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本編
第28話 植え付けられる恐怖
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ユルゲンは自分が善人とは思わない。だが、逃げた罪人が姉を犯し殺した事件を機に、この商売に手を染めた。最初に売買した奴隷は、もちろん姉を殺した犯人だ。殺したいと思いながら、殺して楽にする方法を選べなかった。
一生苦しませるために奴隷として、過酷な労働で知られる鉱山へ売ったのだ。その後、犯人が落盤事故で死んだのを知り、足を洗おうと考えていた頃だった。
竜殺しを成し遂げたアウグストと会う機会に恵まれる。奴隷商人だと知りながら、アウグストは罪を追求しなかった。それどころか、領地替えした新しい土地に流れ込む『悪』を排除しないかと誘われる。
開拓中はどうしても警備や監視の目も行き届かない。難民や移り住んだ領民に、犯罪者が混じっても気付くのが遅れるだろう。そんな連中を嗅ぎ分けるのは、同じ闇に生きる者が得意とする分野だった。奴隷商という必要悪に、領民を害する犯罪者を駆除させる。そのためにユルゲンを黙認すると言い切った。
領民の平和を守るため、アウグストは清濁合わせ飲む覚悟をみせたのだ。
「懐かしい人を思い出した」
ユルゲンは口元を緩める。あれから直接アウグストと会う機会はなかった。それが当然であり、自分から会おうとも思わない。
ユルゲンが犯罪者を狩って過酷な場に送り込むことで、領内は平和が保たれた。その平和をもって、アウグストはユルゲンの活躍を知る。アウグストが公平な政を行うから、領民は豊かになった。その功績の一部、暗い部分を担うことがユルゲンの誇りなのだ。
「監視の理由を探っておけ」
逃げたり死なないように管理しろ。それは言わずとも理解している執事が一礼し、ユルゲンは近くのソファに横たわった。
豪華なベッドがある屋敷も、複数の愛人を囲う離れも持つ豪商で通るユルゲンだが、心安らぐのは裏路地にあるこの小さな部屋だ。大した家具もない、少し埃に汚れた部屋は過去に浸る道具だった。殺された姉と暮らした部屋を模した硬いソファの上で、ユルゲンは目を閉じる。
たゆたう意識の中、労働であかぎれが酷い指先が優しく頬に触れる気がした。
転がされた部屋に窓は見当たらない。それどころか真っ暗で、明かりひとつなかった。これでは何も見つけられない。
月のない夜を闇夜と表現する人がいるが、それでも人の形が判別できる程度の明るさはあった。自分の手の位置や形がわからないほどの暗闇は、初めてだ。恐怖に震えながら、手で頬を包む。その指先を目の前にかざしても、何も見えなかった。
このまま水や食料もなく、一度も明るい光を見ることなく死んでしまうのかしら。じわじわと足元から侵食する暗闇が、心まで染める気がした。目を閉じて、開いても変わらない。
「嫌よ、出して! ここから出して!!」
暴れれば出してもらえる。きっと脅かしただけだわ。エルザは必死に叫んだ。声が枯れる頃になっても、誰も来ない。
「お願い! ……っ、ブルーノ……王子様でもいいわ。シスター! もう、誰でもいい、から……」
泣き疲れて眠るまで、エルザは闇雲に叫んで暴れ続けた。手足をぶつけた痛みを堪えながら、階段があると思われる場所に手を伸ばす。それでも逃げ場はなくて、光の一筋も見つけられなかった。
ようやく彼女が意識を失った頃、ぎぃ……と軋んだ音で扉が開く。蝋燭を持った初老の紳士は、ユルゲンの執事だった。荒くれ仕事に慣れた彼は、後ろにいる男に指示してエルザの手足を縛らせる。目隠しと猿轡を噛ませると、彼女はようやく暗闇から連れ出された。
肩に担がれた荷物扱いのエルザは、泣き叫ぶほど嫌がった闇から出される。しかしその先に、幸せが待つとは到底言えなかった。
一生苦しませるために奴隷として、過酷な労働で知られる鉱山へ売ったのだ。その後、犯人が落盤事故で死んだのを知り、足を洗おうと考えていた頃だった。
竜殺しを成し遂げたアウグストと会う機会に恵まれる。奴隷商人だと知りながら、アウグストは罪を追求しなかった。それどころか、領地替えした新しい土地に流れ込む『悪』を排除しないかと誘われる。
開拓中はどうしても警備や監視の目も行き届かない。難民や移り住んだ領民に、犯罪者が混じっても気付くのが遅れるだろう。そんな連中を嗅ぎ分けるのは、同じ闇に生きる者が得意とする分野だった。奴隷商という必要悪に、領民を害する犯罪者を駆除させる。そのためにユルゲンを黙認すると言い切った。
領民の平和を守るため、アウグストは清濁合わせ飲む覚悟をみせたのだ。
「懐かしい人を思い出した」
ユルゲンは口元を緩める。あれから直接アウグストと会う機会はなかった。それが当然であり、自分から会おうとも思わない。
ユルゲンが犯罪者を狩って過酷な場に送り込むことで、領内は平和が保たれた。その平和をもって、アウグストはユルゲンの活躍を知る。アウグストが公平な政を行うから、領民は豊かになった。その功績の一部、暗い部分を担うことがユルゲンの誇りなのだ。
「監視の理由を探っておけ」
逃げたり死なないように管理しろ。それは言わずとも理解している執事が一礼し、ユルゲンは近くのソファに横たわった。
豪華なベッドがある屋敷も、複数の愛人を囲う離れも持つ豪商で通るユルゲンだが、心安らぐのは裏路地にあるこの小さな部屋だ。大した家具もない、少し埃に汚れた部屋は過去に浸る道具だった。殺された姉と暮らした部屋を模した硬いソファの上で、ユルゲンは目を閉じる。
たゆたう意識の中、労働であかぎれが酷い指先が優しく頬に触れる気がした。
転がされた部屋に窓は見当たらない。それどころか真っ暗で、明かりひとつなかった。これでは何も見つけられない。
月のない夜を闇夜と表現する人がいるが、それでも人の形が判別できる程度の明るさはあった。自分の手の位置や形がわからないほどの暗闇は、初めてだ。恐怖に震えながら、手で頬を包む。その指先を目の前にかざしても、何も見えなかった。
このまま水や食料もなく、一度も明るい光を見ることなく死んでしまうのかしら。じわじわと足元から侵食する暗闇が、心まで染める気がした。目を閉じて、開いても変わらない。
「嫌よ、出して! ここから出して!!」
暴れれば出してもらえる。きっと脅かしただけだわ。エルザは必死に叫んだ。声が枯れる頃になっても、誰も来ない。
「お願い! ……っ、ブルーノ……王子様でもいいわ。シスター! もう、誰でもいい、から……」
泣き疲れて眠るまで、エルザは闇雲に叫んで暴れ続けた。手足をぶつけた痛みを堪えながら、階段があると思われる場所に手を伸ばす。それでも逃げ場はなくて、光の一筋も見つけられなかった。
ようやく彼女が意識を失った頃、ぎぃ……と軋んだ音で扉が開く。蝋燭を持った初老の紳士は、ユルゲンの執事だった。荒くれ仕事に慣れた彼は、後ろにいる男に指示してエルザの手足を縛らせる。目隠しと猿轡を噛ませると、彼女はようやく暗闇から連れ出された。
肩に担がれた荷物扱いのエルザは、泣き叫ぶほど嫌がった闇から出される。しかしその先に、幸せが待つとは到底言えなかった。
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