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82.結婚式前の味見をされました

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 お母様に言われた内容を侍女のエレンに話すと、彼女も同意してくれました。というのも、手が出せない状況で迫るのは、殿方に物凄い負担をかけるそうです。暴発がどうとか……殿方は我慢すると破裂するのでしょうか。

「結婚式が楽しみだわ」

 窓の外の美しい庭園を見ながら、うっとり呟く。身惚れた侍従や庭師が甘い吐息を漏らしていますが、いつものことなので無視しました。結婚式では妖精に祈りを捧げ、添い遂げると宣誓を行います。それからお披露目の夜会が開かれます。

 お兄様の結婚式を思い出し、ぽんと手を叩きました。そうです、この国は妖精信仰が根付いています。ならば、妖精王様に参列していただきましょう。幸い、直接お願いが出来るんですもの。夜しか出てこないなんて、勿体無いですわ。

 貴族や民も妖精王であるマーリン様のお姿を見れば、きっと安心します。信仰心も深まるので、妖精達が喜ぶのも間違いありません。夜が来てお話しするのが待ち遠しいですわ。

「どうした? 随分と機嫌がいいな」

「はい。結婚式のことを考えておりましたの」

「あ、ああ。そうか」

 なぜかアレクシス様が真っ赤になりました。首どころか手も赤くて。どこか具合が悪いのでしょうか。顔を近づけて額に手を当てます。平気そうでした。ならば、せっかく近付いたので……唇を寄せたところ、ぐいと抱き寄せられます。びっくりして首に手を回したら、唇を塞がれていました。

 ぺろりと唇を舐める舌に、隙間を開けたら入り込まれます。口の中をあちこち舐められ、痺れたような感じで体から力が抜けました。

「結婚式前の味見だ」

 照れた口調でそう言い置いて、アレクシス様は私を抱きしめました。頬を染めた私を独占したいそうです。そう言われたら、ぎゅっと抱きつくしかありません。火照りが治った頃、私はそろりと手を緩めました。気づいたアレクシス様が、離してくれます。

 襟に化粧が付いてしまったのですが、また後でと約束を残して彼は鍛錬に向かいました。見送った後、少し考えて頬を緩めます。あれなら女性避けにピッタリです。明日は首にキスを残しましょう。

 そのまま午後は機嫌よく書類の処理を行いました。屋敷の女主人は、家計を預かっております。それに加えて使用人を監督する執事を……そういえば、辺境伯家なのに家令が見当たりませんね。

「アントン」

「はい、若奥様」

「レードルンド辺境伯家の家令はいないの?」

「領地におります」

 言われて、それもそうねと納得しました。本来は領地に住まうのが辺境伯です。今回の結婚や私の誘拐騒動で王都に留まっておりますが、国境付近で他国の動向に睨みを効かせるのがお仕事でした。

「結婚式を終えて少ししたら、領地に戻る準備をしなくてはいけないわね」

「はい。最低限の使用人を残し、領地へご一緒させていただきます」

「ええ、準備をお願い」

 頭を下げて退室するアントンを見送り、両手で頬を包む。ちょっと、今の口調は奥様っぽかったですね。いえ、奥様なのですが……女主人らしさが出てきたでしょうか。あとは色気を磨いて、結婚式でアレクシス様を悩殺するだけです。

 ……悩殺って、ここで使う単語ですよね? ハレムのある国へ嫁いだ従姉妹に教わったのですが、もう一度使用場所を確認しておきましょう。私の知識はどうやら偏っているようですので。

 そわそわと恋愛小説を手に取り、自室へ向かいました。やはり悩殺の使い方は合っているようです。夢中になって読んでいる間に、夕食の呼び出しがありました。急いで支度をして、寝る準備を整えましょう。妖精王様を呼び出す仕事が控えていますもの。
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