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本編
第197話 宰相は美味しい場面で登場する
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「……誰から聞き及んだのですか」
ブリュンヒルデは穏やかな細い声で尋ねる。その声に騙された愚か者は、王妃が怯んだのだと思った。国王ノアールの脇に立つ王妃は、扇で口元を隠す。顔半分を見せないのは、動揺を隠すためだと都合よく受け取った。
勝ち戦だと興奮し、己の失言を顧みることはなかった。すでに勝敗は喫しているというのに。
「すでに噂になっておりますとも。牢番を罰しなかった話まで」
「そうなのか?」
途中で遮った国王ノアールが、他の貴族に尋ねる。すると半数は首を傾げて周囲の貴族と確認し合い、残った者は首を横に振った。
「……噂に疎い貴族もおるでしょうな」
慌てて取り繕うとしたが、解れた糸は元に戻らない。観覧室と称した部屋で観劇する王族達も、ようやく舞台に上がることを許された。転移で全員を移動させたイヴリースが、黒いマントを揺らして宣言した。
「立ち会い人として、この男の拘束を求める」
「俺も同意だ、犯人は自白した」
アウグストが胸を逸らし、ベルンハルトが頷いた。これでクリスタ国の総意となる。カサンドラ元王女の姿を知る貴族の一部が、慌てて彼女に礼をとった。
「お前達はなんだ! いきなり無礼だぞ」
「無礼はどちらでしょう。サフィロス国王イヴリース陛下と婚約者のアゼリア姫、クリスタ国王ベルンハルト陛下と婚約者のアンヌンツィアータ公爵令嬢、カサンドラ王姉殿下と竜殺しの英雄アウグスト殿ですわ」
この紹介順と文章は、事前協議の結果である。ブリュンヒルデ王妃の声に耳を傾ける貴族達は、自国の侯爵が行った非礼の詫びに深く頭を下げた。取り残されたゾンマーフェルト侯爵を、王宮騎士が取り囲んだ。
大型獣人が外側から囲み、その間で小型で身軽な獣人が槍を突きつける。罪人を扱う態度に憤慨した侯爵が唸り声を上げた。カバはその巨体を生かし、突進して敵を踏み潰す。分厚い皮膚は簡単に槍を弾くだろう。
通常なら強者に分類される獣人だが、相手が悪かった。
「イヴリース、やっちゃって!」
アゼリアの一言で、イヴリースが指を鳴らす。1回目で光の輪が頭上に現れて胴体に腕を締め付けた。2回目が鳴ると逃げようとした足を鎖で床に繋ぐ。3回目は結界だった。中で喚く男の罵声が遮られる。
「凄いわ! 今のかっこいい。私にも教えて」
興奮したアゼリアの褒め言葉に気を良くしたイヴリースが、おまけで檻を出現させた。内側に閉じ込められた猛獣の鎖が消え、哀れな囚われの身を晒すこととなる。
「アゼリアが望むならいつでも」
機嫌よく答えたイヴリースに、畏怖と尊敬の眼差しが向けられた。そして魔王を操る狐獣人の美女に気付くと、全員がノアール国王とカサンドラを交互に眺めて納得する。あの女傑の血筋ならば理解できる。
「陛下、ただいま戻りました」
場が落ち着くまで待っていたようなタイミングで、魔国の宰相メフィストが姿を現す。灰色の髪を下げて一礼し、他の王族にも礼を尽くした。それから顔をあげ、断罪の場面を確認すると、口元に笑みを浮かべて眼鏡に指先を這わせる。
「まだ参加は間に合いますでしょうか?」
ブリュンヒルデは穏やかな細い声で尋ねる。その声に騙された愚か者は、王妃が怯んだのだと思った。国王ノアールの脇に立つ王妃は、扇で口元を隠す。顔半分を見せないのは、動揺を隠すためだと都合よく受け取った。
勝ち戦だと興奮し、己の失言を顧みることはなかった。すでに勝敗は喫しているというのに。
「すでに噂になっておりますとも。牢番を罰しなかった話まで」
「そうなのか?」
途中で遮った国王ノアールが、他の貴族に尋ねる。すると半数は首を傾げて周囲の貴族と確認し合い、残った者は首を横に振った。
「……噂に疎い貴族もおるでしょうな」
慌てて取り繕うとしたが、解れた糸は元に戻らない。観覧室と称した部屋で観劇する王族達も、ようやく舞台に上がることを許された。転移で全員を移動させたイヴリースが、黒いマントを揺らして宣言した。
「立ち会い人として、この男の拘束を求める」
「俺も同意だ、犯人は自白した」
アウグストが胸を逸らし、ベルンハルトが頷いた。これでクリスタ国の総意となる。カサンドラ元王女の姿を知る貴族の一部が、慌てて彼女に礼をとった。
「お前達はなんだ! いきなり無礼だぞ」
「無礼はどちらでしょう。サフィロス国王イヴリース陛下と婚約者のアゼリア姫、クリスタ国王ベルンハルト陛下と婚約者のアンヌンツィアータ公爵令嬢、カサンドラ王姉殿下と竜殺しの英雄アウグスト殿ですわ」
この紹介順と文章は、事前協議の結果である。ブリュンヒルデ王妃の声に耳を傾ける貴族達は、自国の侯爵が行った非礼の詫びに深く頭を下げた。取り残されたゾンマーフェルト侯爵を、王宮騎士が取り囲んだ。
大型獣人が外側から囲み、その間で小型で身軽な獣人が槍を突きつける。罪人を扱う態度に憤慨した侯爵が唸り声を上げた。カバはその巨体を生かし、突進して敵を踏み潰す。分厚い皮膚は簡単に槍を弾くだろう。
通常なら強者に分類される獣人だが、相手が悪かった。
「イヴリース、やっちゃって!」
アゼリアの一言で、イヴリースが指を鳴らす。1回目で光の輪が頭上に現れて胴体に腕を締め付けた。2回目が鳴ると逃げようとした足を鎖で床に繋ぐ。3回目は結界だった。中で喚く男の罵声が遮られる。
「凄いわ! 今のかっこいい。私にも教えて」
興奮したアゼリアの褒め言葉に気を良くしたイヴリースが、おまけで檻を出現させた。内側に閉じ込められた猛獣の鎖が消え、哀れな囚われの身を晒すこととなる。
「アゼリアが望むならいつでも」
機嫌よく答えたイヴリースに、畏怖と尊敬の眼差しが向けられた。そして魔王を操る狐獣人の美女に気付くと、全員がノアール国王とカサンドラを交互に眺めて納得する。あの女傑の血筋ならば理解できる。
「陛下、ただいま戻りました」
場が落ち着くまで待っていたようなタイミングで、魔国の宰相メフィストが姿を現す。灰色の髪を下げて一礼し、他の王族にも礼を尽くした。それから顔をあげ、断罪の場面を確認すると、口元に笑みを浮かべて眼鏡に指先を這わせる。
「まだ参加は間に合いますでしょうか?」
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