12 / 238
本編
第9話 守るのは私の役目なのだが
しおりを挟む
街道沿いに立てられた魔物避けの旗を確認する。長細い槍のような形状の棒が魔除け本体なのだが、間違えて抜かないよう旗をつけているのだ。風にはためいた旗の間隔をひとつずつ確認した。
このあと王都から使用人を連れた兄が率いる馬車が通る。時間が遅くなる分、魔物に遭遇する危険性は高かった。少しでも危険を減らすために、丁寧に確認する。半分を超えた辺りで、馬が嘶いた。怯えた仕草で後ろに下がろうとする。
獣人である母カサンドラやアゼリアを乗せる馬達は、他の領地の馬と違い特殊な訓練を受けている。滅多なことで驚いたりしないはずだ。それが怯えて下がろうとするなら、本能が警告する捕食者の存在を示していた。アウグストとカサンドラが乗る馬も、下がらないまでも脚を止めてしまう。
「お父様は下がって」
「……アゼリア。こういう場面では娘と妻を守るのは私の役目なのだが?」
剣を抜きながら溜め息をつく公爵アウグストは気付いていた。お転婆娘は、自由に暴れたいだけなのだ。邪魔をすると後で文句を言われるだろう。仕方なく、抜身の剣を右手に構えたまま静観の姿勢を見せた。
「ありがとう、お父様のそういう優しさが好きよ」
砕けた口調でウィンクして寄越す娘に、後ろでカサンドラが声を立てて笑った。
「いいじゃない。好きになさいな。我がルベウス王家の血ですもの」
獣人国家であるルベウスは好戦的な種族が多い。自ら襲いかかる程分別がなければ自滅するだろうが、誇り高い彼らは自分より弱いものを甚振る行為に興味はなかった。
向かってくれば容赦なく敵を叩き潰すが、実力を認め合えるような強者との戦いを好む。誇りを傷つけられれば、手負いでも牙を剥く気の強さもあった。妻のそんな一面に惚れたアウグストとしては、そっくり受け継いだ娘アゼリアが可愛くて仕方ない。
魔物避けに近づける強者相手でも、傷つけられない限りで自由にさせる。そう決めて見守る父の前に進み出たアゼリアは、金瞳を煌めかせて愛用の剣を抜いた。
無骨にならないよう、細く削られた飾り物のような剣だ。柄に埋め込まれた宝石は、倒したカーバンクルから奪った紅石だった。魔法による強化を施し、軽く使いやすく、速さ重視の武器として作り上げた傑作品だ。
「そこ、でしょう?」
魔物避けのすぐ隣を、剣の先で指し示した。何もいない空間がぐにゃりと歪む。まるで空気や光が凝ったように、その姿は何もない場所に現れた。
「噂以上に美しい姫だ」
「え……?」
アゼリアは言葉を失った。見たこともない美形だ。彼女が知るどの女性より整った顔をしているのに、男性にしか見えない。顔だけの王太子より綺麗だった。そう、綺麗という表現が一番似合う。
低めの声はどこか甘い。身体の線が出るぴたりとした軍服に似た衣装を着ていた。黒髪と同色の瞳、対照的に真っ白な肌――幻想的な存在。これが夢で幻を見たのだと言われたら信じてしまいそうな、現実感の薄い人だった。
神様が顕現したらこんな感じかしら。心の中で呟いたアゼリアを見透かしたように、細身の男は明るい日差しを浴びて笑う。
「どうした、その剣を余に突き立てるのではないのか?」
このあと王都から使用人を連れた兄が率いる馬車が通る。時間が遅くなる分、魔物に遭遇する危険性は高かった。少しでも危険を減らすために、丁寧に確認する。半分を超えた辺りで、馬が嘶いた。怯えた仕草で後ろに下がろうとする。
獣人である母カサンドラやアゼリアを乗せる馬達は、他の領地の馬と違い特殊な訓練を受けている。滅多なことで驚いたりしないはずだ。それが怯えて下がろうとするなら、本能が警告する捕食者の存在を示していた。アウグストとカサンドラが乗る馬も、下がらないまでも脚を止めてしまう。
「お父様は下がって」
「……アゼリア。こういう場面では娘と妻を守るのは私の役目なのだが?」
剣を抜きながら溜め息をつく公爵アウグストは気付いていた。お転婆娘は、自由に暴れたいだけなのだ。邪魔をすると後で文句を言われるだろう。仕方なく、抜身の剣を右手に構えたまま静観の姿勢を見せた。
「ありがとう、お父様のそういう優しさが好きよ」
砕けた口調でウィンクして寄越す娘に、後ろでカサンドラが声を立てて笑った。
「いいじゃない。好きになさいな。我がルベウス王家の血ですもの」
