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100.めくるめく美食の世界へ――騎士
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砦に新しい女主人が来る。それも妖精姫と呼ばれた、元公爵令嬢だそうだ。噂はすぐに広まった。
前辺境伯家は跡取りを失い、養子を迎えている。圧倒的な強さ、公平な判断力、優しい人柄。どこを取っても最高の主人だ。元男爵家の三男と聞いたが胆力もあり、国王陛下の抜擢だったと聞く。実際、俺たちに不満はなかった。
辺境伯家は広大な国境地を守るため、常に資金不足だ。にも関わらず、給与や休暇の改善に着手してくれた。ドラゴン退治の報酬を、俺達に惜しみなく与えた領主に一生ついていくと決めている。
そんな最高の主君だが、残念な欠点がある。いや、俺達は欠点だと思っていない。それどころか勲章だった。だが、都の貴族令嬢は違う。辺境伯閣下の顔を見るなり、悲鳴を上げて卒倒するらしい。
なんて失礼な奴らだ。この傷はドラゴンから国を守った証拠で、誇りだった。それを安全な場所に隠れていた連中が、こそこそと陰口を叩くなど。この手で叩き切ってやりたいが、主君に迷惑がかかるので我慢した。
妻になるエールヴァール公爵家の令嬢は、美しさで有名らしい。妖精姫と呼ばれる彼女が、どんな思惑で閣下を籠絡したのか。下世話な話が盛り上がり、すぐに上官に鎮火された。表面上は誰も口にしないが、どうせすぐ逃げ出そうだろうと思っている。
閣下がベタ惚れで、美人妻を追い回している? なんの冗談だよ。あの凛々しい閣下に限って、そんなことはあり得ない。公爵家の財力支援を取り付ける作戦かもしれないな。
そんな噂に飽きる頃、ようやく訪れたチャンスに、俺達は湧き立った。辺境伯夫人となった妖精姫がこの砦にやってくる。挨拶の日に「裸を見せて脅かしてやろう」と言い出したのは、同僚の一人だった。
訓練中なら上半身裸も珍しくないが、騎士なので淑女の前では制服を纏う。時間を間違えたフリで、半裸で迎える。もし男慣れしていれば、目移りするだろう。逆なら悲鳴を上げて倒れる。そんな姿に、眩んだ閣下の目が覚めることを願った。
だが……顔を見せた妖精姫は噂以上の美女だった。その上、閣下と腕を組んでいる。傷だらけの顔を見上げて、うっとり微笑む様子に演技はなかった。俺達の無礼も「洗濯を減らすため」と勘違いしたやり取りで許した。
もしかしたら大きく間違えたんじゃないか? 人格者の閣下に似合いの奥様だったら。俺達の無礼は許されない。詫びるつもりで全員が集まり相談した。幾人か外見のよい騎士が代表で声をかけ、全員で頭を下げるつもりが……どうしてこうなった?
妖精姫の手料理だという毒物が運ばれ、全員の前に並ぶ。無礼の詫びなら残飯でも我慢する。だが一番の問題は、緑の煙を上げる紫の毒物を閣下が完食したことだ。どころかお代わりしている――執事が泣いて止めたのに。
もしかして旨いのか? 覚悟を決め、目を閉じて口に入れる。野菜が崩れ、肉は柔らか過ぎて溶けていた。かろうじて固形だった具が崩れると同時に、溢れ出す味は癖になる。食べたことのない美食の世界だった。すべての味覚が刺激され、調和して喉を流れていく。
公爵家や王家はこんな旨い飯を毎回食ってるのか? とにかく味が良く、気づけばパンと一緒に食べ終えていた。無言で立ち上がり、お代わりを要求する。青ざめた料理長とは裏腹に、お代わりの列は途切れなかった。
前辺境伯家は跡取りを失い、養子を迎えている。圧倒的な強さ、公平な判断力、優しい人柄。どこを取っても最高の主人だ。元男爵家の三男と聞いたが胆力もあり、国王陛下の抜擢だったと聞く。実際、俺たちに不満はなかった。
辺境伯家は広大な国境地を守るため、常に資金不足だ。にも関わらず、給与や休暇の改善に着手してくれた。ドラゴン退治の報酬を、俺達に惜しみなく与えた領主に一生ついていくと決めている。
そんな最高の主君だが、残念な欠点がある。いや、俺達は欠点だと思っていない。それどころか勲章だった。だが、都の貴族令嬢は違う。辺境伯閣下の顔を見るなり、悲鳴を上げて卒倒するらしい。
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閣下がベタ惚れで、美人妻を追い回している? なんの冗談だよ。あの凛々しい閣下に限って、そんなことはあり得ない。公爵家の財力支援を取り付ける作戦かもしれないな。
そんな噂に飽きる頃、ようやく訪れたチャンスに、俺達は湧き立った。辺境伯夫人となった妖精姫がこの砦にやってくる。挨拶の日に「裸を見せて脅かしてやろう」と言い出したのは、同僚の一人だった。
訓練中なら上半身裸も珍しくないが、騎士なので淑女の前では制服を纏う。時間を間違えたフリで、半裸で迎える。もし男慣れしていれば、目移りするだろう。逆なら悲鳴を上げて倒れる。そんな姿に、眩んだ閣下の目が覚めることを願った。
だが……顔を見せた妖精姫は噂以上の美女だった。その上、閣下と腕を組んでいる。傷だらけの顔を見上げて、うっとり微笑む様子に演技はなかった。俺達の無礼も「洗濯を減らすため」と勘違いしたやり取りで許した。
もしかしたら大きく間違えたんじゃないか? 人格者の閣下に似合いの奥様だったら。俺達の無礼は許されない。詫びるつもりで全員が集まり相談した。幾人か外見のよい騎士が代表で声をかけ、全員で頭を下げるつもりが……どうしてこうなった?
妖精姫の手料理だという毒物が運ばれ、全員の前に並ぶ。無礼の詫びなら残飯でも我慢する。だが一番の問題は、緑の煙を上げる紫の毒物を閣下が完食したことだ。どころかお代わりしている――執事が泣いて止めたのに。
もしかして旨いのか? 覚悟を決め、目を閉じて口に入れる。野菜が崩れ、肉は柔らか過ぎて溶けていた。かろうじて固形だった具が崩れると同時に、溢れ出す味は癖になる。食べたことのない美食の世界だった。すべての味覚が刺激され、調和して喉を流れていく。
公爵家や王家はこんな旨い飯を毎回食ってるのか? とにかく味が良く、気づけばパンと一緒に食べ終えていた。無言で立ち上がり、お代わりを要求する。青ざめた料理長とは裏腹に、お代わりの列は途切れなかった。
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