上 下
126 / 238
本編

第123話 国境を跨ぐ敵を殲滅せよ

しおりを挟む
 脅し宥めすかして頭数を揃えた。滅亡寸前のユーグレース国は北の端、それより先は異形の地だ。人間が治める国はユーグレースを入れて、現在21カ国だった。数が多すぎるとぼやいたのはベリル国、その真意は無駄に数ばかり増えた周辺の穏やかならざる政情を嘆いている。

 ひとつの国がクーデターで倒れると、3つほどに分裂した。王族支持派、平民を束ねる改革派、独立した有力貴族派が主な展開だ。時折、貴族派の数が分裂したり、王族派が潰されたりと変化があった。その度に地図を書き換えるベリルとしては、いい加減にして欲しかった。

 表敬訪問という名目で訪ねてきて、なんとか姫や王太子以外の王子と縁を結ぼうとする。自分達の国の政権争いに、大国を巻き込もうとする思惑が透けていた。そのくらいならば、自国の勢力をまとめ上げる方が先だろう。鼻で笑って跳ね除けるベリル国は、最南端の国家だ。

 ユーグレースと国交があるのが不思議な位置だが、数世代前から付き合いがあった。王家ではなく、宰相を務めるへーファーマイアー公爵家との繋がりゆえに、ベリル国は北の情勢も詳しい。

 アゲート国をはじめとする小国は勘違いしている。最南端の海に面した土地のほとんどを支配するベリルは、地の利だけで君臨してきたわけではない。むしろ海があるからこそ、軍備は整えられていた。勝手に生まれては消える小国に粉をかけられるたび、群がる羽虫を追い払ってきた強国なのだ。

「来るか」

「間違いなく」

 兄王に王弟は頷いた。腹違いであっても、母親同士は仲が良い。2人を含めた他の兄弟姉妹も、王妃と側妃の生まれの差はなく一緒に育てられた。公的な場でなければ、互いに愛称で呼び口調も砕けるほどだ。

「どのくらいかな」

 まだ幼さの残る末の弟王子に、歳の離れた兄達はひとつ質問をする。

「お前ならどうする?」

「現在動いた国家の数は13だ」

 考える上での前提条件を口にする。地図を見せて、各国の位置にピンを刺して示した。人間の国はクリスタ国を含め21、崩壊したユーグレースと自国ベリル、クリスタを除き18、そして動いたのは13。だが残った5つの国がどう動くのか、まだ判断材料はなかった。

「そうですね。僕なら……13国すべてを北に向かったと思わせ、全力でこの国に攻撃を仕掛けます」

「理由は?」

 なかなか面白い視点を持つ末っ子に、兄王が尋ねる。考えながら言葉を選び、末王子は口を開いた。

「クリスタ国の戦力が不明です。魔国や獣国が軍を置いている可能性を思えば、迂闊に攻められません。でしたら、後ろが海で逃げられないベリル国を襲って吸収してから、クリスタを狙います」

 平時の海は恵みだ。だが荒れ狂えば国を削り、戦になれば、逃げ道がなかった。海は背を守るのではなく、撤退を許さぬ状況に追い込むのだ。この案は末っ子が優秀である証明であり、アゲートが盟主である時点で成立しない仮定だった。しかし、残った5つの国は襲ってくるかも知れない。

「戦略の教師は誰だった?」

 褒める兄王が頬を緩めて、息子ほども歳の離れた末王子の頭を撫でる。擽ったそうにしながらも、素直に受ける弟の脇に立ち、仰々しく一礼したのは王弟クリストフだった。

「陛下、私が戦略講義を担当いたしました」

「ならば褒美をやらねばならぬか」

 兄達の三文芝居にくすくす笑う末っ子を交え、彼らは戦略談義に花を咲かせた。そして日が暮れる頃、ようやく兄王の決断が下だる。国境を跨ぐ敵を殲滅せよ――その命令は、国に散らばるすべての軍人へ届けられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】

小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」 ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。 きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。 いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

浮気相手の女の名前を公開することにいたしました

宇水涼麻
恋愛
ルベグント王子の浮気癖は、婚約者であるシャルリーラを辟易とさせていた。 二人が貴族学園の3年生になってしばらくすると、学園の掲示板に貼り出されたものに、生徒たちは注目した。 『総会で、浮気相手の女の名前を公開する。 しかし、謝罪した者は、発表しない』 それを見た女生徒たちは、家族を巻き込んで謝罪合戦を繰り広げた。 シャルリーラの予想を上回る数の謝罪文が届く。

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

処理中です...