上 下
88 / 122

88.耳元で囁かれた甘い声が嬉しくて

しおりを挟む
「全然気づけなかった」

 リリアナの我が侭の意味を知らず、エルを忘れていると叱ろうとした。そう反省するオスカル様に、私は首を横に振った。

「そうではありません。オスカル様の対応は正しいのです。ただ私も間違っていなかったと胸を張れますわ。リリアナが幸せになるために、私達は協力し合いましょう。エルも含めて、二人とも私達の宝ですもの」

「そう言ってくれると助かる」

 ほっとした顔のオスカル様は、自分が気づければよかったのにと後悔を滲ませた。でも女性と男性は考え方も、物事の捉え方も違います。気付ける方が指摘すればいい。間違ったとしても、きちんとやり直せばいいのですから。

 微笑み合って、子ども達の様子を見に行った。眠るリリアナの銀髪を撫でる。続いて、すやすやと寝息を立てるエルの頬に手を添わせた。

「では、おやすみなさい。バレンティナ様」

「オスカル様、そろそろ……ティナとお呼びください」

「っ、はい。では私のことも呼び捨てでオスカルと」

 真っ赤になって見つめ合う。すっとオスカル様が身を屈め、私に影がかかった。期待して目を閉じる。顔を上向けた頬に何かが触れて、離れた。目を開けると近い距離で、オスカル様が微笑む。

「では、おやすみなさい。ティナ」

 耳元に囁かれた甘い声にうっとりしながら扉を閉める。ベッドまでふらふらと戻り、ぺたんと座り込んだ。どきどきする。侍女を呼んで着替えて、それから……毎日同じことをしているのに、手順を頭の中で繰り返す。そうしないと照れてしまう。

「お嬢様、失礼致します。夜のお支度を」

 びくりと大袈裟に肩を揺らしてしまった。侍女はノックをした後だったらしく、きょとんとして私を見ている。

「な、何でもないの」

「お顔が赤いです。具合が悪いようでしたら、お医者様をお呼びします」

「いいえ、平気。お風呂は朝にするわ」

「かしこまりました」

 熱があると判断したのか。さっと着替えを終えた後、侍女達は部屋を暖め、枕元に薬や水を用意した。心配そうに下がる彼女達を見送り、サイドテーブルに置かれた呼び鈴に苦笑いする。

 完全に病人だと思われたわね。お風呂を明日の朝にしたのは、恥ずかしいから一人にして欲しかっただけなんだけど。お母様やお父様に心配をかけるといけないから、早く起きて元気だとお知らせしなくちゃ。

 エルの寝息が聞こえる暖かな部屋で、すぐに眠りは訪れた。その夜、私は不思議な夢を見る。体があまり動かなくて、籐で作られた寝椅子に寄りかかっていた。指先に柔らかな感触があり、視線を向けると3歳くらいの男の子が触れている。

 私はお祖母様と呼ばれ、微笑んで幼子の頭を撫でた。男の子の先へ視線を向ければ、多くの子が遊んでいる。そこへ年老いた男性が声を掛けてきた。

「今日はもう眠ったほうがいい。また明日。私のティナ」

 その声は年齢を重ねてかすれているけれど、甘くて。先ほど聞いたオスカル様の声に思えた。歳をとって動けなくなるまで、一緒にいて欲しい。今度こそ人生を共にする人でありますように。そんな願いが生んだ夢は温かくて、幸せに包まれて目を覚ました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄をされたわたしは万能第一王子に溺愛されるようです

葉桜鹿乃
恋愛
婚約者であるパーシバル殿下に婚約破棄を言い渡されました。それも王侯貴族の通う学園の卒業パーティーの日に、大勢の前で。わたしより格下貴族である伯爵令嬢からの嘘の罪状の訴えで。幼少時より英才教育の過密スケジュールをこなしてきたわたしより優秀な婚約者はいらっしゃらないと思うのですがね、殿下。 わたしは国のため早々にこのパーシバル殿下に見切りをつけ、病弱だと言われて全てが秘されている王位継承権第二位の第一王子に望みを託そうと思っていたところ、偶然にも彼と出会い、そこからわたしは昔から想いを寄せられていた事を知り、さらには彼が王位継承権第一位に返り咲こうと動く中で彼に溺愛されて……? 陰謀渦巻く王宮を舞台に動く、万能王太子妃候補の恋愛物語開幕!(ただしバカ多め) 小説家になろう様でも別名義で連載しています。 ※感想の取り扱いについては近況ボードを参照してください。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

勇者の帰りを待つだけだった私は居ても居なくても同じですか? ~負けヒロインの筈なのに歪んだ執着をされています~

砂礫レキ
ファンタジー
勇者ライルが魔王を倒してから3年。 彼の幼馴染である村娘アデリーンは28歳にして5歳年下の彼に粗雑に扱われながら依存されていた。 まるで母親代わりのようだと自己嫌悪に陥りながらも昔した結婚の約束を忘れられなかったアデリーン。 しかしライルは彼女の心を嘲笑うかのようにアデリーンよりも若く美しい村娘リンナと密会するのだった。 そのことで現実を受け入れ村を出ようとしたアデリーン。 そんな彼女に病んだ勇者の依存と悪女の屈折した執着、勇者の命を狙う魔物の策略が次々と襲い掛かってきて……?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

幼馴染達にフラれた俺は、それに耐えられず他の学園へと転校する

あおアンドあお
ファンタジー
俺には二人の幼馴染がいた。 俺の幼馴染達は所謂エリートと呼ばれる人種だが、俺はそんな才能なんて まるでない、凡愚で普通の人種だった。 そんな幼馴染達に並び立つべく、努力もしたし、特訓もした。 だがどう頑張っても、どうあがいてもエリート達には才能の無いこの俺が 勝てる訳も道理もなく、いつの日か二人を追い駆けるのを諦めた。 自尊心が砕ける前に幼馴染達から離れる事も考えたけど、しかし結局、ぬるま湯の 関係から抜け出せず、別れずくっつかずの関係を続けていたが、そんな俺の下に 衝撃な展開が舞い込んできた。 そう...幼馴染の二人に彼氏ができたらしい。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...