170 / 238
本編
第167話 我が家を舐めるんじゃないわよ!?
しおりを挟む
泥だらけの姿で、彼女は途方に暮れていた。目が覚めたら見たことのない天井と、質素な壁の部屋にいた。周囲に家具らしい家具はなく、窓を見つけて外を見たら目のくらむ高さだ。高所恐怖症なので、ひとまず窓から離れる。
やたら刺繍の多い重い服を着こんでいた。この季節には暑すぎるんじゃないかしら? そう考えたものの、侍女もいないので着替えの場所もわからない。困惑しながらベッドの上に座った。
「寝心地は悪くなかったわ」
誘拐されてぞんざいな扱いをされた感じでもない。肩や腰が痛くないクッションの心地よさと、シーツの上質さは普段から肌になじんだ……まさか!?
青ざめた彼女はくらりと眩暈に襲われてベッドに倒れ伏した。嫌な想像が膨らんで口をつく。
「私、捨てられた……の?」
高所恐怖症だと知っているのは夫だけ。なのに木造の質素な塔に私を寝かせた。服やベッドは地位にふさわしいものだけれど、部屋は生活必需品すらない。目が覚めた私が髪や毛皮の手入れをするブラシもないなんて。
愛されていると思ってたのだけれど、勘違いだったのかしら。泣きそうな気持ちで扉に手をかけると、予想外にも開いてしまった。塔なので廊下はなく、その先は螺旋階段だ。下を覗くと背筋がぞっとした。怖い、けれどこのままも嫌。正直、トイレも行きたい。
切実な問題として、この部屋は風呂どころかトイレもなかった。いずれお腹も空くだろう。それに関しては運んでもらえばいいが、トイレは困る。毎回下まで降りて扉をたたくのかしら。
国内最高位の女性に対して、なんと失礼な対応でしょう。怒りが沸き起こり、彼女の尻尾がぷりぷりと左右に揺れた。長い獣耳と愛らしい丸い尻尾彼女は兎系獣人だ。毛皮が黒いのが特徴で、黒に近い紺の髪は艶があって自慢だった。
今は毛皮も髪もぼさぼさしている。そういえばすっきりしてるわね。
階段の中央部分を見ないよう、壁に両手を当ててそろりと一歩ずつ降りる。時間はかかるが危険は少ないし、怖さも軽減された。石壁じゃなく木造なので冷たくはなかった。
数日前に熱を出して寝込んだのだけれど、ずいぶんと体が軽くなった。熱が下がった証拠だろう。にしても、高熱に苦しむ妻の意識がないのをいいことに、こんな塔に閉じ込めるなんて……帰ったら、ぎたんぎたんに叩きのめしてやるわ。
アンヌンツィアータ公爵家の血筋を舐めるんじゃないわよ!?
怒りのおかげで無事階段を降り切った彼女は、手櫛で身だしなみを整える。どんな状況に置かれようと、私はこの国の王妃なのだから。ひとつ深呼吸をして扉をノックした。返事がない。仕方なく自ら扉を押すと、軋みも抵抗もなく開いた。
「あの人、馬鹿なの? いえ、馬鹿だったわね」
呟くと実家に向かうべく、王妃は野原に駆け出した。そこは森が迫る王城の裏手、実家であるアンヌンツィアータ公爵家の屋敷までさほど遠くない。馬鹿な夫で苦労したけれど、おかげで助かったと高笑いしながら彼女は走り出した。
それから数十分後、塔は静かに炎に包まれていく。火柱を王妃が確認したのは、実家の高い塀を飛び越えて庭に着地した頃だった。
やたら刺繍の多い重い服を着こんでいた。この季節には暑すぎるんじゃないかしら? そう考えたものの、侍女もいないので着替えの場所もわからない。困惑しながらベッドの上に座った。
「寝心地は悪くなかったわ」
誘拐されてぞんざいな扱いをされた感じでもない。肩や腰が痛くないクッションの心地よさと、シーツの上質さは普段から肌になじんだ……まさか!?
青ざめた彼女はくらりと眩暈に襲われてベッドに倒れ伏した。嫌な想像が膨らんで口をつく。
「私、捨てられた……の?」
高所恐怖症だと知っているのは夫だけ。なのに木造の質素な塔に私を寝かせた。服やベッドは地位にふさわしいものだけれど、部屋は生活必需品すらない。目が覚めた私が髪や毛皮の手入れをするブラシもないなんて。
愛されていると思ってたのだけれど、勘違いだったのかしら。泣きそうな気持ちで扉に手をかけると、予想外にも開いてしまった。塔なので廊下はなく、その先は螺旋階段だ。下を覗くと背筋がぞっとした。怖い、けれどこのままも嫌。正直、トイレも行きたい。
切実な問題として、この部屋は風呂どころかトイレもなかった。いずれお腹も空くだろう。それに関しては運んでもらえばいいが、トイレは困る。毎回下まで降りて扉をたたくのかしら。
国内最高位の女性に対して、なんと失礼な対応でしょう。怒りが沸き起こり、彼女の尻尾がぷりぷりと左右に揺れた。長い獣耳と愛らしい丸い尻尾彼女は兎系獣人だ。毛皮が黒いのが特徴で、黒に近い紺の髪は艶があって自慢だった。
今は毛皮も髪もぼさぼさしている。そういえばすっきりしてるわね。
階段の中央部分を見ないよう、壁に両手を当ててそろりと一歩ずつ降りる。時間はかかるが危険は少ないし、怖さも軽減された。石壁じゃなく木造なので冷たくはなかった。
数日前に熱を出して寝込んだのだけれど、ずいぶんと体が軽くなった。熱が下がった証拠だろう。にしても、高熱に苦しむ妻の意識がないのをいいことに、こんな塔に閉じ込めるなんて……帰ったら、ぎたんぎたんに叩きのめしてやるわ。
アンヌンツィアータ公爵家の血筋を舐めるんじゃないわよ!?
怒りのおかげで無事階段を降り切った彼女は、手櫛で身だしなみを整える。どんな状況に置かれようと、私はこの国の王妃なのだから。ひとつ深呼吸をして扉をノックした。返事がない。仕方なく自ら扉を押すと、軋みも抵抗もなく開いた。
「あの人、馬鹿なの? いえ、馬鹿だったわね」
呟くと実家に向かうべく、王妃は野原に駆け出した。そこは森が迫る王城の裏手、実家であるアンヌンツィアータ公爵家の屋敷までさほど遠くない。馬鹿な夫で苦労したけれど、おかげで助かったと高笑いしながら彼女は走り出した。
それから数十分後、塔は静かに炎に包まれていく。火柱を王妃が確認したのは、実家の高い塀を飛び越えて庭に着地した頃だった。
0
お気に入りに追加
3,696
あなたにおすすめの小説
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】
小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」
ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。
きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。
いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)
深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。
そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。
この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。
聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。
ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。
藍生蕗
恋愛
かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。
そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……
偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。
※ 設定は甘めです
※ 他のサイトにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる