上 下
81 / 113

81.娘の暴走は一種の才能だわ――公爵夫人

しおりを挟む
 エールヴァール公爵家の当主として申し分ない交渉能力を誇る夫は、娘婿に酷な条件を突きつけた。断るか反故にすればいいものを、婿のアレクシス殿は馬鹿正直に守っている。

「お母様、どうしたらいいのかしら。私の魅力が足りないみたいなの。こんな感じのナイトドレスで迫ったのですけれど」

 開け放った窓から入る風が、ひらひらと下着を揺らす。いえ、下着ではなかったわね。一応ナイトドレス、こんな際どいデザインをどこで買ったのかしら。

「これ、どこで買ったの?」

「王妃殿下のお勧めです。専門の業者から購入しました」

 王妃様ったら、こんな……派手な。後で業者を紹介していただきましょう。きっとあの人も喜ぶわ。

「これは初夜までお預けにしなさい」

 そうしないと、アレクシス殿が暴発するわ。襲い掛かられ、ビリビリに破かれる未来しか想像できない。それはそれで、この子は喜びそうだけれど……。おかしいわね、私達夫婦の間にこれほど特殊な子が生まれるなんて。

 妖精姫の特徴かしら。都合の悪いことはすべて妖精姫の所為にすれば、心穏やかに過ごせるわ。深呼吸して、夫を疑う心を鎮めた。

「初夜までお預けなのですか?」

「一般的にはそうよ。初夜のシーツは保管されて、純潔の証とするんだもの」

 貴族同士の婚姻、特に王族はその傾向が強い。ほとんどの国が採用しているほどよ。その理由は、純潔の令嬢が産んだ子なら夫の子に違いない、という幻想だった。というのも、一時期浮気して身籠った令嬢や夫人が、その事実を黙って托卵する騒動があったの。

 王族にまで波及したことで、淑女はかくあるべし、と定められてしまった。純潔ではない令嬢が、結婚後に実家へ戻される事例まであるんだもの。まあ、ヴィーは間違いなく純潔だから問題ないけれど。

 私達に隠れて誰かと関係を持つ子ではないし、そもそも経験済みならあんな勘違いはしないわ。口で指を咥えて種を貰えば、赤子が宿る……ほぼお伽話じゃないの。神様の鳥が運んでくるのと大差なかったわ。

 事前に王妃様と修正したから、今は理解しているはず。なのに、どうしてこんなに急ぐのかしら。

「なぜすぐに既成事実を作りたいの?」

「だって、アククシス様が誰かに取られたら困るんですもの。あんなに素敵な方、他にいないわ。捨てられたらどうしましょう」

 いやんと両手を頬に当てて体を左右に揺らす娘を見ながら、私は大きく息を吐いた。そんなにモテる殿方なら、とっくに妻帯者です。この子の思い込みと暴走は、一種の才能だわ。

「書類上とはいえ、もう妻なのですよ。辺境伯夫人として、ヴィーも落ち着くべきだわ」

「やだっ、お母様ったら!」

 さらに左右に大きく揺れるヴィーは、外見だけなら恥じらう愛らしい乙女だった。この子にあの薄着で迫られて、よく耐えているわね。その忍耐力は国宝級よ。後で褒めておきましょう。

 それより帰ったら夫を説得しなくては! 暴発したら、より危険なのだと夫に理解させる必要があるわ。じゃないと、初夜に娘が壊されてしまう……。ぶるりと身を震わせ、私は娘を案じながら帰宅した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。 ※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。  元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。  破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。  だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。  初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――? 「私は彼女の代わりなの――? それとも――」  昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。 ※全13話(1話を2〜4分割して投稿)

【完結】貴方を愛するつもりはないは 私から

Mimi
恋愛
結婚初夜、旦那様は仰いました。 「君とは白い結婚だ!」 その後、 「お前を愛するつもりはない」と、 続けられるのかと私は思っていたのですが…。 16歳の幼妻と7歳年上23歳の旦那様のお話です。 メインは旦那様です。 1話1000字くらいで短めです。 『俺はずっと片想いを続けるだけ』を引き続き お読みいただけますようお願い致します。 (1ヶ月後のお話になります) 注意  貴族階級のお話ですが、言葉使いが…です。  許せない御方いらっしゃると思います。  申し訳ありません🙇💦💦  見逃していただけますと幸いです。 R15 保険です。 また、好物で書きました。 短いので軽く読めます。 どうぞよろしくお願い致します! *『俺はずっと片想いを続けるだけ』の タイトルでベリーズカフェ様にも公開しています (若干の加筆改訂あります)

処理中です...