95 / 113
95.美女と野獣も悪くない――辺境伯
しおりを挟む
驚いたことに、ヴィーの女主人としての教育は完璧だった。早朝から働く使用人が一段落する朝食前に、着飾り過ぎないワンピースで現れる。髪を結い上げていないのも、好感度が高かった。威圧感が少ないそうだ。
執事アントンは、かつて領地の家令だった。息子のニクラスに跡を譲り、執事として俺について王都へ向かったのだ。その理由がまた、聞いて驚きだった。万が一にも俺が軽んじられることがあれば、その貴族と差し違えても倒す気だったと。
年寄り一人、いざとなれば切り捨てなさい。そう言われた衝撃は今も胸にある。だから国王陛下の前に呼ばれても、堂々としていた。そんなアントンはもちろん、家令を継いだニクラスも。ヴィーの完璧な対応に満足げだ。
問題があるとすれば、性的な知識だけが妙に足りないことか。小説や既婚のご婦人方の話で耳年増になり、おかしな理論を振り翳して騒ぎを大きくする。まあ、そんなところも可愛いと思うのは、さすがに俺も壊れているが。
午後から寄子貴族や周辺に領地を持つ貴族との顔合わせがあったが、誰もが見惚れて彼女に絡め取られてしまった。あの美しさは暴力的だ。田舎の貴族が太刀打ち出来るわけがない。そこに加え、エールヴァール公爵家で鍛えられている。
何人か意地悪な質問をする者が現れたが、彼女は平然と切り返した。俺の外見を揶揄し、美女と野獣扱いされたが、ヴィーは怒って機嫌を悪くする無様は晒さなかった。
「あら、この人が野獣なら私は最高の夫を手に入れたのね」
笑って切り返したくらいだ。まあ、彼らが帰ってからクッションに穴を開けるほど暴れたのだが。やはり中央貴族の感情制御は素晴らしい。とても真似できる気がしないな。
辺境伯家は広大な領地と、侯爵と並ぶ権力を持つ。今までは金がなくて狙われることは少なかったが、これからは違うだろう。ヴィーの実家がもぎ取った賠償金だけでも、数世代は遊んで暮らせる金額だった。
彼女はその金で領地を豊かにしようと言い出した。牛や馬を増やし、田畑の開拓に支援金を出し、街へ商人を呼び込んで豊かさを得る。金さえあれば叶うが、あれはヴィーのお金だ。そう告げた途端、笑顔で言い返された。
「私のお金は、アレクシス様のお金よ」
俺は天使か女神を妻にしたのだろうか。
新しいベッドの納品予定を聞きながら、もう一晩我慢かと溜め息を吐いた。だが、逆を言えば今夜さえ乗り切ればいい。気合いを入れて、明日のために早く寝る方針を示した。
早朝から騎士団と顔合わせを行い、お昼から街の住民との触れ合いが予定されている。隣の部屋で眠っている妻を思い、一人のベッドで寝返りを打った。狭いわけじゃない。十分広いのだが……俺とヴィーが使うには、確かに狭いな。断じて俺だけが悪いんじゃないぞ。ヴィーだって……!
