上 下
54 / 113

54.覚悟を決めるのよ――侯爵夫人

しおりを挟む
 可愛い子で、素直で、優しくて。あまりに純粋だから心配になったの。この子が大きくなって、ろくでもない男に食い散らかされる姿なんて見たくなかった。だからいろいろ忠告したけれど。

 まさか武勇伝のつもりの夜這いの話を、真剣に受け止めていたなんて。しかも実行したですって?! それでも襲わなかったレードルンド辺境伯に興味が湧いた。

 妖精姫の名の通り、儚く美しい印象の彼女が「好きです」と薄着で抱きつく。そんな状況で、我慢できる男なんているの? 信じられないわ。彼女が騙されていて、本当は純潔を散らされたんじゃない? そう考える方が順当なのに。

 騎士団での評判も、ドラゴン退治で一緒だった我がシベリウス侯爵領の騎士や兵士も、彼の悪い噂や評判は口にしなかった。高嶺の花である妖精姫を娶ったことも、素直に喜んでいる。

 あいつはいい奴だから。強いし、姫を守るのに向いてるよ。そんな言葉を集めながら、首を傾げる。人ってどうしても嫉妬や邪な感情を抱く生き物よ。なのに、直接彼を知る人は、誰もがレードルンド辺境伯を褒めた。変な魔法でも使ってるのかしら。

 妖精姫ロヴィーサの母親であるイーリスは私の親友。学生時代からの付き合いで、王家の血を引くエールヴァール公爵家に嫁いだ。親友の生んだ子は我が子も同然、そう考えて社交界でも守ってきたわ。

 婚約者がロヴィーサに惚れたから。あんなに綺麗だなんて不公平だわ。令嬢達のそんな不満を逸らし、ロヴィーサに近づけなかった。その弊害がこんな形で浮上するなんて。

 同年代の令嬢達と交流がないロヴィーサに、さまざまな恋物語を聞かせたけれど。彼女はぼかした部分をそのまま受け入れた。純粋で真っ直ぐなのは利点であると同時に、大きな欠点よ。まさか知らないことに気づかず大人になる状況は、想像しなかったわ。

 無邪気な彼女には悪いけれど、現実を知ってもらうしかない。イーリスが必死で話したけれど、春画は持ってきていないし……言葉と身振り手振りの説明しかできなかった。

 殿方のアレを受け入れる意味、分かったのかしら。目を輝かせるロヴィーサは変わらず愛らしくて、今度こそ幸せになりなさいと応援したくなる。私も息子だけじゃなく、娘も生んでいたらよかったのに。



 数日後、親友イーリスから聞いた話に愕然とし、肩を落とすことになる。だって、あの子ったら……まったく理解できていなかったのよ? 夫になるレードルンド辺境伯の手を掴んで、指を舐めたとか。そこで我慢強い辺境伯閣下が尋ねた結果、イーリスがややぼかした部分を都合よく解釈していたことが判明したの。

 もう専門家を手配するしかないわ。王妃殿下経由で、王太子殿下の閨教育を担当した子爵夫人をお願いしましょう。

 いえ、いっそ赤裸々に私が語ろうかしら。その方がいいかも知れないわ。ロヴィーサは良くも悪くも注目されているから、子爵夫人が出入りすると噂になる。

 覚悟を決めるのよ、カミラ。ロヴィーサを一人前の女性にするため、全部語るわ。そう全部……ひとまず、春画を集めなくてはいけないわね。
しおりを挟む
感想 251

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

私が妻です!

ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。 王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。 侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。 そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。 世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。 5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。 ★★★なろう様では最後に閑話をいれています。 脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。 他のサイトにも投稿しています。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※おまけ更新中です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

処理中です...