上 下
1 / 113

01.妖精姫からの逆プロポーズ

しおりを挟む
 左半面から首筋を通って正装の内側へ……深い傷が残る辺境伯は目が合うとゆったり一礼した。私は驚きに目を見開くが、すぐにほわりと表情を和らげる。

 間違いなく、この方だわ。私の望んだ方よ。

「私、ロヴィーサ・ペトロネラ・エールヴァールは、英雄レードルンド辺境伯アレクシス様に嫁ぎたいと思います」

 国王陛下と王妃殿下が驚きに目を見開く。周囲はざわめきに満ちた。

「……私と、ですか?」

「ええ、お断りにならないで」

 ドラゴンを倒し国を救った英雄は、妖精姫と称えられる美貌と慈悲の公爵令嬢に求婚される。美しい姫が望んだ結婚相手は、ドラゴンの爪に切り裂かれた醜い傷痕の残る辺境伯。圧倒的な強さや名誉と引き換えに失った容姿は、首都育ちのご令嬢が卒倒するほど酷かった。

 ――これは美女と野獣ならぬ、お転婆妖精姫と最強のお人好しの恋物語。










 謁見の間で、女性から男性へのプロポーズ。前代未聞の騒動を引き起こした原因は、私の容姿にありました。

 まっすぐで癖のない淡い金髪、象牙色の肌、世界中の宝石を集めても敵わないと称えられた虹色の瞳。すべてのパーツを引き立たせる整った顔立ち、豊満な肉体。どれも私が望んだものではありません。ですが、殿方は血相を変えて求婚に訪れました。

 来る日も来る日も、途切れることなく。何度断っても諦めてもらえず、他国の王侯貴族を巻き込み、騒動は大きくなるばかり。私の知らぬところで、隣国の王子と我が国の公爵令息が戦う騒ぎまで起きました。原因は私に求婚する順番だそうで、隣国の王子が傷を負ったと。

 学院へ通えば人だかりが出来てしまい、規律は乱れました。他国からの留学希望者で受け入れ枠が足りなくなり、国内の下位貴族の入学枠を購入や奪う騒動まで。こうなると、国王陛下も動かないわけに行きません。

 一番の原因は私が適齢期の令嬢であること。婚約者も夫もない状況が混乱を招くと考え、急ぎ原因を解消することを求められました。つまり婚約者を作れと王命が下ったのです。

 エールヴァール公爵家は私と兄がおりますので、私は嫁に行くことが可能でした。跡取りのお兄様は優秀で、すでに婚約者も決まっています。安心して相手を選ぶよう、国王陛下直々に命を受けた私は……ある条件を出しました。

 私が選んだ男性に異議申し立ては受け付けない。これは一番重要で、爵位や財産でお相手を選ばないと公言したことになります。決まった後に立場を利用して婚約解消に持ち込もうとされた場合、私は命を絶つと明言しました。

 権力で奪おうとする方に身を任せる気はございません。何より、私にはすでに好いたお方がおりますので。その方以外に嫁ぐくらいなら、この世に未練はありませんわ。溺愛し大切に育ててくれた家族には申し訳ありませんが、ここは譲れませんでした。

 国王陛下も下手に誰かを選んで嫁がせ、後に騒動を残すくらいなら……と私の我が侭を認めてくださいました。他国の求婚者も一堂に会した謁見の間で、私は自らの意思で彼を選んだのです。

「驚かせて申し訳ございません。ですが、お願いです……婚約をお断りにならないでください」

 騒ぎが収まらぬ謁見の間を出て、控室に通された私は渋い顔のアレクシス様の手を握りました。図々しい女と嫌われていなければ良いのですが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。 ※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。  元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。  破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。  だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。  初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――? 「私は彼女の代わりなの――? それとも――」  昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。 ※全13話(1話を2〜4分割して投稿)

処理中です...