28 / 113
28.アレクシス様の実家のお話は禁句のようです
しおりを挟む
家族の顔合わせを終えて、ふと疑問に思い尋ねてしまいました。
「アレクシス様、私……メランデル男爵家へご挨拶に向かわなくていいのでしょうか」
我が家は勝手に押しかけてきましたが、あれは異例です。そもそも私が勝手に押しかけたので、両親や兄はアレクシス様へしっかりお詫びもしていきました。たくさんの贈り物がその証拠です。受け取る際に恐縮してらしたけれど、これは当然の権利なので安心してくださいね。
届いた贈り物をリストと照合するアントンが「若奥様!」と声を上げます。遮るタイミングでしたし、アレクシス様の表情が暗くなりましたので……私は一礼してアントンの方へ向かいました。
「お呼び立てして申し訳ございません。こちらをご確認いただいてもよろしいでしょうか」
さりげなく用を作って、アレクシス様から遠ざけられます。どうやら実家のお話は禁句のようですね。私は努めて明るく、何も気づかなかったフリで手を振りました。
「後で夕食をご一緒しましょうね、アレクシス様」
「ああ、私は書類を片付けてくる」
執務室へ歩き出すアレクシス様を見送り、私はアントンに向き直りました。手にしたリストはそのままお返ししますわ。いくら目上の公爵家からの贈り物でも、女主人がリストを手に確認作業をするのは子爵家以下ですもの。王家からの贈り物なら別ですが。
「アントン、禁句なの?」
「はい。メランデル男爵家の皆様は、旦那様を蛇蝎のごとく嫌っておられます」
蛇蝎のごとく……つまり激しく忌み嫌っているのですね。普通に縁が遠い程度の場合には使わない表現でした。末っ子の三男とお聞きしていますが、一般的に末っ子は愛され甘やかされるのではないでしょうか。上に兄が一人の私もそうでしたわ。
アレクシス様に聞いたら傷つけてしまうでしょう。執事のアントンは代わりに答えてくれるようです。ここで事情を尋ねておきましょうか。
「なぜですか?」
「……あの家の方々は戦いから戻られた旦那様に、会いに来られました。まだ包帯が取れぬうちはお優しかったのですが。傷が露わになると暴言を吐きました」
言葉遣いが崩れてきましたわね。それほどの暴言だったのなら、アントンも口にしたくないはず。私は遮るように右手を彼の前に立てました。
「実際の暴言は結構よ、きっと気分が悪くなるような言葉でしょうね」
「はい。もし許されるなら、あの場で私が剣を抜きたいと思うほどの……」
堪えきれない感情を恥じるように、アントンはきゅっと唇を噛みました。礼儀正しい執事である彼をして、ここまで言わせるほどの……暴言です。私が聞いたら、メランデル男爵家を滅ぼすかも知れません。
「アレクシス様に謝ろうかしら」
「いえ、触れずにお願いいたします。何も気づかなかったようにお振る舞い下さい。旦那様は若奥様が心を痛められたことに対して、罪悪感を覚える方ですから」
「わかったわ」
お礼を言ってその場を離れます。ハンカチで目元を押さえたアントンは、すぐに執事の仮面で仕事に復帰しました。お母様やお父様に相談するべき? でも勝手に動いてバレたらまずいわ。あれこれ考えた末、お母様へお手紙を書くことにしました。
メランデル男爵家の噂や評判を知りたいと、遠回しに何かあったことを匂わせて。社交界を自由に泳ぐお母様の情報網なら、きっと知りたい情報が集まるはずです。先ほど顔を合わせたばかりの娘がすぐ手紙を出したことで、察しのいいお母様ならピンと来るでしょう。
「そういえば……お兄様とミランダ様の結婚式がもうすぐでした」
出席は二人揃って頼むとお兄様に言われ、アレクシス様が困惑しておられました。ドレスはアレクシス様の色を取り入れて、豪華に仕上げましょう。そうと決まったら、すぐ手配しなくては!
「アレクシス様、私……メランデル男爵家へご挨拶に向かわなくていいのでしょうか」
我が家は勝手に押しかけてきましたが、あれは異例です。そもそも私が勝手に押しかけたので、両親や兄はアレクシス様へしっかりお詫びもしていきました。たくさんの贈り物がその証拠です。受け取る際に恐縮してらしたけれど、これは当然の権利なので安心してくださいね。
届いた贈り物をリストと照合するアントンが「若奥様!」と声を上げます。遮るタイミングでしたし、アレクシス様の表情が暗くなりましたので……私は一礼してアントンの方へ向かいました。
「お呼び立てして申し訳ございません。こちらをご確認いただいてもよろしいでしょうか」
さりげなく用を作って、アレクシス様から遠ざけられます。どうやら実家のお話は禁句のようですね。私は努めて明るく、何も気づかなかったフリで手を振りました。
「後で夕食をご一緒しましょうね、アレクシス様」
「ああ、私は書類を片付けてくる」
執務室へ歩き出すアレクシス様を見送り、私はアントンに向き直りました。手にしたリストはそのままお返ししますわ。いくら目上の公爵家からの贈り物でも、女主人がリストを手に確認作業をするのは子爵家以下ですもの。王家からの贈り物なら別ですが。
「アントン、禁句なの?」
「はい。メランデル男爵家の皆様は、旦那様を蛇蝎のごとく嫌っておられます」
蛇蝎のごとく……つまり激しく忌み嫌っているのですね。普通に縁が遠い程度の場合には使わない表現でした。末っ子の三男とお聞きしていますが、一般的に末っ子は愛され甘やかされるのではないでしょうか。上に兄が一人の私もそうでしたわ。
アレクシス様に聞いたら傷つけてしまうでしょう。執事のアントンは代わりに答えてくれるようです。ここで事情を尋ねておきましょうか。
「なぜですか?」
「……あの家の方々は戦いから戻られた旦那様に、会いに来られました。まだ包帯が取れぬうちはお優しかったのですが。傷が露わになると暴言を吐きました」
言葉遣いが崩れてきましたわね。それほどの暴言だったのなら、アントンも口にしたくないはず。私は遮るように右手を彼の前に立てました。
「実際の暴言は結構よ、きっと気分が悪くなるような言葉でしょうね」
「はい。もし許されるなら、あの場で私が剣を抜きたいと思うほどの……」
堪えきれない感情を恥じるように、アントンはきゅっと唇を噛みました。礼儀正しい執事である彼をして、ここまで言わせるほどの……暴言です。私が聞いたら、メランデル男爵家を滅ぼすかも知れません。
「アレクシス様に謝ろうかしら」
「いえ、触れずにお願いいたします。何も気づかなかったようにお振る舞い下さい。旦那様は若奥様が心を痛められたことに対して、罪悪感を覚える方ですから」
「わかったわ」
お礼を言ってその場を離れます。ハンカチで目元を押さえたアントンは、すぐに執事の仮面で仕事に復帰しました。お母様やお父様に相談するべき? でも勝手に動いてバレたらまずいわ。あれこれ考えた末、お母様へお手紙を書くことにしました。
メランデル男爵家の噂や評判を知りたいと、遠回しに何かあったことを匂わせて。社交界を自由に泳ぐお母様の情報網なら、きっと知りたい情報が集まるはずです。先ほど顔を合わせたばかりの娘がすぐ手紙を出したことで、察しのいいお母様ならピンと来るでしょう。
「そういえば……お兄様とミランダ様の結婚式がもうすぐでした」
出席は二人揃って頼むとお兄様に言われ、アレクシス様が困惑しておられました。ドレスはアレクシス様の色を取り入れて、豪華に仕上げましょう。そうと決まったら、すぐ手配しなくては!
14
お気に入りに追加
912
あなたにおすすめの小説

退役騎士の居候生活
夏菜しの
恋愛
戦の功績で騎士爵を賜ったオレーシャは辺境を警備する職に就いていた。
東方で三年、南方で二年。新たに赴任した南方で不覚を取り、怪我をしたオレーシャは騎士団を退役することに決めた。
彼女は騎士団を退役し暮らしていた兵舎を出ることになる。
新たな家を探してみるが幼い頃から兵士として暮らしてきた彼女にはそう言った常識が無く、家を見つけることなく退去期間を向かえてしまう。
事情を知った団長フェリックスは彼女を仮の宿として自らの家に招いた。
何も知らないオレーシャはそこで過ごすうちに、色々な事を知っていく。
※オレーシャとフェリックスのお話です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます
しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。
子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。
しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。
そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。
見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。
でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。
リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる