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34.娘に届く不埒な紙ゴミ――父

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 可愛い一人娘の誘拐事件を聞き、その場で駆けつけようとした。だが、妻に窘められる。

「さすがに深夜は非常識ですわ。それに無事帰ったばかりなら、ヴィーも眠っているのではありませんか?」

 繊細で愛らしい外見と裏腹に、中身はしっかり図太い娘に育ってしまった。何度も誘拐されかけ、妬みから襲撃される日々。妖精王の加護がなければ、顔や体に大きな傷を負っただろう。

 夜に現れる妖精王は、一度だけ目撃したことがある。眠る娘の傍に立つ眉目秀麗な青年姿だった。あの時は誘拐された娘を取り返したが、頬に小さな傷が残った。その傷をいとも簡単そうに消して、妖精王は微笑む。

 愛おしさを匂わせる眼差しだが、情欲ではなかった。例えるなら、孫を見守る祖父のような。老齢の域に達した穏やかさを感じた。懐かしい思い出だ。



 朝になるのを待ち侘びて、早朝から馬を走らせた。護衛の騎士に囲まれてたどり着いた辺境伯家の屋敷で、飛び降りて玄関に駆け込む。執事に案内されたのは、広めの客間だった。お茶を出され、娘ロヴィーサの無事を確認する。

 彼女が目覚めるまで待たせてもらう話をしたところで、アレクシス殿の声が聞こえた。執事アントンが一礼して退室し、そわそわしながら待つ。そこへヴィーの声が重なった。

 彼はヴィー自身が選んだ婚約者だ。先日は寝室も共に一夜を過ごしたと聞いている。だからもう人妻と同じで、一緒に起きて来るのも当たり前だ。そう自分に言い聞かせなければ、娘に何をすると飛びかかりそうな気分だった。

 ヴィーの配慮で一緒に食事を摂ることになり、食堂へ通される。ヴィーが食事に夢中になっているのは、アレクシス殿の前で猫を被ったせいだろう。いつもながら人前では、か弱い妖精姫を演じたに違いない。夕食を食べ損ねていた様子だ。

 元気そうに頬張る姿に、心の傷もなさそうだと安心した。そこへヴィー専属のエレンが手紙の束を持ち込む。適当に束ねてあるが、紐を解くと錚々たる一族の紋章が並んでいた。ちょっとした国主の祝い事でも、ここまで揃わないだろう。感心しながらも、嫌な予感がした。

「お父様、アレクシス様。こちらの手紙なのですが、判断をお願いいたします」

 ここで気分が上向く。未来の婿殿より、私の方が先に呼ばれた。ふふんと得意げに顎を反らしたが、すごい量だと感心するアレクシス殿の様子に肩を落とした。そうか、彼はまだ知らなかったのだな。

 まただ……ヴィーに何かあるたび、彼らは判で押したように同じ手紙を寄越す。曰く「あなた様を守りする栄誉が欲しい。側において下さい」曰く「私であれば、このような危険な目に遭わせたりしません」曰く「もし何か不幸なことがあったなら、私が責任を持ってあなたを娶ります」だ。

 ヴィーが誘拐された時近くにいた者を当て擦り、自分だったら守り抜けたと言い放つ。その愚かさと自惚れは、なぜか彼らを暴挙に走らせた。自分で守るどころか、狙う側に回った者も少なくない。

 読む前から憂鬱な中身を想像出来る私は、額を押さえて呻くように声を絞り出した。権力なら国王陛下やエールヴァール公爵家を使え。必ず娘を守るんだ。そう伝えながら、私は手紙を開封した。
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