122 / 238
本編
第119話 あなた色に染まりたいの
しおりを挟む 絶対に間に合わないとメフィストが泣き落としに入るが、イヴリースは譲らない。最愛の番にすべての色を着せるのだと公言する魔王に、アゼリアはしなだれかかった。
咄嗟に受け止めたイヴリースの頬が緩む。怖い顔をして「出来ないなら職人の首を挿げ替えろ」と命じる魔王が、一瞬で溶けた。その手腕に感心するメフィストに目配せし、アゼリアは婚約者に提案した。
「私、黒を着てあなた色に染まりたいの」
黒髪も黒い瞳も、イヴリースは本当に黒が似合うわ。だから同じ色を纏いたい。
「だが……」
一生に一度の結婚式なのだと粘るイヴリースへ、アゼリアは次の手札を切った。するりと頬を手で撫で、大きな尻尾をイヴリースの足に絡める。ここ最近は屋敷の敷地内から出ていないので、狐の耳や尻尾は出しっぱなしだった。
「あのね。結婚式で全部披露するなんてもったいないわ。だって黒以外はイヴリースのためだけに着たいの。結婚式は黒、それから別の記念日に白や緑。もちろんエスコートする夜会では、違う色のドレスを贈ってくれるんでしょう?」
あなたの前でだけ白や緑を披露する。独占していいのよ。かなり捨て身の提案だが、切り札として存分に効果を発揮した。
職人の首を挿げ替えろと告げていたが、あれはクビにする意味ではなく物理的に首を落とせと命じていた。その辺を敏感に察したアゼリアの機転と捨て身の戦法で、彼らの首は繋がったのだ。
「もちろんだ。我が魂の半身よ。そなたが望むのなら、そうしよう。アゼリアの美しい姿を、有象無象にすべて見せる気はない」
自分だけのために着飾ってくれる。その表現は、イヴリースの独占欲をいたく満たした。刺激された欲に忠実な男は、愛しい姫の頬や額にキスを降らせる。くすくす笑いながら魔王の愛情を受け止めるアゼリアに、メフィストは驚いた。あの威圧は、直接向けられていなくても恐ろしいだろう。
本能的な恐怖を抑え込んだのか、感じないほど慣れたのか。どちらにしても豪胆な人だ。目配せして一礼する。感謝を示すメフィストが、相談事をもうひとつ口にした。
「婚礼の御衣装は黒でご用意します。姫の象徴石についてですが……」
ドレスが決まれば、自動的にお飾りのデザインも決まる。お飾りには、象徴石をふんだんに使うのが魔国の王族ルールだった。そのため、アゼリアを象徴する宝石も決めておかなくてはならない。
象徴石とは魔族の上位者が身につける宝石だった。誰かに褒美で与えたり、自分の眷族を示すために使用される。現在、魔国で象徴石を持つのは5名だけ。魔王イヴリースは蒼玉、宰相メフィストは石榴石だった。他の3人は緑柱石、月光石、紫水晶となっている。
「紅玉か琥珀にせよ」
「かしこまりました。アゼリア姫の髪色と瞳の色ですね」
「どちらが好きだ?」
問われたアゼリアは少し考える。じっと見つめ返し、目の前の2人の象徴石を思い浮かべた。イヴリースは青、メフィストは暗赤……ならば選ぶ色は決まっている。
「琥珀がいいわ」
女性は髪飾りにも宝石を使うため、赤毛に同色は目立たない。折角宝石を使うのにもったいないし、ほかにも琥珀を選ぶ理由があった。
咄嗟に受け止めたイヴリースの頬が緩む。怖い顔をして「出来ないなら職人の首を挿げ替えろ」と命じる魔王が、一瞬で溶けた。その手腕に感心するメフィストに目配せし、アゼリアは婚約者に提案した。
「私、黒を着てあなた色に染まりたいの」
黒髪も黒い瞳も、イヴリースは本当に黒が似合うわ。だから同じ色を纏いたい。
「だが……」
一生に一度の結婚式なのだと粘るイヴリースへ、アゼリアは次の手札を切った。するりと頬を手で撫で、大きな尻尾をイヴリースの足に絡める。ここ最近は屋敷の敷地内から出ていないので、狐の耳や尻尾は出しっぱなしだった。
「あのね。結婚式で全部披露するなんてもったいないわ。だって黒以外はイヴリースのためだけに着たいの。結婚式は黒、それから別の記念日に白や緑。もちろんエスコートする夜会では、違う色のドレスを贈ってくれるんでしょう?」
あなたの前でだけ白や緑を披露する。独占していいのよ。かなり捨て身の提案だが、切り札として存分に効果を発揮した。
職人の首を挿げ替えろと告げていたが、あれはクビにする意味ではなく物理的に首を落とせと命じていた。その辺を敏感に察したアゼリアの機転と捨て身の戦法で、彼らの首は繋がったのだ。
「もちろんだ。我が魂の半身よ。そなたが望むのなら、そうしよう。アゼリアの美しい姿を、有象無象にすべて見せる気はない」
自分だけのために着飾ってくれる。その表現は、イヴリースの独占欲をいたく満たした。刺激された欲に忠実な男は、愛しい姫の頬や額にキスを降らせる。くすくす笑いながら魔王の愛情を受け止めるアゼリアに、メフィストは驚いた。あの威圧は、直接向けられていなくても恐ろしいだろう。
本能的な恐怖を抑え込んだのか、感じないほど慣れたのか。どちらにしても豪胆な人だ。目配せして一礼する。感謝を示すメフィストが、相談事をもうひとつ口にした。
「婚礼の御衣装は黒でご用意します。姫の象徴石についてですが……」
ドレスが決まれば、自動的にお飾りのデザインも決まる。お飾りには、象徴石をふんだんに使うのが魔国の王族ルールだった。そのため、アゼリアを象徴する宝石も決めておかなくてはならない。
象徴石とは魔族の上位者が身につける宝石だった。誰かに褒美で与えたり、自分の眷族を示すために使用される。現在、魔国で象徴石を持つのは5名だけ。魔王イヴリースは蒼玉、宰相メフィストは石榴石だった。他の3人は緑柱石、月光石、紫水晶となっている。
「紅玉か琥珀にせよ」
「かしこまりました。アゼリア姫の髪色と瞳の色ですね」
「どちらが好きだ?」
問われたアゼリアは少し考える。じっと見つめ返し、目の前の2人の象徴石を思い浮かべた。イヴリースは青、メフィストは暗赤……ならば選ぶ色は決まっている。
