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93.一緒に寝るのは無理だ、我慢できない

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 辺境伯夫人としてレードルンド領へ赴いたからには、認めてもらわねばなりません。早朝から使用人達への挨拶と顔見せ、午後は寄子の貴族や騎士からの挨拶を受けます。もちろん、明日は街へ降りる予定でした。

「ならば明後日まで寝室を分けよう」

「嫌です」

 突然何を仰るのでしょう。無理ですわ、絶対に嫌です。新しいベッドはまだ選んでおりませんので、古いままです。多少狭いでしょうが並んで眠るには不自由しませんわ。

「……ヴィー、俺は我慢できない」

「我慢しなければ良いではありませんか」

「ならば明日は立てなくなるぞ?」

 お風呂に入った直後、なぜ寝室でこのようなやり取りが始まったのかしら。こてりと首を傾げて意味を考えます。ああ、閨事をしたら、翌朝の私が辛いお話なのですね。それは分かりましたが、それなら別に何もせず眠れば良いではありませんか。

「だから、それは無理だ」

 絶対に手を出す。言い切られてしまいました。でも結婚式までは、あんなに我慢していたではないですか。そちらの話を持ち出すと、青くなったり赤くなったりした後「一度タガが外れたら戻らない」と。

 壊れたタガは修理すればいいと思います。でもアレクシス様が無理だと仰るなら、私も譲歩しますわ。夫の我が侭も受け止めるのが妻ですもの。

「分かりました。ではお部屋にもう一つベッドを置きましょう」

「そうじゃない、違うんだ……ヴィー。本当に頼むから、自室のベッドで寝てくれ」

 両手を合わせて懇願され、押し出されるように自室へ戻されました。侍女のエレンがまだ部屋の片付けをしておりましたので、呼んで事情を話してみました。私のどこが悪かったのでしょう。

 最初は「奥様を追い出すなんて」と怒ってくれた彼女も、徐々に顔色が悪くなり……ついに「奥様が悪いです」と敵になりました。これが裏切りという経験ですのね。

「奥様、殿方は本能で生きております。私達が感情に振り回されるのと同じで、欲望を抑えるのは大変です」

「ええ」

「これほど愛らしく美しい奥様が隣で眠っていて、手を出さない夫はクズです」

「はぁ……」

「ですから、一緒に寝て手を出せない状況が拷問なのは、お分かりですね?」

「拷問だなんて。ただ寝るだけなのよ」

「今はそれが拷問です。とにかく、大人しく寝てください」

 エレンまでおかしなことを言い出して。明日はアントンや屋敷の他の人に聞いてみようかしらね。誰か私に同情してくれる人がいるでしょう。

 素直に言われた通り、自室のベッドに入りました。一人だと広いし寒いです。いえ、そんなに寒い季節ではありませんが。なんだか……そう、寂しいのです。寝つくのに時間がかかりましたが、翌朝の予定を考えて頑張りました。

 早朝、ご挨拶に伺った場で昨夜のアレクシス様の対応について、お話を聞きたかったのですが。あっという間に口を塞がれ、中断となりました。これも閨事情の吹聴にあたるのだとか。知らずに失礼いたしました。
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