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本編
第99話 秤は大きく傾いた
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「陛下、先に報告を済ませたいのですが」
「勝手にしろ」
アゼリアの赤毛を指に絡め、小麦色の健康的な肌に指背を這わせる。口づけを落とし、抱き締めた腰を引き寄せる魔王イヴリースの姿に、メフィストは呆れ顔で溜め息をついた。前魔王にそっくりの行動ですが……まあ、魔王種とはこんなものでしょう。
魔王位に就いた者は、かつての種族から切り離される。感情的な柵ではなく、肉体的にも別の生き物に進化するのだ。爆発的に魔力量が増えるのも、その影響と考えられてきた。仕組みを解明した魔王がいないので、詳細は不明のままだが。
「アゼリア姫の依代、陛下を害した罪人アベルの抜け殻は、契約に従いバラムの手元に渡ります。今回の騒動で動いたゴエティアへの報酬は、私の方で算出しますので承認してください」
無言で頷くが、イヴリースの黒曜石の瞳はアゼリアに向けられたまま。困惑顔のアゼリアが視線で助けを求めるが、メフィストも手を出せない。牢内で嫉妬と威嚇を向けられた際に傷ついた右腕は、見た目は治っているが痛みの温床だった。同じ右腕をエリゴスとの戦いで傷つけた彼としては、これ以上余計な傷を負いたくない。
にっこり笑って「諦めてください」と言葉にせず突き放し、ご機嫌な主君への報告を続けた。
「ゴエティアの一員であったエリゴスが離反したため、彼の地位と権利を剥奪。現在は牢内にありますが、処分はお任せいただけますか」
「任せる」
聞いていないわけでもないらしい。アゼリアの巻き毛は、軽くウェーブした状態で腰の下まで伸びていた。巻けばいつもの長さに戻るが、今は普段より長い。その毛先をいじりながら、イヴリースは魔法で髪の毛を整え始めた。
火と水で水蒸気を作り、風で温度を調整ながら巻いていく。クセ毛がくるりと丸まり、自然といつもの髪型に近くなった。それを指先で調整しながら、器用に整える姿は王と呼ぶより侍従である。当人は他者の目を気にする神経が欠けているため、呆れ顔のメフィストを無視して作業を続けた。
「いつも通り執務はしていただきます。それから……アゼリア姫との婚姻の手配を行います」
「最短で」
「半年は準備期間をください」
「長すぎる」
待てないと滲ませるイヴリースへ、アゼリアは苦笑いした。諸々の手配があるメフィストは頭の中で再計算し、少しだけ短縮した日時を伝える。
「では5ヶ月後にしましょう」
「……」
「これ以上は無理です」
ゴエティアを総動員して事態の収集にあたれば、まだ短縮は可能だ。しかし祝い事は準備に時間がかかる。様々な品物の手配、参列者の調整や宿を含めた準備、国民への周知……。もちろん最上級の装いを用意する時間も必要だった。
「睨んでもダメです。陛下は最愛の姫に、有り合わせのドレスとジュエリーで愛を誓わせる気ですか」
これは一番痛いところをつく一言だった。文句をぐっと飲み込み、急がせろと要求するのが精々だ。だが急がせたあまり、職人に手を抜かれても困る。アゼリアの最高の姿を民に見せつけ、余のものだと自慢したい。あれこれ思惑や感情を秤に乗せ、イヴリースは渋々頷いた。
最愛のアゼリアとの婚姻に、有り合わせのドレスや指輪で済ませる気はない。最上級の品を選び、作らせる。アゼリアが満足するまで何度でも作り直させようと決め、イヴリースは傍で微笑む赤毛の美女を抱き寄せた。
「勝手にしろ」
アゼリアの赤毛を指に絡め、小麦色の健康的な肌に指背を這わせる。口づけを落とし、抱き締めた腰を引き寄せる魔王イヴリースの姿に、メフィストは呆れ顔で溜め息をついた。前魔王にそっくりの行動ですが……まあ、魔王種とはこんなものでしょう。
魔王位に就いた者は、かつての種族から切り離される。感情的な柵ではなく、肉体的にも別の生き物に進化するのだ。爆発的に魔力量が増えるのも、その影響と考えられてきた。仕組みを解明した魔王がいないので、詳細は不明のままだが。
「アゼリア姫の依代、陛下を害した罪人アベルの抜け殻は、契約に従いバラムの手元に渡ります。今回の騒動で動いたゴエティアへの報酬は、私の方で算出しますので承認してください」
無言で頷くが、イヴリースの黒曜石の瞳はアゼリアに向けられたまま。困惑顔のアゼリアが視線で助けを求めるが、メフィストも手を出せない。牢内で嫉妬と威嚇を向けられた際に傷ついた右腕は、見た目は治っているが痛みの温床だった。同じ右腕をエリゴスとの戦いで傷つけた彼としては、これ以上余計な傷を負いたくない。
にっこり笑って「諦めてください」と言葉にせず突き放し、ご機嫌な主君への報告を続けた。
「ゴエティアの一員であったエリゴスが離反したため、彼の地位と権利を剥奪。現在は牢内にありますが、処分はお任せいただけますか」
「任せる」
聞いていないわけでもないらしい。アゼリアの巻き毛は、軽くウェーブした状態で腰の下まで伸びていた。巻けばいつもの長さに戻るが、今は普段より長い。その毛先をいじりながら、イヴリースは魔法で髪の毛を整え始めた。
火と水で水蒸気を作り、風で温度を調整ながら巻いていく。クセ毛がくるりと丸まり、自然といつもの髪型に近くなった。それを指先で調整しながら、器用に整える姿は王と呼ぶより侍従である。当人は他者の目を気にする神経が欠けているため、呆れ顔のメフィストを無視して作業を続けた。
「いつも通り執務はしていただきます。それから……アゼリア姫との婚姻の手配を行います」
「最短で」
「半年は準備期間をください」
「長すぎる」
待てないと滲ませるイヴリースへ、アゼリアは苦笑いした。諸々の手配があるメフィストは頭の中で再計算し、少しだけ短縮した日時を伝える。
「では5ヶ月後にしましょう」
「……」
「これ以上は無理です」
ゴエティアを総動員して事態の収集にあたれば、まだ短縮は可能だ。しかし祝い事は準備に時間がかかる。様々な品物の手配、参列者の調整や宿を含めた準備、国民への周知……。もちろん最上級の装いを用意する時間も必要だった。
「睨んでもダメです。陛下は最愛の姫に、有り合わせのドレスとジュエリーで愛を誓わせる気ですか」
これは一番痛いところをつく一言だった。文句をぐっと飲み込み、急がせろと要求するのが精々だ。だが急がせたあまり、職人に手を抜かれても困る。アゼリアの最高の姿を民に見せつけ、余のものだと自慢したい。あれこれ思惑や感情を秤に乗せ、イヴリースは渋々頷いた。
最愛のアゼリアとの婚姻に、有り合わせのドレスや指輪で済ませる気はない。最上級の品を選び、作らせる。アゼリアが満足するまで何度でも作り直させようと決め、イヴリースは傍で微笑む赤毛の美女を抱き寄せた。
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