上 下
238 / 238
外伝

番外 兎の嫁入り

しおりを挟む
 人間の国に嫁げと言われた当初、よい感情なんてなかった。ルベウス国へ来る人間は、王家の血を引く公爵令嬢へ不躾な視線を投げかける。魔族の方が幾分かマシね。魔族なら強者に従うもの。辺境の村を守る際に徹底的に潰してやったため、私は強者に分類されたみたい。尊敬と畏怖の眼差しは、人間よりずっといいわ。

 自分から馬車を降りることもできず、到着したクリスタ国の魔法陣の上で溜め息をつく。開いた扉の向こうには、金茶の髪の青年がいた。金髪ではなく、茶髪より明るい。不思議な色は秋の森を思い出させて、悪くないわ。動かない私に、彼は優しく声をかけた。

 その声に惚れたの。あの日からもう2年、ようやくこの人の妻になれる。両国の架け橋、獣人と人間の繋がり、どうでもいいわ。私はただ惚れた男の妻になるのだから。

「緊張してる?」

「少し」

 腰を抱き寄せる仕草も慣れたもの。以前は手を伸ばしかけて引っ込めるものだから、イライラしてたけど。カサンドラ様が仰った通りね、懐かしく思う日が来るなんて。あの頃の自分が聞いたらびっくりしそう。くすくす笑いながら、彼の腕に身を任せた。

 もうすぐ目の前の扉が開く。そうしたら2人で入場するの。これはみんなで決めたのよ。夫が待つ場所へ嫁入りするのではなく、人間が獣人を迎え入れるのでもない。同列で同じ道を歩んでいくという意思表示でもあるのよ。ゆっくりと扉が開き、初めてベルと出会った日を思い浮かべた。

 少し顔を上げれば、ヴェールの向こうで微笑む秋の黄金色を持つ愛しい人。胸がいっぱいになるけれど、涙は零さないわ。化粧が溶けてしまうもの。少しでも綺麗な私を覚えておいて欲しいのよ。あなたの記憶の中で、一番幸せそうで美しい私でいたい。

 事前の打ち合わせ通り、一歩ずつ進む。右足を出したら揃えて、左足を踏み出したらまた揃える。繰り返すゆったりした動きに、白いドレスが揺れた。人間の結婚式は純白、獣人の結婚式は森の緑――だから白い絹の上にミントと銀の糸でびっしりと刺繍を施した。

 どちらが上位でもないの。淡い緑ときらめく銀が眩しいドレスの刺繍には、様々な人の手を借りたわ。デザインが終わった時に、カサンドラ様の発案で始まったのよ。出来る範囲でみんなが手を加えていく。胸元の刺繍はブリュンヒルデ様、ノアール国王陛下も手伝ってくださった。

 組んだ腕を飾る袖はアゼリア様、イヴリース様の方が器用だったんですって。届けたメフィスト様が笑ってらしたわね。カサンドラ様はスカート全般を、侍女や街の刺繍に自信がある女性を集めて施してくださった。アウグスト様は下手過ぎて、すぐに追い払われたみたい。

 みんなの願いがこもった刺繍のドレスは、ずっしりと重い。それが私への期待で、同時に歓迎の気持ちなのね。潤んだ目を瞬いて誤魔化した。ヴェールは獣人国から持ち込んだもの。獣人の結婚式では必須のアイテムだけど、魔王妃のアゼリア様が着用なさったから魔国でも流行っていると聞くわ。今回の婚礼で人間達の間でも流行るといいのだけれど。

 愛を誓う祭壇の前で、ベルが私に指輪を差し出す。膝を突いて愛を乞う婚約者に、左手を預けた。微笑んだつもりが、やだ……泣きそうだわ。上を向いて涙を堪えたいけれど、無理で。ぽろりと一粒落ちた。あなたの目の前のスカートに染みた雫に、気づいたかしら。

「愛している、ヴィルヘルミーナ。俺の妻になってくれ」

「……はい、喜んで」

 難しい儀式の手順をすっ飛ばしたことで、祭壇前に立つ見届け人アウグスト様が苦笑い。カサンドラ様の拍手で、わっと歓声が上がった。花びらや紙吹雪が舞う中、私はベルの接吻けを受ける。こっそり婚約時代も重ねた唇がしょっぱくて……ベルの頬に残った痕跡に気づいた。

「ベル大好き、愛してるわ。私の旦那様」

 彼の涙の痕に気づかないふりで手を這わせ、優しく拭う。それから思いのすべてを込めて、彼に愛を囁いた。命尽きるまで、死があなたを連れ去ろうと――私はあなたの妻です。

 舞う花びらに混じって、晴れた空に風花が散っていた。










************************
今までお読みいただきありがとうございました。
完結後に番外編を付けたしましたが、これで完全に【完結】とさせていただきます。
アゼリアとイヴリースは今後も幸せに暮らしていくと思います……耳に挟んだ情報では、彼らの子供は最終的に8人だったそうです(*´艸`*)


************************
★★宣伝です★★



『彼女が魔女だって? 要らないなら僕が大切に愛するよ』
 ヤンデレ皇帝陛下に拾われた公爵令嬢が幸せに向かうお話。



『今度こそ幸せを掴みます~大切だったあなたから死の宣告を受けたこと、忘れませんわ~』
 逆行転生したレティは、最愛の婚約者に冤罪で首を刎ねられた。恐怖に震えるレティを愛し救ったのは、美しい神様でした。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(109件)

いのん
2021.02.23 いのん

ヘスティアちゃん!
可愛らしい名前に決まって良かったー
みんなに愛されて、幸せですね( *´艸`)♡

しかし、ユーリアってアウグストを倒すぐらいまで強くなるのね…
頼もしすぎる姉様、爆誕|ω・`o)ノ

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
2021.02.24 綾雅(りょうが)祝!コミカライズ

やっとお名前が決まりました! 嫁にいけない処女神の
お名前ww(*´艸`*) 意味深ですね。
これは嫁に出さない魔王様の決意でしょうか。

ユーリア、徐々に強くなりますし。じぃじは弱くなり
ますしw 逆転現象です

解除
いのん
2021.02.16 いのん

外伝更新、ありがとうございます。
更新通知が来るたびに、わーい( *´艸`)と喜びながら、読ませていただいております。

イヴリースのアゼリア至上主義が加速してますね(笑)
そして、新キャラも登場するなんて…素敵すぎる。

今後の展開も楽しみにしてまーす(●´∀`●)

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
2021.02.17 綾雅(りょうが)祝!コミカライズ

お待たせいたしました(o´-ω-)o)ペコッ
お読みいただきありがとうございます。
皆様に忘れられる前にと、焦って異世界を覗きに行ってきました(´▽`*)ゞヶィレィッッ!!
溺愛たっぷりですが、イヴリースは母子が危険になったら母を助けに行くタイプの男ですww子供は自力で頑張ってくれというパパですねw←ひどい

解除
いのん
2021.01.30 いのん

完結までの日々、毎日楽しく読ませていただきました!
終わったと思うとかなり寂しいです…
でも、本当にお疲れ様でした(●´∀`●)

どの登場人物も個性があって、メインストーリーもサイドストーリーも素敵で、本当にお気に入りです。

ここで要望をひとつ…
魔王とアゼリア、ベルとミーナ、のお子様のお話など読んでみたいです|ω・`)

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
2021.01.31 綾雅(りょうが)祝!コミカライズ

最後までお付き合いありがとうございました(o´-ω-)o)ペコッ
何とか「結婚式」までこぎつけました。この方たち、
あちこちに騒動を飛び火させるので、終われないかと
。:゚(。ノω\。)゚・。何度心配になったか。

お子様のお話_φ(・ω・`) 承りました。少しお時間くださいね

解除

あなたにおすすめの小説

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】

小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」 ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。 きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。 いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

浮気相手の女の名前を公開することにいたしました

宇水涼麻
恋愛
ルベグント王子の浮気癖は、婚約者であるシャルリーラを辟易とさせていた。 二人が貴族学園の3年生になってしばらくすると、学園の掲示板に貼り出されたものに、生徒たちは注目した。 『総会で、浮気相手の女の名前を公開する。 しかし、謝罪した者は、発表しない』 それを見た女生徒たちは、家族を巻き込んで謝罪合戦を繰り広げた。 シャルリーラの予想を上回る数の謝罪文が届く。

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。