66 / 238
本編
第63話 ギャップの激しい2つの世界
しおりを挟む
響き渡る悲鳴に、ダンタリオンは溜め息をつく。魔族は残忍な種族が多い。人間の残虐さとは違う意味で、苦痛や悲鳴を好む者が主流だった。他者を貶める策略は眉を顰めるくせに、手足を捥ぐことは悪いと思わないのだ。
目の前の惨劇に肩を竦め、ダンタリオンはこの場を離れることにした。気分がよいものではない。流れてきた血を避けて数歩下がり、同僚の女将軍へ声をかけた。
「俺は向こうの捜索に加わる」
「ああ。お前は苦手なのよね、気づかなくて悪かったわ」
姫の偽装を解いた女将軍バールは、普段と同じ禁欲的な軍服に着替えていた。問題はその服の半分が返り血に濡れていることだろうか。襟を少しくつろげた首筋や、褐色の両手も赤く染まった。金髪にも赤が飛んでいるが、機嫌はよさそうだ。
石床に落ちた指を踏み砕き、思い出したように犯人の顔を覗き込んだ。
「限界かしらね……安心して、殺してあげないから」
不死鳥の血脈を繋ぐ女将軍の背に、鮮やかな炎の翼が生まれる。周囲に熱を伝えることなく、燃え続ける炎は鮮やかなオレンジ色だった。黄色に近い羽を揺らしながら、切り刻んだ手足を修復する。一度に戻すことも可能なのに、わざわざ時間をかけて直した。
治癒ではないのだ。物体と同じく、時間を巻き戻しての修復だった。刻まれた直後の激痛まで再現しながら戻す、残酷なバールの口元に浮かんだ笑みが歪む。魔族は上位に近づくほど、残虐になる習性があった。だからこそ生き残り、強い子孫を残すのだろう。
響き渡る悲鳴に目を細め、少し先で別の獲物を甚振る同僚の姿に溜め息をつく。特殊な能力があるため魔王の影武者を引き受けているが、ダンタリオン自身の序列は上の下程度である。挨拶を済ませた彼はさっと姿を消した。
朝の地下牢に現れた時と同じ魔術だ。いなくなった同僚に「変わった子よね」と呟いたバールへ、メフィストが命じる。
「絶対に死なせてはいけません。私は陛下のお世話に戻りますので、あとを任せます」
魔王に次ぐ宰相の地位にある強者の言葉に、女将軍は笑顔で手を振った。自分に唾を付けた下劣な人質男を直したのと同じ術を、他の獲物にも適用していく。一度で死ねるのは極上の慈悲だ、この者らに必要なかった。
血腥い地下牢を出たメフィストは、署名が必要な書類を抱えて転移した。ヘーファーマイアー公爵領の砦に与えられた部屋に現れると、ひとまず書類を机の上に置く。見回すが魔王イヴリースの気配はなかった。この砦の中にいないのか。
魔力を探るように感覚を広げていくと、離れた領主の屋敷近くで反応があった。圧倒的な主君の輝きの隣に、寄り添うほのかな光――なるほど、アゼリア姫とご一緒ですか。邪魔をしない方がいい。書類を分類しながら、メフィストは自分が担当する書類を片付け始めた。
「大変だ! メフィスト殿、手を貸してくれ」
「なんですか」
騒がしいと顰め面で顔を上げると、飛び込んだのはアウグストだった。仮にも魔王妃となるお方の父君だ。魔王の義父に当たるのだから、あまり無碍にするものではないだろう。
話を聞く姿勢を取ってペンを置けば、駆け込んだ彼は厚い胸板が上下するほど息が切れていた。
「アゼリアが! 我が娘が魔王に攫われた」
「……それはデートに出かけたのではありませんか?」
殺伐とした地下牢からのギャップの激しさに、めまいすら感じる。平和なヘーファーマイアー元公爵の文句を聞きながら、メフィストは窓の外へ目をやった。青空は白い雲に覆われつつある。天気が崩れそうですね。そんな感想をいだきながら、視線を戻せば……アウグストはまだ愚痴を並べていた。
「平和ですね」
零れた言葉に反論はなく……アウグストは膝から床に崩れ落ちる。
「……娘が……最愛の我が娘が」
「心中お察しします」
宥める言葉を選びながらも、メフィストは他人事をさらりと流した。
目の前の惨劇に肩を竦め、ダンタリオンはこの場を離れることにした。気分がよいものではない。流れてきた血を避けて数歩下がり、同僚の女将軍へ声をかけた。
「俺は向こうの捜索に加わる」
「ああ。お前は苦手なのよね、気づかなくて悪かったわ」
姫の偽装を解いた女将軍バールは、普段と同じ禁欲的な軍服に着替えていた。問題はその服の半分が返り血に濡れていることだろうか。襟を少しくつろげた首筋や、褐色の両手も赤く染まった。金髪にも赤が飛んでいるが、機嫌はよさそうだ。
石床に落ちた指を踏み砕き、思い出したように犯人の顔を覗き込んだ。
「限界かしらね……安心して、殺してあげないから」
不死鳥の血脈を繋ぐ女将軍の背に、鮮やかな炎の翼が生まれる。周囲に熱を伝えることなく、燃え続ける炎は鮮やかなオレンジ色だった。黄色に近い羽を揺らしながら、切り刻んだ手足を修復する。一度に戻すことも可能なのに、わざわざ時間をかけて直した。
治癒ではないのだ。物体と同じく、時間を巻き戻しての修復だった。刻まれた直後の激痛まで再現しながら戻す、残酷なバールの口元に浮かんだ笑みが歪む。魔族は上位に近づくほど、残虐になる習性があった。だからこそ生き残り、強い子孫を残すのだろう。
響き渡る悲鳴に目を細め、少し先で別の獲物を甚振る同僚の姿に溜め息をつく。特殊な能力があるため魔王の影武者を引き受けているが、ダンタリオン自身の序列は上の下程度である。挨拶を済ませた彼はさっと姿を消した。
朝の地下牢に現れた時と同じ魔術だ。いなくなった同僚に「変わった子よね」と呟いたバールへ、メフィストが命じる。
「絶対に死なせてはいけません。私は陛下のお世話に戻りますので、あとを任せます」
魔王に次ぐ宰相の地位にある強者の言葉に、女将軍は笑顔で手を振った。自分に唾を付けた下劣な人質男を直したのと同じ術を、他の獲物にも適用していく。一度で死ねるのは極上の慈悲だ、この者らに必要なかった。
血腥い地下牢を出たメフィストは、署名が必要な書類を抱えて転移した。ヘーファーマイアー公爵領の砦に与えられた部屋に現れると、ひとまず書類を机の上に置く。見回すが魔王イヴリースの気配はなかった。この砦の中にいないのか。
魔力を探るように感覚を広げていくと、離れた領主の屋敷近くで反応があった。圧倒的な主君の輝きの隣に、寄り添うほのかな光――なるほど、アゼリア姫とご一緒ですか。邪魔をしない方がいい。書類を分類しながら、メフィストは自分が担当する書類を片付け始めた。
「大変だ! メフィスト殿、手を貸してくれ」
「なんですか」
騒がしいと顰め面で顔を上げると、飛び込んだのはアウグストだった。仮にも魔王妃となるお方の父君だ。魔王の義父に当たるのだから、あまり無碍にするものではないだろう。
話を聞く姿勢を取ってペンを置けば、駆け込んだ彼は厚い胸板が上下するほど息が切れていた。
「アゼリアが! 我が娘が魔王に攫われた」
「……それはデートに出かけたのではありませんか?」
殺伐とした地下牢からのギャップの激しさに、めまいすら感じる。平和なヘーファーマイアー元公爵の文句を聞きながら、メフィストは窓の外へ目をやった。青空は白い雲に覆われつつある。天気が崩れそうですね。そんな感想をいだきながら、視線を戻せば……アウグストはまだ愚痴を並べていた。
「平和ですね」
零れた言葉に反論はなく……アウグストは膝から床に崩れ落ちる。
「……娘が……最愛の我が娘が」
「心中お察しします」
宥める言葉を選びながらも、メフィストは他人事をさらりと流した。
10
お気に入りに追加
3,696
あなたにおすすめの小説
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】
小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」
ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。
きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。
いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
浮気相手の女の名前を公開することにいたしました
宇水涼麻
恋愛
ルベグント王子の浮気癖は、婚約者であるシャルリーラを辟易とさせていた。
二人が貴族学園の3年生になってしばらくすると、学園の掲示板に貼り出されたものに、生徒たちは注目した。
『総会で、浮気相手の女の名前を公開する。
しかし、謝罪した者は、発表しない』
それを見た女生徒たちは、家族を巻き込んで謝罪合戦を繰り広げた。
シャルリーラの予想を上回る数の謝罪文が届く。
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)
深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。
そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。
この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。
聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。
ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる