上 下
92 / 113

92.申し分ない屋敷と砦ですわ

しおりを挟む
 領地に入り、農地の間を走り抜けます。領民が作業の手を止めて、帽子やスカーフを振ってくれました。どうやらアレクシス様は尊敬される領主のようですね。素晴らしいです。

 お顔が怖いと嫌厭されていたら、領民に悪夢が届くよう祈ってしまうところでしたわ。呪いではありませんの、あくまでお祈りです。妖精が叶えてくれるんですよ。

 以前、私に嫌がらせをしたご令嬢は、怖くて一人でトイレに行けなくなったそうです。ふふっ、何をされたのでしょうね。

「疲れたか?」

「いえ、思ったより速かったですわ」

 お世辞ではなく本心です。王都を抜けたら、街道が荒れていると思っておりました。シベリウス侯爵領へ避暑に赴いたことがありますが、その際は馬車が揺れて揺れて。荷物は崩れますし、私達も疲れました。距離はさほどないのに、すごく大変でしたの。

 翌年のお誘いは、ご遠慮いたしましたわ。道理でお母様が「忙しいのでご辞退しますわ」などと仰ったわけですね。理由を教えてくださったらよかったのに。

「ああ、軍事作戦に影響するため、辺境伯領への街道は最優先で整備されるんだ」

 アレクシス様のご説明に、なるほどと納得しました。やはり王都で豪邸を構える商人を締め上げて正解でしたね。これほど整備された道に荷馬車を走らせれば、辺境といえど快適でしょう。時間も早いでしょうし、品物の傷みも少ないはず。

 もっと高く買い取ってもバチは当たりません。お母様と相談して、当初の予定より買取価格を上げてもらわなくてはいけませんわ。頭の中で計算しながら、窓の外へ手を振り返しました。

 立派な街を抜けて、要塞のようなお屋敷に入ります。国王陛下のお城のような優美さはなく、ごつごつと岩を積み重ねたような。無骨で質素で、けれど頑丈そうです。

「美しくはないと思うが」

「頑丈で修理費が節約できそうですし、全体に威嚇効果が高くて好きですわ」

 アレクシス様の言葉を遮りました。だって、続くのは自虐っぽい内容でしょう? そんなの不要です。代々お役目を果たしてきた辺境伯家のお屋敷として、これ以上ない立派な砦ですもの。

 立地も申し分ありませんね。国境を示す森が目の前に迫る、まさに最前線でした。王都から走ってきて、農地が見えて街を通る。つまり、守るべきものを背後に庇い、両手を広げた形の砦が領主の館なのです。

 戦う能力の低い農民を奥へ、逃げ足の早い身軽な商人は近くへ。緊急時の支援や食糧調達も容易で、文句のつけようがありませんでした。

 興奮して捲し立てる私を促し、アレクシス様は屋敷に入っていきます。騎士達も砦で暮らしていると説明を受け、様々な仕掛けも見せていただきました。吊り橋や吊り格子は話で聞いていましたが、初めて実物を目にしました。

「ヴィーが嫌でないなら、問題はないな」

「いいえ……アレクシス様。大事な問題がございます」

 夫婦の寝室をぐるりと見回し、私は大きな息を吐きました。なんということでしょう。

「何が?」

「ベッドが小さすぎます。お忘れですか? アレクシス様は閨の時に……もごっ、むぐぅ」

「それ以上は言うな、わかった。買い替える!」

 激しすぎてベッドから落ちてしまいますと告げる前に、口を塞がれてしまいました。でも大きなベッドを購入していただけるなら、安心ですわね。
しおりを挟む
感想 251

あなたにおすすめの小説

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

戦いに行ったはずの騎士様は、女騎士を連れて帰ってきました。

新野乃花(大舟)
恋愛
健気にカサルの帰りを待ち続けていた、彼の婚約者のルミア。しかし帰還の日にカサルの隣にいたのは、同じ騎士であるミーナだった。親し気な様子をアピールしてくるミーナに加え、カサルもまた満更でもないような様子を見せ、ついにカサルはルミアに婚約破棄を告げてしまう。これで騎士としての真実の愛を手にすることができたと豪語するカサルであったものの、彼はその後すぐにあるきっかけから今夜破棄を大きく後悔することとなり…。

処理中です...