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19.あの日の衝撃を忘れない――辺境伯

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 貴族令嬢の嫁ぎ先は、親が利害関係で決める。彼女らは生まれた時から贅沢な暮らしを約束される代わりに、その身を差し出して家の繁栄に寄与する義務があった。

 頭では理解しているが、突然持ち込まれた大量の釣り書きに呆れたのも事実だ。メランデル男爵家の三男、末っ子。そう呼ばれていた頃は、縁談など来なかった。継ぐ家もなく、養子や婿に望まれるほどの才覚もないと思われていたからだ。

 学院に通わせる金もなかった両親は、末っ子の教育に手を抜いた。結果、冒険者相手に剣術を覚え、戦いの才能を開花させる。ドラゴンを討伐する招集に名乗りをあげ、無事に戦果を上げた。

 レードルンド辺境伯家の養子に望まれただけで、十分すぎる褒美だ。衣食住に不自由しない環境で、己の才能を活かせる。それ以上を望んだらバチが当たる。自分にそう言い聞かせた。

 娘や姉妹を嫁がせたいと連絡を寄越す貴族の連絡に喜んだのは三人目まで。そこからは地獄だった。会うたびに泣かれ、無理だと懇願される。見える顔より、服で隠れる肩や胸の方が派手に引き裂かれていた。

 顔の傷を見ただけで泣き出す令嬢に、妻の役割が果たせるはずもない。断っても諦めない親を納得させるため、わざと傷を晒して追い払うようになった。麻痺したと思っても、心は傷つくし悲鳴を上げる。

 妖精姫の警護だと言われて呼び出され、謁見の間に顔を出した時……多くの求婚者に驚いた。その顔ぶれは豪勢で、他国の王太子や公爵家嫡男も着飾って並ぶ。王宮主催の夜会に紛れ込んだかと思うほど、男達は必死だった。

 顔が良ければ、国を救った英雄と称えられる私も参加できただろうか。視線が向けられたので、一礼して顔の傷を隠す。咄嗟の行動だった。ここで悲鳴を上げて卒倒されたら、一大事だ。美しい姫はほわりと微笑み、鈴の鳴るような軽やかな声で断言した。

「私、ロヴィーサ・ペトロネラ・エールヴァールは、英雄レードルンド辺境伯アレクシス様に嫁ぎたいと思います」

 あの日の衝撃は一生忘れないだろう。選ばれた誇らしさより、注目された恥ずかしさと混乱が胸を締め付けた。迫ってくる彼女に押されて、深く考えずに逃げる。それがどれほど失礼な行為か理解した。

 顔を見ただけで拒絶した令嬢達と変わらないではないか。私が臆病に逃げ回るから、彼女は過去の話をしてくれた。黒髪の少年はよく覚えている。魔法のような力を使い、私の戦いを助けた。

 ドラゴンの一撃を食らい転がった血塗れの私を、力の限り看病してくれた子だ。治りが遅く膿んだ傷は、目を背けたくなる醜さだったろう。

 腐臭と膿、公爵令嬢として育ったロヴィーサに縁のない惨状。だが彼女は顔を背けなかった。不器用ながらも傷を洗い包帯を巻く。いつも手から薬草の香りがしていたな。

 ここまで言わせて、女性から迫るような真似をさせ、過去まで掘り起こして――拒むことが出来るか? いや、これすら言い訳だ。私はただ幸せを恐れているだけ。一度得たら手放せなくなる。

 ドラゴンと対峙するより恐ろしかった。ある朝、彼女が私の顔を見て悲鳴をあげたら? やっぱり無理だと泣き出したら。想像だけで命を絶ちたい衝動に駆られる。それでも……信じてみよう。彼女が一歩も二歩も踏み出してくれたのだ。

 彼女の思いを受け止めて歩み寄るのが、私に出来る唯一の恩返しだった。
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