獣人国家であるルベウスは好戦的な種族が多い。自ら襲いかかる程分別がなければ自滅するだろうが、誇り高い彼らは自分より弱いものを甚振る行為に興味はなかった。
向かってくれば容赦なく敵を叩き潰すが、実力を認め合えるような強者との戦いを好む。誇りを傷つけられれば、手負いでも牙を剥く気の強さもあった。妻のそんな一面に惚れたアウグストとしては、そっくり受け継いだ娘アゼリアが可愛くて仕方ない。
魔物避けに近づける強者相手でも、傷つけられない限りで自由にさせる。そう決めて見守る父の前に進み出たアゼリアは、金瞳を煌めかせて愛用の剣を抜いた。
無骨にならないよう、細く削られた飾り物のような剣だ。柄に埋め込まれた宝石は、倒したカーバンクルから奪った紅石だった。魔法による強化を施し、軽く使いやすく、速さ重視の武器として作り上げた傑作品だ。
「そこ、でしょう?」
魔物避けのすぐ隣を、剣の先で指し示した。何もいない空間がぐにゃりと歪む。まるで空気や光が凝ったように、その姿は何もない場所に現れた。
「噂以上に美しい姫だ」
「え……?」
アゼリアは言葉を失った。見たこともない美形だ。彼女が知るどの女性より整った顔をしているのに、男性にしか見えない。顔だけの王太子より綺麗だった。そう、綺麗という表現が一番似合う。
低めの声はどこか甘い。身体の線が出るぴたりとした軍服に似た衣装を着ていた。黒髪と同色の瞳、対照的に真っ白な肌――幻想的な存在。これが夢で幻を見たのだと言われたら信じてしまいそうな、現実感の薄い人だった。
神様が顕現したらこんな感じかしら。心の中で呟いたアゼリアを見透かしたように、細身の男は明るい日差しを浴びて笑う。
「どうした、その剣を余に突き立てるのではないのか?」
32
お気に入りに追加
3,696
あなたにおすすめの小説
その聖女、娼婦につき ~何もかもが遅すぎた~
ノ木瀬 優
恋愛
卒業パーティーにて、ライル王太子は、レイチェルに婚約破棄を突き付ける。それを受けたレイチェルは……。
「――あー、はい。もう、そういうのいいです。もうどうしようもないので」
あっけらかんとそう言い放った。実は、この国の聖女システムには、ある秘密が隠されていたのだ。
思い付きで書いてみました。全2話、本日中に完結予定です。
設定ガバガバなところもありますが、気楽に楽しんで頂けたら幸いです。
R15は保険ですので、安心してお楽しみ下さい。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】
小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」
ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。
きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。
いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
【完結】ちょっと、運営はどこ? 乙女ゲームにラノベが混じってますわよ!?
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「俺は、セラフィーナ・ラファエル・スプリングフィールド公爵令嬢との婚約を解消する」
よくある乙女ゲームの悪役令嬢が婚約を破棄される場面ですわ……あら、解消なのですか? 随分と穏やかですこと。
攻略対象のお兄様、隣国の王太子殿下も参戦して夜会は台無しになりました。ですが、まだ登場人物は足りていなかったようです。
竜帝様、魔王様、あら……精霊王様まで。
転生した私が言うのもおかしいですが、これって幾つものお話が混じってませんか?
複数の物語のラスボスや秘密の攻略対象が大量に集まった世界で、私はどうやら愛されているようです。さてどなたを選びましょうかしら。
2021/02/21、完結
【同時掲載】小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、エブリスタ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる