上 下
73 / 238
本編

第70話 弱点だと誰が決めたのですか

しおりを挟む
 部下の戦いを見ながら唸るイヴリースが、維持していた結界をひとつ破棄する。領地全体を覆う巨大な結界の強度は高く、数か所で同時に仕掛けられた攻撃を防ぎきった。

「陛下、小物の片づけはお任せください」

「東の川沿い、南の草原、門の影、森の中だ」

 攻め込んだ敵の場所を短く伝え、第三形態を解く。第二形態まで戻ったイヴリースは、そこで躊躇った。今人化してしまったら、すぐに動けない。消費した魔力を補うには、多少だが時間が必要だった。その間に攻撃されても、屋敷の結界は維持できるだろうか。

 迷ったのは一瞬だ。第二形態のまま、角と3対の種類が違う羽を広げた姿を保つ。見られて「化け物」と罵られても構わない。畏怖を与えて遠巻きにされるのは慣れた。最愛のアゼリアは本能的な恐怖を覚えたのに、それでも認めてくれる。

 他には誰もいらない。彼女の無事を守れるなら、人間に罵られ嫌われても構わないと開き直った。見上げる空は厚い雲に覆われている。その裏で太陽は傾き、夕暮れが近づいていた。結界を維持するのに注力し、空を見る余裕などなかったことに苦笑いする。

「あと少しで日が暮れる」

「はい。アゼリア様の元へ戻られてはいかがですか? あとは我々が処理いたします」

 処罰や処分ですらない。ゴミ処理と称した側近の物言いに「そうだな」と同意して立ち上がる。強い風が吹いて、肌の表面の汗が体温を奪った。寒いと、この時期に似つかわしくない言葉が浮かぶ。

「ヒュドラ以外にも仕掛けがあるだろう」

「すべて、お任せください」

 あなたは愛しい乙女の元へ戻られればいい。繰り返したメフィストの穏やかな口調に頷き、イヴリースは空を駆けた。後ろ姿を深々と頭を下げて見送り、振り返った男は忌々し気に舌打ちする。

「あなた方は鈍っているようですね。バール、そこの者達を鍛え直しなさい。場合によってはゴエティアの称号を剥奪しますよ」

 魔王イヴリースの前で、何たる醜態か。そう怒りを露わにする宰相に、女将軍は肩を竦めた。相性が悪かった、と言い訳する気にもなれない。確かに手間取りすぎた。その間結界を維持する魔王の負担を考えるなら、もっと手早く片付けなければならない。

 消耗した主君の姿に、申し訳なさそうにブエルやウァサゴも項垂れた。

「擬態する核は初めてだったわ」

 いつもならヒュドラは面倒だが、大して手ごわい相手ではない。ぎらぎらと好戦的な目をした頭が核であり、一目で区別がついた。狙う邪魔をする周囲を吹き飛ばせば、討伐はさして難しくない。しかし今回は他の頭に紛れ、区別がつかなかった。

「誰かがヒュドラに知恵をつけたのか」

 バルバドスが「心当たりがある」と呟く。彼が消えるとブエルが慌てて追いかけた。常にペアで行動する彼らは、隠された秘密を暴くことに長けている。本来は宝を探すことに使われる能力だが、最近はもっぱら秘密の暴露に特化して活躍していた。

「どうせ……公爵家のだれかよ」

「姫が弱点だと思われたか」

 吐き捨てたバールの忌々し気な声は、真実を言い当てた。誰もが同じ結論を持ちながら、尻尾を掴ませず証拠を残さない狡猾な敵を罵る。

「さっさと敵の尻尾を千切ってきなさい」

 ヒュドラとの戦いに目を向けさせ、その間に領地内に侵入しようとした輩は複数あった。間違いなく狙いはアゼリア・フォン・ヘーファーマイアー嬢だ。魔王イヴリースがようやく見つけた唯一の番、彼女を人質に取られたら手も足も出ない。

 怒りに任せて飛び出すゴエティアの精鋭を見送り、メフィストは口元を歪めた。

「彼女を弱点だと誰が決めたのですか。あれは逆鱗というのですよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

追放聖女。自由気ままに生きていく ~聖魔法?そんなの知らないのです!~

夕姫
ファンタジー
「アリーゼ=ホーリーロック。お前をカトリーナ教会の聖女の任務から破門にする。話しは以上だ。荷物をまとめてここから立ち去れこの「異端の魔女」が!」 カトリーナ教会の聖女として在籍していたアリーゼは聖女の証である「聖痕」と言う身体のどこかに刻まれている痣がなくなり、聖魔法が使えなくなってしまう。 それを同じカトリーナ教会の聖女マルセナにオイゲン大司教に密告されることで、「異端の魔女」扱いを受け教会から破門にされてしまった。そう聖魔法が使えない聖女など「いらん」と。 でもアリーゼはめげなかった。逆にそんな小さな教会の聖女ではなく、逆に世界を旅して世界の聖女になればいいのだと。そして自分を追い出したこと後悔させてやる。聖魔法?そんなの知らないのです!と。 そんなアリーゼは誰よりも「本」で培った知識が豊富だった。自分の意識の中に「世界書庫」と呼ばれる今まで読んだ本の内容を記憶する能力があり、その知識を生かし、時には人類の叡知と呼ばれる崇高な知識、熟練冒険者のようなサバイバル知識、子供が知っているような知識、そして間違った知識など……旅先の人々を助けながら冒険をしていく。そうこれは世界中の人々を助ける存在の『聖女』になるための物語。 ※追放物なので多少『ざまぁ』要素はありますが、W主人公なのでタグはありません。 ※基本はアリーゼ様のほのぼの旅がメインです。 ※追放側のマルセナsideもよろしくです。

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】

小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」 ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。 きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。 いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。

処理中です...