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87.リリアナの小さな我が侭

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 婚約してからも、宮殿で一緒に過ごした。大公家のお屋敷がまだ完成していないの。時々様子を見に行って、屋敷の仕上がり具合を確認する。夫婦の寝室が大きく変更されたと聞いて、照れてしまった。

 リリアナはエルの部屋と並んで、日当たりのいい場所をもらった。未来のお部屋ができる場所で、くるりと回って笑う。この子を、一緒に立派に育てるのが私の楽しみ。愛情を注ぐ子が二人に増えて、私の楽しみも倍になったわ。

 大公閣下は公国へ戻られ、見送った私達は街へ買い物に出た。揺れを吸収するクッションを大量に用意され、心配だからと膝に乗せようとするオスカル様を断る。馬車を降りた私は、リリアナと手を繋いだ。すると彼女は空いた手をオスカル様と絡める。

 間に挟まって両手を塞いだリリアナは、私達を交互に見上げて頬を緩めた。

「こんな感じなのね。前に街で見かけて、私もしてみたかったの。お義父様とお義母様、今日だけ独り占めだわ」

 今日は街での買い物なので、赤子のエルは置いてきた。お母様やお祖母様が張り切っていたので、侍女バーサが助けに入るらしい。安心して任せたけれど、そういえば3人だけの外出は初めてかしら?

「リリアナ」

 注意するような響きのオスカル様を遮って、行儀悪く言葉を被せた。

「リリアナの言う通りね。今日は私もオスカル様も、リリアナが独り占めよ」

「ありがとう、嬉しい」

 今日だけでいい。我が侭を許してあげて。そうオスカル様に告げた。リリアナも分かっている。本当はエルも交えての家族だと。街で偶然見かけた親子が、同じように歩いていたのだろう。

 羨ましく思う感情に、地位や性別年齢は関係ない。素直に言えなかったのは、義母だった後妻に疎まれたから。実の父に甘えることもできず、叔父であるオスカル様に言えなくて飲み込んだ。

 こんなに幼い子が我慢してきたんだもの。今日だけって、自分でもそう言った。彼女はこの愛情を独り占めできないと知っている。それでも「今日だけ」叶えてあげたかった。

 様々な思いを告げるのは帰ってから。だからオスカル様には「後で」と説明する旨を匂わせて微笑んだ。真っ赤な顔で「はい」と承諾するオスカル様と足を踏み出す。

 はしゃいだリリアナは、左右のお店を覗きながら目を輝かせた。ガラス窓に映る自分達の姿に、緩んでしまう頬を引き締めようとして失敗する。その素直で愛らしい様子に、私も幸せな気分になれた。

 一日歩き回り、いくつかお買い物をする。すべて届けてもらうように手配し、オスカル様も私もリリアナの手を離さなかった。きっともう、説明しなくてもオスカル様は気づいている。

 寂しかったリリアナの心に空いた穴を、二人でしっかり埋めた。まだ穴は深いけれど、これからも埋め続ける。面倒ではなく、幸せな作業だから。

「お義母様、お義父様。今日はありがとう。すごく嬉しかった」

 帰りの馬車でそう口にするリリアナは、大人の好むいい子であろうと我が侭を飲み込もうとした。今日の嬉しかった思いを過去にしようとする。

「私も楽しかったわ。また3人で出かけましょうね。エルが連れ出せるようになるまで、まだ先は長いんですもの」

 いいのかと問うリリアナの視線に頷いた。

「いつかエルが歩けるようになったら、リリアナとオスカル様の間にエルを入れてあげてね」

 4人で手を繋いで歩こう。それまでは私達3人で並んで歩くの。

「うん……う……ん」

 何度も頷くリリアナは、流れる涙を慌てて袖で拭った。それから震える手でハンカチを取り出し、目元に当てるまで……大粒の涙をぽろぽろと流した。
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