上 下
10 / 113

10.妖精姫ペトロネラの伝説――公爵夫妻

しおりを挟む
「あの子はきちんとやっているだろうか」

「どうでしょう。心配ですわ」

 公爵夫妻は居間で溜め息をつく。可愛い娘がついに嫁に行ってしまう。悲しいと感じる以上に、不安が膨らんでいた。

 とにかく見た目が美しい。故に、さまざまな男やトラブルを引き寄せた。それらを振り払える権力を持つ家に生まれたことは、ロヴィーサにとって幸いだろう。

 もし平民の娘なら、誰かに拐かされて監禁された可能性が高い。公爵令嬢であり、国王陛下や王妃殿下に可愛がられている実績があって、初めて彼女の安全は確保されてきた。

 他国の王族や貴族であっても、ロヴィーサを自由に出来ないのは「ペトロネラ」の名を持つからだ。公爵家の中で、稀に虹色の瞳を持つ女児が生まれる。不思議と男児に受け継がれた記録はなかった。この虹色の瞳が、妖精姫と呼ばれる所以だ。

「……ところで、レードルンド辺境伯は、妖精姫の真相を知っているだろうか」

「あの様子では知らないと思いますわ」

「まずいな」

 呻くように絞り出した声に、公爵夫人も頷いた。妖精姫の名を、外見の美しさで与えられたと勘違いする者は多い。王家もそれを正してこなかった。本当の理由を知られる方が、さらに騒動を大きくするからだ。

 この国は有名なお伽話が一つ、貴族平民を問わず知っている。どの家庭でも赤子の頃から聞いて覚えさせた。

 ――かつて国がドラゴンに襲われ滅びかけた時、王家の姫君ペトロネラが生贄に名乗り出た。命懸けで国の民を救おうとする彼女に惚れた妖精王は、姫に己の力を貸し与えた。妖精王の力は海色の瞳を銀に染め替え、ドラゴンを退けたという。

 詳細は絵本によって変更されているが、どの絵本も大筋はすべて同じだった。お話はドラゴンを退けたところまで。あくまでも退治はしない。お姫様のその後も描かれなかった。

 豪華仕様の絵本を手に取り、有名画家の描いた表紙を撫でる。革の手触りを確かめながら、公爵は絵本を開いた。そこに描かれたお姫様の瞳は、伝え聞く銀色ではなく虹色である。現実に同じ色の瞳を持つ姫が王家の血筋に現れたため、絵本の色や表現は変更された。

 エールヴァールは王家の血を引く、由緒正しき公爵家だ。すでに身罷った先代の王妹殿下が降嫁し、ロヴィーサはその孫に当たる。つまり妖精姫と呼ばれる証を持つ、正真正銘、妖精王に祝福された「ペトロネラの乙女」だった。

 国王陛下が他国への嫁入りを許さなかった理由が、ここにあった。この国の宝である妖精王の愛し子を、国から出せば何が起きるか。王家と公爵家は記録を残し、後世へ警告を発した。四人目の妖精姫は隣国へ嫁ぎ、国は天災に見舞われる。その被害は大きく、嘆いた姫が帰国した途端……ぴたりと止んだ。

 その伝説がある限り、十六代目の妖精姫ロヴィーサ・ペトロネラが他国へ嫁いだり、奪われる危険は避ける必要があった。国内の辺境伯に嫁ぎたいと彼女が申し出たことで、公開の告白が許されたのだ。

「……知らせておくべきだろうか」

「そう、ですわね。国王陛下にご相談しましょう」

 美しい娘が嫁ぐのだ。心配になるのが親である。特殊な事情があるペトロネラの乙女なら尚のこと。顔を見合わせた公爵夫妻は、絵本を閉じて冷めた紅茶を飲み干した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そうだバックレよう~奴隷買ったら、前世の常識とか倫理観とかどうでもよくなった~

リコピン
恋愛
前世の記憶を持って転生したステラ。子どもの頃は神童ともてはやされ、幼くして王宮に勤めることになるが、気づけばただの人。職場である魔導省がブラック過ぎて精神をすり減らす日々の中、癒しを求めて三次元(奴隷)に手を出すことを閃く。奴隷のエリアスを手に入れたことで色々振り切れたステラは、職場をバックレることにするが、ステラの居なくなった魔導省では… HOTランキング3位!!(⊃ Д)⊃≡゚ ゚ありがとうございます!頑張ります!

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ
恋愛
公爵令嬢のシェルニティは、両親からも夫からも、ほとんど「いない者」扱い。 彼女は、右頬に大きな痣があり、外見重視の貴族には受け入れてもらえずにいた。 夫が側室を迎えた日、自分が「不要な存在」だと気づき、彼女は滝に身を投げる。 が、気づけば、見知らぬ男性に抱きかかえられ、死にきれないまま彼の家に。 その後、屋敷に戻るも、彼と会う日が続く中、突然、夫に婚姻解消を申し立てられる。 審議の場で「不義」の汚名を着せられかけた時、現れたのは、彼だった! 「いけないねえ。当事者を、1人、忘れて審議を開いてしまうなんて」 ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_8 他サイトでも掲載しています。

あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。 ※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。  元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。  破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。  だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。  初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――? 「私は彼女の代わりなの――? それとも――」  昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。 ※全13話(1話を2〜4分割して投稿)

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

処理中です...