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本編

第63話 ギャップの激しい2つの世界

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 響き渡る悲鳴に、ダンタリオンは溜め息をつく。魔族は残忍な種族が多い。人間の残虐さとは違う意味で、苦痛や悲鳴を好む者が主流だった。他者を貶める策略は眉を顰めるくせに、手足を捥ぐことは悪いと思わないのだ。

 目の前の惨劇に肩を竦め、ダンタリオンはこの場を離れることにした。気分がよいものではない。流れてきた血を避けて数歩下がり、同僚の女将軍へ声をかけた。

「俺は向こうの捜索に加わる」

「ああ。お前は苦手なのよね、気づかなくて悪かったわ」

 姫の偽装を解いた女将軍バールは、普段と同じ禁欲的な軍服に着替えていた。問題はその服の半分が返り血に濡れていることだろうか。襟を少しくつろげた首筋や、褐色の両手も赤く染まった。金髪にも赤が飛んでいるが、機嫌はよさそうだ。

 石床に落ちた指を踏み砕き、思い出したように犯人の顔を覗き込んだ。

「限界かしらね……安心して、から」

 不死鳥の血脈を繋ぐ女将軍の背に、鮮やかな炎の翼が生まれる。周囲に熱を伝えることなく、燃え続ける炎は鮮やかなオレンジ色だった。黄色に近い羽を揺らしながら、切り刻んだ手足を修復する。一度に戻すことも可能なのに、わざわざ時間をかけて直した。

 治癒ではないのだ。物体と同じく、時間を巻き戻しての修復だった。刻まれた直後の激痛まで再現しながら戻す、残酷なバールの口元に浮かんだ笑みが歪む。魔族は上位に近づくほど、残虐になる習性があった。だからこそ生き残り、強い子孫を残すのだろう。

 響き渡る悲鳴に目を細め、少し先で別の獲物を甚振る同僚の姿に溜め息をつく。特殊な能力があるため魔王の影武者を引き受けているが、ダンタリオン自身の序列は上の下程度である。挨拶を済ませた彼はさっと姿を消した。

 朝の地下牢に現れた時と同じ魔術だ。いなくなった同僚に「変わった子よね」と呟いたバールへ、メフィストが命じる。

「絶対に死なせてはいけません。私は陛下のお世話に戻りますので、あとを任せます」

 魔王に次ぐ宰相の地位にある強者の言葉に、女将軍は笑顔で手を振った。自分に唾を付けた下劣な人質男を直したのと同じ術を、他の獲物にも適用していく。一度で死ねるのは極上の慈悲だ、この者らに必要なかった。





 血腥い地下牢を出たメフィストは、署名が必要な書類を抱えて転移した。ヘーファーマイアー公爵領の砦に与えられた部屋に現れると、ひとまず書類を机の上に置く。見回すが魔王イヴリースの気配はなかった。この砦の中にいないのか。

 魔力を探るように感覚を広げていくと、離れた領主の屋敷近くで反応があった。圧倒的な主君の輝きの隣に、寄り添うほのかな光――なるほど、アゼリア姫とご一緒ですか。邪魔をしない方がいい。書類を分類しながら、メフィストは自分が担当する書類を片付け始めた。

「大変だ! メフィスト殿、手を貸してくれ」

「なんですか」

 騒がしいと顰め面で顔を上げると、飛び込んだのはアウグストだった。仮にも魔王妃となるお方の父君だ。魔王の義父に当たるのだから、あまり無碍にするものではないだろう。

 話を聞く姿勢を取ってペンを置けば、駆け込んだ彼は厚い胸板が上下するほど息が切れていた。

「アゼリアが! 我が娘が魔王に攫われた」

「……それはデートに出かけたのではありませんか?」

 殺伐とした地下牢からのギャップの激しさに、めまいすら感じる。平和なヘーファーマイアー元公爵の文句を聞きながら、メフィストは窓の外へ目をやった。青空は白い雲に覆われつつある。天気が崩れそうですね。そんな感想をいだきながら、視線を戻せば……アウグストはまだ愚痴を並べていた。

「平和ですね」

 零れた言葉に反論はなく……アウグストは膝から床に崩れ落ちる。

「……娘が……最愛の我が娘が」

「心中お察しします」

 宥める言葉を選びながらも、メフィストは他人事をさらりと流した。
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