やばい、余計なことを思い出してしまった。興奮する熱を散らすため、難しい本を開いて読み始める。夜明けはかなり遠い。
執事アントンは、かつて領地の家令だった。息子のニクラスに跡を譲り、執事として俺について王都へ向かったのだ。その理由がまた、聞いて驚きだった。万が一にも俺が軽んじられることがあれば、その貴族と差し違えても倒す気だったと。
年寄り一人、いざとなれば切り捨てなさい。そう言われた衝撃は今も胸にある。だから国王陛下の前に呼ばれても、堂々としていた。そんなアントンはもちろん、家令を継いだニクラスも。ヴィーの完璧な対応に満足げだ。
問題があるとすれば、性的な知識だけが妙に足りないことか。小説や既婚のご婦人方の話で耳年増になり、おかしな理論を振り翳して騒ぎを大きくする。まあ、そんなところも可愛いと思うのは、さすがに俺も壊れているが。
午後から寄子貴族や周辺に領地を持つ貴族との顔合わせがあったが、誰もが見惚れて彼女に絡め取られてしまった。あの美しさは暴力的だ。田舎の貴族が太刀打ち出来るわけがない。そこに加え、エールヴァール公爵家で鍛えられている。
何人か意地悪な質問をする者が現れたが、彼女は平然と切り返した。俺の外見を揶揄し、美女と野獣扱いされたが、ヴィーは怒って機嫌を悪くする無様は晒さなかった。
「あら、この人が野獣なら私は最高の夫を手に入れたのね」
笑って切り返したくらいだ。まあ、彼らが帰ってからクッションに穴を開けるほど暴れたのだが。やはり中央貴族の感情制御は素晴らしい。とても真似できる気がしないな。
辺境伯家は広大な領地と、侯爵と並ぶ権力を持つ。今までは金がなくて狙われることは少なかったが、これからは違うだろう。ヴィーの実家がもぎ取った賠償金だけでも、数世代は遊んで暮らせる金額だった。
彼女はその金で領地を豊かにしようと言い出した。牛や馬を増やし、田畑の開拓に支援金を出し、街へ商人を呼び込んで豊かさを得る。金さえあれば叶うが、あれはヴィーのお金だ。そう告げた途端、笑顔で言い返された。
「私のお金は、アレクシス様のお金よ」
俺は天使か女神を妻にしたのだろうか。
新しいベッドの納品予定を聞きながら、もう一晩我慢かと溜め息を吐いた。だが、逆を言えば今夜さえ乗り切ればいい。気合いを入れて、明日のために早く寝る方針を示した。
早朝から騎士団と顔合わせを行い、お昼から街の住民との触れ合いが予定されている。隣の部屋で眠っている妻を思い、一人のベッドで寝返りを打った。狭いわけじゃない。十分広いのだが……俺とヴィーが使うには、確かに狭いな。断じて俺だけが悪いんじゃないぞ。ヴィーだって……!
やばい、余計なことを思い出してしまった。興奮する熱を散らすため、難しい本を開いて読み始める。夜明けはかなり遠い。
14
お気に入りに追加
906
あなたにおすすめの小説
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
【完結】フェリシアの誤算
伽羅
恋愛
前世の記憶を持つフェリシアはルームメイトのジェシカと細々と暮らしていた。流行り病でジェシカを亡くしたフェリシアは、彼女を探しに来た人物に彼女と間違えられたのをいい事にジェシカになりすましてついて行くが、なんと彼女は公爵家の孫だった。
正体を明かして迷惑料としてお金をせびろうと考えていたフェリシアだったが、それを言い出す事も出来ないままズルズルと公爵家で暮らしていく事になり…。
無双する天然娘は皇帝の愛を得る
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕「強運」と云う、転んでもただでは起きない一風変わった“加護”を持つ子爵令嬢フェリシティ。お人好しで人の悪意にも鈍く、常に前向きで、かなりド天然な令嬢フェリシティ。だが、父である子爵家当主セドリックが他界した途端、子爵家の女主人となった継母デラニーに邪魔者扱いされる子爵令嬢フェリシティは、ある日捨てられてしまう。行く宛もお金もない。ましてや子爵家には帰ることも出来ない。そこで訪れたのが困窮した淑女が行くとされる或る館。まさかの女性が春を売る場所〈娼館〉とは知らず、「ここで雇って頂けませんか?」と女主人アレクシスに願い出る。面倒見の良い女主人アレクシスは、庇護欲そそる可憐な子爵令嬢フェリシティを一晩泊めたあとは、“或る高貴な知り合い”ウィルフレッドへと託そうとするも……。
※設定などは独自の世界観でご都合主義。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日(2024.12.24)からHOTランキング入れて頂き、ありがとうございます🙂(最高で29位✨)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる