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本編

第176話 ごめんなさいが出来た

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 さすがにイヴリースも首を横に振った。もしカサンドラがアウグストと結婚しなければ、可愛く愛しい番が生まれないではないか。そんな恐ろしい改変は認めないぞ。

「でも……アウグスト殿に断られるわね」

 この有様を見たら、誰もが同じ結論に達する。そう言いたげなブリュンヒルデは、大きく溜め息を吐いた。美しく結い上げた髪をぐしゃりと乱し、外れた髪飾りをソファの上に放る。それから両手を広げた。

「ほら、おいでなさい」

「うぁあああ、ごめんなさい」

 すっかり母親と子供の図になっていた。これが王妃と国王だと発表したら、クーデターが起きそうだ。魔族ほどではないが、獣人も強さを尊ぶ傾向が強い。

 幼馴染ゆえにノアールの弱さを知りながら、彼を支えると決めて嫁いだブリュンヒルデは、さながら母であり姉だった。精神面の不安定さと純粋な脆さを抱え込み、隠して支え続けていく。簡単ではない治世を必死で築いた王妃は、胸に顔を埋めて泣き続ける夫を撫でた。

「幸い息子も大きくなりました。もう引退してもいいでしょう。魔国との協議が終わり、クリスタ国との婚儀が整う前がいいかしら」

 王妃をやめるという発言の意図をさらりと明かす。息子はすでに国内の侯爵令嬢を娶り、孫も生まれていた。何も心配はない。外見は国王ノアールそっくりだが、内面は母ブリュンヒルデに似た王太子を思い浮かべた。

 ようやく肩の荷が降りる。先代の王妃殿下と約束し、カサンドラ様に頼まれた仕事はもう終わり。子守りは一生ついてきそうだけど。

 死んだと思ってわずか3日、国中が戦勝祝いに忙しい中で作った木造の塔。見送りに使うだけにしては立派だった。最後に火葬にするだけの塔が高く作られたのは、きっと国民が遠くから見送れるようにするためね。なんだかんだ、この人は不器用で優しすぎただけ。

 しゃくり上げながら、まだ腰に回した手を緩めないノアールの髪を手で梳く。腹の上に頭を乗せて、絨毯に寝転んだ姿は狐というより子猫だった。

「……落ち着いた、のかな?」

 困惑しながら声をかけたのは甥にあたるベルンハルトだ。そわそわしているのは、夫婦の寝室を覗いてしまったような居心地の悪さだろう。隣のヴィルヘルミーナはうっとりと両頬を手で覆っている。兎耳がぺたりと倒れているところを見ると、感動したか。

「私達もこんな夫婦になりたいわ」

「いや……ああ、えっと。そうだな」

 そこは断ってもいいのよ、お兄様! ぐっと拳を握って応援するアゼリアの視線に気づきながら、ベルンハルトは反論を飲み込んだ。俺もああやってヴィルヘルミーナの豊かな胸に顔を埋めたい。だが泣いて縋るのは難しそうだ。奇妙な悩みに陥った兄に、アゼリアが「情けない」と肩を落とす。

 ある意味、ルベウス王家の血を引く男性は似たタイプなのかも知れない。女性は圧倒的な強さを誇るのだが……。

「アゼリア」

 名を呼んで胸に顔を埋めようとしたイヴリースは、手前で宰相に邪魔された。後ろから乱暴に引き戻される。メフィストはいつの間にか、イヴリースの後ろに控えていた。

「公然と何をしているのです? 一度牢に入れますよ」

「邪魔をするな! アゼリアは余の婚約者だぞ」

「まだ婚約者です。結婚するまで濃厚接触はお控えください」

 さらりと言い返し、メフィストは笑った。アゼリアはその笑顔と、床で膝枕のルベウス国王夫妻を交互に眺めて手を叩く。

「メフィストったら、最初から知ってて焚き付けたのね?」

「人聞きの悪い表現ですが、否定は致しません」

 笑みを深めた宰相は、それでも王妃ブリュンヒルデに誘いの言葉を投げた。

「引退されてお時間が余れば、ぜひ魔国でのお手伝いをお願いしたいと思っていますよ」

 世辞ではなく。付け加えた言葉に、ブリュンヒルデは口元を押さえて声を立てて笑った。
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