93 / 238
本編
第90話 狂えない囚人は哄笑する
しおりを挟む
アベルが弟イヴリースを疎んでいるのは、見れば理解できた。我が侭を言って父母から愛情を受け取ろうと試みる。愚かで哀れな兄の振る舞いを、イヴリースは冷めた目で見ていた。あの時点で2人の素質は明らかに別物だ。
感情豊かで愛情を乞うことに貪欲な兄、何もかも己の思うままに叶える力を持つが故に冷淡な弟――魔王がまだ健在ならば、何も起きずに終わっただろう。世界が望んだのか、それまで強健であった魔王が突如、崩御した。暗殺ではなく、病死でもない。自殺だった。
最愛の番を喪った痛みに己を滅した魔王の崩御は、魔国に阿鼻叫喚の悲劇を巻き起こす。後を追う側近達、空席になった地位を狙う魔族、強者は己こそが魔王にふさわしいと親族を排除しはじめ、血で血を洗う騒動が魔国を揺るがした。
成人前のイヴリースにも、大量の刺客が向けられた。彼の強さと魔力量の多さは有名で、次の魔王候補として名が挙げられたのだ。この時点で第三形態までしか解放していなかったイヴリースが、第四形態を得たのはこの時だ。
抗うのも面倒とばかりに、攻撃を仕掛けた兄に背を向ける。強者ゆえの傲り……そして予想外に背後から仕掛けられた魔術に膝を着き掛けた。激しい怒りと傷つけられた誇り、苛立ちに本能が咆哮をあげる。アベルを叩きのめし、それでも収まらぬイヴリースの怒りは、周囲の村落をいくつも消滅させた。
圧倒的な強さを前に、父母は状況を悟った。己の息子が魔王になる。竜と化したイヴリースに抵抗せず殺された両親、自らの身を誇らしげに切り刻んだ姉、そしてアベルは逃げ出した。追いかける竜が嬲るように、圧倒的な力で角を折り羽を破く。体の中央に爪が突き刺さる直前、側近となるメフィストが止める。
禁呪に気づかずアベルを殺せば、魔王となる最強の魔族を道連れにできる。そう考えて施した呪術は途中で堰き止められた。
「あの方と繋がるなど……八つ裂きにしても足りません。だから、生かしてあげましょう」
死んで楽にさせない。イヴリースを道連れにする権利など与えるものか。
残酷に宣言したメフィストの目は、笑みを浮かべる顔と正反対に妬みや憎悪の光を放っていた。魔王イヴリースと繋がっているから、殺さない。同時に、生きてさえいれば何をしてもいい。そう考えたメフィストは、アベルを幽閉の塔へ閉じ込めた。
決して死なせてはならない囚人を入れる箱だ。自殺も他殺も許されない。狂うことも出来ない最悪の場所で、アベルは数十年を過ごした。精神はとうに摩耗して、望みひとつが残る。
――イヴリースを破滅させたい。
ようやく手が届く位置まで来た。地下牢の薄汚い壁に背を預け、微笑んで手を伸ばす。助けを求める仕草ではなかった。劇の俳優が行うような、己への称賛を求める動きでこてりと首をかしげる。
「殺す……俺を? エリゴス、それは無理だ」
この牢から連れ出し、修復が効かなくなった身体が動かなくなることはあっても、この淀んだ魂は殺せない。狂人になり損ねたために捻じ曲がった心を抱き、後手に回った彼らをアベルは哄笑した。
感情豊かで愛情を乞うことに貪欲な兄、何もかも己の思うままに叶える力を持つが故に冷淡な弟――魔王がまだ健在ならば、何も起きずに終わっただろう。世界が望んだのか、それまで強健であった魔王が突如、崩御した。暗殺ではなく、病死でもない。自殺だった。
最愛の番を喪った痛みに己を滅した魔王の崩御は、魔国に阿鼻叫喚の悲劇を巻き起こす。後を追う側近達、空席になった地位を狙う魔族、強者は己こそが魔王にふさわしいと親族を排除しはじめ、血で血を洗う騒動が魔国を揺るがした。
成人前のイヴリースにも、大量の刺客が向けられた。彼の強さと魔力量の多さは有名で、次の魔王候補として名が挙げられたのだ。この時点で第三形態までしか解放していなかったイヴリースが、第四形態を得たのはこの時だ。
抗うのも面倒とばかりに、攻撃を仕掛けた兄に背を向ける。強者ゆえの傲り……そして予想外に背後から仕掛けられた魔術に膝を着き掛けた。激しい怒りと傷つけられた誇り、苛立ちに本能が咆哮をあげる。アベルを叩きのめし、それでも収まらぬイヴリースの怒りは、周囲の村落をいくつも消滅させた。
圧倒的な強さを前に、父母は状況を悟った。己の息子が魔王になる。竜と化したイヴリースに抵抗せず殺された両親、自らの身を誇らしげに切り刻んだ姉、そしてアベルは逃げ出した。追いかける竜が嬲るように、圧倒的な力で角を折り羽を破く。体の中央に爪が突き刺さる直前、側近となるメフィストが止める。
禁呪に気づかずアベルを殺せば、魔王となる最強の魔族を道連れにできる。そう考えて施した呪術は途中で堰き止められた。
「あの方と繋がるなど……八つ裂きにしても足りません。だから、生かしてあげましょう」
死んで楽にさせない。イヴリースを道連れにする権利など与えるものか。
残酷に宣言したメフィストの目は、笑みを浮かべる顔と正反対に妬みや憎悪の光を放っていた。魔王イヴリースと繋がっているから、殺さない。同時に、生きてさえいれば何をしてもいい。そう考えたメフィストは、アベルを幽閉の塔へ閉じ込めた。
決して死なせてはならない囚人を入れる箱だ。自殺も他殺も許されない。狂うことも出来ない最悪の場所で、アベルは数十年を過ごした。精神はとうに摩耗して、望みひとつが残る。
――イヴリースを破滅させたい。
ようやく手が届く位置まで来た。地下牢の薄汚い壁に背を預け、微笑んで手を伸ばす。助けを求める仕草ではなかった。劇の俳優が行うような、己への称賛を求める動きでこてりと首をかしげる。
「殺す……俺を? エリゴス、それは無理だ」
この牢から連れ出し、修復が効かなくなった身体が動かなくなることはあっても、この淀んだ魂は殺せない。狂人になり損ねたために捻じ曲がった心を抱き、後手に回った彼らをアベルは哄笑した。
0
お気に入りに追加
3,702
あなたにおすすめの小説
この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
めぐめぐ
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。魔法しか取り柄のないお前と』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公が、パーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー短編。
※思いつきなので色々とガバガバです。ご容赦ください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
※単純な話なので安心して読めると思います。
「次点の聖女」
手嶋ゆき
恋愛
何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。
私は「次点の聖女」と呼ばれていた。
約一万文字強で完結します。
小説家になろう様にも掲載しています。
病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
国外追放を受けた聖女ですが、戻ってくるよう懇願されるけどイケメンの国王陛下に愛されてるので拒否します!!
真時ぴえこ
恋愛
「ルーミア、そなたとの婚約は破棄する!出ていけっ今すぐにだ!」
皇太子アレン殿下はそうおっしゃられました。
ならよいでしょう、聖女を捨てるというなら「どうなっても」知りませんからね??
国外追放を受けた聖女の私、ルーミアはイケメンでちょっとツンデレな国王陛下に愛されちゃう・・・♡
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる