上 下
35 / 113

35.執着と身勝手な思い込みばかり――辺境伯

しおりを挟む
 公爵閣下は、隣国の束を手に取られた。慣れた様子で封蝋にペーパーナイフを滑らせる。開封した手紙は、王族の署名が入っていた。名前は知らないが、家名は分かる。

 向かいで果物を摘むヴィーは、いつものことと軽く流していた。だが内容は明らかに執着を感じさせる。文面は異常な雰囲気だった。

『我が愛しの妖精姫。そなたに危険が迫ったと聞き、矢も盾もたまらず筆を取った。美しきその姿に傷の一つでも付けば、すぐにも迎えに行こう。どんな悪意や強敵からもそなたを守り抜く自信がある。妖精姫の夫になれるなら、私は約束された王位すら投げ出すだろう』

 ここから後ろは読む価値なしと判断した義父殿が溜め息を吐いた。

 どうやら手紙の主は、王位継承権の高い王子らしい。さすがに国王本人ではないだろう。近隣国で未婚の王はいないはず。もし既婚で側室に望むなら、それもまた怖い。

「懲りぬ奴だ」

 ムッとした口調でこき下ろし、未来の義父殿は手紙を半分に裂いた。一般的に封蝋がされた王族の手紙は、公式文書に近い扱いだ。それをいとも簡単に裂いたので、変な声が出た。

「あっ! よ、よろしいのですか」

「構わん。どうせ返事を出したら清めて燃やす」

 それは悪霊扱いではないか? ちらりと視線を向ければ、ヴィーはにこにこと手を振る。いつものことなのか。公爵家の苦労が偲ばれた。きっと最初はきちんと対処していたが、話が通じない者ばかりなのだ。腹立たしくなり、徐々に扱いが軽くなる。

 戦場でもこういうバカは発生するが、なまじ地位が高いだけにタチが悪いな。

 破いた手紙を足元へ投げる義父殿に、アントンが箱を差し出した。執務室でよく使う書類箱だった。気が利く。頷いて感謝を伝える。

『僕がいたら君を傷つける全てから守る。だから僕のところへ来ておくれ。君が舞い降りてくれるなら、この世界は素晴らしい結果を得られるだろう。美しい君と、優秀な僕の子を生み出すのだから……』

 びりぃ……派手な音でまた破られる。今回はさらにもう一度破いて細かくされた。アントンが手を差し出し、受け取って箱に並べる。どうやら分類しておくつもりのようだ。

『お前が傷物になったと噂が広がっている。俺が守る。だから顔に傷のある化け物ではなく、俺をえら……』

 びりびりびり! さらに派手に破られた上、義父殿は手紙に唾を吐いた。

「なんて卑劣な男だ」

 その通りだと頷き、手紙は用意されたゴミ袋に詰め込まれた。返事を出すなら、封蝋の付いた封筒だけで用が足りる。

「どうせ返答は全て同じだ。我が娘はレードルンド辺境伯夫人となる。その一文だけだからな」

 エールヴァール公爵家からみれば、俺は見合わぬ男のはず。元男爵家の三男、実家とは縁を切った。顔や体は醜い傷が残り、美貌を謳われる姫に相応しいとは思えない。それでも選んでもらえたなら、卑屈になるより信頼に応えたかった。

「わかりました。返答は私が出します」

「……任せる。それと、君は普段「俺」なんじゃないか? 気楽にしろ、家族にかしこまっても疲れるだけだ」

 ドラゴン退治に出た騎士に聞いたと笑い、義父殿は次の手紙を手に取った。目を見開いた俺は「ありがとうございます」と返し、不思議な感情に唇を噛む。その気持ちを隠すように、自ら手紙をひとつ開封した。
しおりを挟む
感想 251

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※おまけ更新中です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...