「琥珀がいいわ」
女性は髪飾りにも宝石を使うため、赤毛に同色は目立たない。折角宝石を使うのにもったいないし、ほかにも琥珀を選ぶ理由があった。
0
お気に入りに追加
3,707
あなたにおすすめの小説
とある令嬢が男装し第二王子がいる全寮制魔法学院へ転入する
春夏秋冬/光逆榮
恋愛
クリバンス王国内のフォークロス領主の娘アリス・フォークロスは、母親からとある理由で憧れである月の魔女が通っていた王都メルト魔法学院の転入を言い渡される。
しかし、その転入時には名前を偽り、さらには男装することが条件であった。
その理由は同じ学院に通う、第二王子ルーク・クリバンスの鼻を折り、将来王国を担う王としての自覚を持たせるためだった。
だがルーク王子の鼻を折る前に、無駄にイケメン揃いな個性的な寮生やクラスメイト達に囲まれた学院生活を送るはめになり、ハプニングの連続で正体がバレていないかドキドキの日々を過ごす。
そして目的であるルーク王子には、目向きもなれない最大のピンチが待っていた。
さて、アリスの運命はどうなるのか。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので
ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。
しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。
異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。
異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。
公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。
『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。
更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。
だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。
ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。
モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて――
奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。
異世界、魔法のある世界です。
色々ゆるゆるです。
【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!
海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。
そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。
そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。
「エレノア殿、迎えに来ました」
「はあ?」
それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。
果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?!
これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。
しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」
その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。
「了承しました」
ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。
(わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの)
そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。
(それに欲しいものは手に入れたわ)
壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。
(愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?)
エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。
「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」
類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。
だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。
今後は自分の力で頑張ってもらおう。
ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。
ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。
カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)
私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる