を脅かすほど深く、傷ついた叔父上を叔母様が必死で看病したことや、その後の叔母様が叔父上を追い回して捕まえたことまで。
「叔母様が、叔父上を……選んだ……」
ぽつりと呟いたタイミングで、ノックもなく扉が開いた。
「旦那様、ノックをお忘れです」
慣れているのか、アントンは苦笑いして注意する。振り返った扉には、上半身裸の叔父上がいた。どこの野蛮人だ? いくら自分の屋敷とはいえ、公爵夫人である母上も滞在しているのに。眉を寄せたが、それ以上に驚いた。
上半身を覆い尽くすほど、その傷は酷い。深く抉れた痕は、筋肉の鎧にくっきり刻まれていた。
「おはよう、エドガー殿。よければ、一緒に鍛錬をどうだ?」
「あ、お願いします」
興味を持った。こんな傷があるのに、剣を振るって戦えるのか? 部下が忖度してるだけで、本当は英雄と呼ばれる強さなんてないのかも。妖精姫を助けた功績で、後に英雄と呼ばれただけだろう。そうであって欲しいと願った。
なのに、鍛錬場では圧倒的な実力を示された。本気で血を流しながら向かっていく部下を、淡々と叩きのめして転がす。部下は真剣を持っているのに、叔父上は棒切れだった。使い込んだ様子は窺えるが、特別な棒じゃない。
「よし、せっかくだ。戦うか」
「……え、僕?」
冷や汗が流れ落ちる。だが背を向けるのも癪で、訓練場の剣の柄を握り……。
「ぐっ、なんだこれ」
重すぎて抜けない。舌打ちして、倒れている部下の剣を拝借することにしたが……こちらも重かった。引き摺る姿に、叔父上は大声で笑った。恥ずかしい、そう思う反面、年齢が違うんだと言い訳する。
「悪い、持てないことを笑ったんじゃないぞ。まさかその状態でも向かってくると思わなかった。負けん気が強くて立派だ。これなら将来の嫁さんを守ってやれるぞ」
がごっと落ちた剣が金属音を立てる。それをひょいっと拾い上げ、叔父上は「足の上に落としたらどうする」と眉を寄せた。それから僕を脇に担いで、荷物のように運ばれる。
「風呂に入ろう。それから朝食を食べて、また鍛錬だ」
げっ、まだやるのか。その後、朝食の間に叔母様から叔父上の武勇伝を聞かされた。惚気に近い話だが、今なら真実だとわかる。ドラゴンを退治するくらい強くならないと、妖精姫は娶れない。僕は心に刻んだ。
「バカね、お父様とお母様は運命で結ばれてるのよ。横恋慕はみっともないわ」
叔母様に似て綺麗な顔してるのに、本当に失礼な奴だな。お前なんかに惚れないからな! 絶対だ!!
その決意は口に出されることなく、数年後にあっさりひっくり返されたが……仕方ないだろ。叔母様の再来かと思うくらい、アストリッドが綺麗になったんだから。
明け方、こっそりベッドを抜け出した。老執事のアントンなら、昔の話を知ってると思ったんだ。この時間なら、執事や家令は起き出しているはず。実家での記憶を頼りに、執事がいるであろう控室へ向かった。
ここは名前こそ「控室」だが、使用人を監督する執事や侍女長以上の役職でなければ入れない。いわゆる、使用人のまとめ役が仕事をする執務室だった。父上の執務室と違うのは、豪華さがないこと。狭いことだろうか。
ノックするとすぐに扉が開き、アントンが驚いた顔をする。それはそうだろう。公爵家の嫡男が一人で、明け方に訪ねてきたんだ。服の着替えもまだだし。少し恥ずかしさを覚えた。万が一にも叔母様に見られないよう、こっそり部屋に帰ろう。
「あの……叔母様と叔父上の出会いの話を、知ってるか?」
アントンは目を見開いた後、白髪の頭を左手で撫でた。それから少し考え、椅子を勧められる。素直に座った僕に、母上から聞いた話より詳しく教えてくれた。ケガは命を脅かすほど深く、傷ついた叔父上を叔母様が必死で看病したことや、その後の叔母様が叔父上を追い回して捕まえたことまで。
「叔母様が、叔父上を……選んだ……」
ぽつりと呟いたタイミングで、ノックもなく扉が開いた。
「旦那様、ノックをお忘れです」
慣れているのか、アントンは苦笑いして注意する。振り返った扉には、上半身裸の叔父上がいた。どこの野蛮人だ? いくら自分の屋敷とはいえ、公爵夫人である母上も滞在しているのに。眉を寄せたが、それ以上に驚いた。
上半身を覆い尽くすほど、その傷は酷い。深く抉れた痕は、筋肉の鎧にくっきり刻まれていた。
「おはよう、エドガー殿。よければ、一緒に鍛錬をどうだ?」
「あ、お願いします」
興味を持った。こんな傷があるのに、剣を振るって戦えるのか? 部下が忖度してるだけで、本当は英雄と呼ばれる強さなんてないのかも。妖精姫を助けた功績で、後に英雄と呼ばれただけだろう。そうであって欲しいと願った。
なのに、鍛錬場では圧倒的な実力を示された。本気で血を流しながら向かっていく部下を、淡々と叩きのめして転がす。部下は真剣を持っているのに、叔父上は棒切れだった。使い込んだ様子は窺えるが、特別な棒じゃない。
「よし、せっかくだ。戦うか」
「……え、僕?」
冷や汗が流れ落ちる。だが背を向けるのも癪で、訓練場の剣の柄を握り……。
「ぐっ、なんだこれ」
重すぎて抜けない。舌打ちして、倒れている部下の剣を拝借することにしたが……こちらも重かった。引き摺る姿に、叔父上は大声で笑った。恥ずかしい、そう思う反面、年齢が違うんだと言い訳する。
「悪い、持てないことを笑ったんじゃないぞ。まさかその状態でも向かってくると思わなかった。負けん気が強くて立派だ。これなら将来の嫁さんを守ってやれるぞ」
がごっと落ちた剣が金属音を立てる。それをひょいっと拾い上げ、叔父上は「足の上に落としたらどうする」と眉を寄せた。それから僕を脇に担いで、荷物のように運ばれる。
「風呂に入ろう。それから朝食を食べて、また鍛錬だ」
げっ、まだやるのか。その後、朝食の間に叔母様から叔父上の武勇伝を聞かされた。惚気に近い話だが、今なら真実だとわかる。ドラゴンを退治するくらい強くならないと、妖精姫は娶れない。僕は心に刻んだ。
「バカね、お父様とお母様は運命で結ばれてるのよ。横恋慕はみっともないわ」
叔母様に似て綺麗な顔してるのに、本当に失礼な奴だな。お前なんかに惚れないからな! 絶対だ!!
その決意は口に出されることなく、数年後にあっさりひっくり返されたが……仕方ないだろ。叔母様の再来かと思うくらい、アストリッドが綺麗になったんだから。
12
お気に入りに追加
894
あなたにおすすめの小説
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※おまけ更新中です。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛
らがまふぃん
恋愛
人の心を持たない美しく残酷な公爵令息エリアスト。学園祭で伯爵令嬢アリスと出会ったことから、エリアストの世界は変わっていく。 ※残酷な表現があります。苦手な方はご遠慮ください。ご都合主義です。笑ってご容赦くださいませ。 *R5.1/28本編完結しました。数話お届けいたしました番外編、R5.2/9に最終話投稿いたしました。時々思い出してまた読んでくださると嬉しいです。ありがとうございました。 たくさんのお気に入り登録、エール、ありがとうございます!とても励みになります!これからもがんばって参ります! ※R5.6/1続編 美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛 投稿いたしました。再度読み返してくださっている方、新たに読み始めてくださった方、すべての方に感謝申し上げます。これからもよろしくお願い申し上げます。 ※R5.7/24お気に入り登録200突破記念といたしまして、感謝を込めて一話お届けいたします。 ※R5.10/29らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R5.11/12お気に入り登録300突破記念といたしまして、感謝を込めて一話お届けいたします。 ※R6.1/27こちらの作品と、続編 美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れる程の愛(前作) の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.10/29に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
※R6.11/17お気に入り登録500突破記念といたしまして、感謝を込めて一話お届けいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる