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78.なんて美しい人だろう――SIDE次期大公

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 苦労してきたと感じた自分が、恥ずかしくなる。傍流ではあるが皇族として扱われ、衣食住に不自由したことはない。だが、母の死後は家族の関係も崩れ、兄の後妻が止めを刺した。幼い姪の面倒を見ながら大公家に入り、私は自分を憐れんだ。

 侯爵家から嫁いだ義姉は、いい人だった。己の役割を理解し、夫を陰から支えるタイプの女性だ。可愛いリリアナも遺してくれた。後妻に入った女は、伯爵家の令嬢だ。とてもそうは思えない程、酷かった。言い寄られて断れば、嘘を信じた兄に罵られた。

 兄の妻に手を出そうとした。そんな冤罪をかけられ、女性不信に陥る。アルムニア大公家は、女主人がいない。安心できる場所を得た私は、心置きなく己が不幸だと嘆いた。

 だが……間違っていたのだ。

 片付けるべき仕事を放り出して、隣国モンテシーノスから入国した親族に会いに行った義父を追いかけた。あの日、私は自分がいかに自分勝手に不幸に酔っていたのか。否応なしに理解させられた。

 美しく儚い印象を持つ皇孫のバレンティナ――モンテシーノスの爵位を持つ両親の元、幸せに育ったのだろう。真っ直ぐな目をしていた。だから事情を知って驚く。

 夫や義親に裏切られ、奪われた我が子を取り戻したのだと。そんな荒波を乗り越えた様子は微塵もなく、腕の中の赤子に微笑む。王国を捨てて実家であるカルレオン帝国へ逃げる途中だというのに、彼女は不幸をきちんと正面から受け止めていた。

 あれから、様々な出来事があった。離縁は無事成立し、モンテシーノス王国からの離脱も果たした。社交界にデビューし、息子ナサニエルの地位を保つために次期公爵の重荷を背負う。その細い肩と腕に、どれだけの重責がのしかかっているのか。

 大切な女性だから、ゆっくり距離を詰めた。私の女性不信も彼女には作用せず、一緒にいることがただ嬉しかった。微笑んで名を呼ばれ、腕を組む許可を得る。それが世界の全てだと思うほどに、幸せだった。

 いつか……そう夢見た矢先、彼女は強盗に襲われ視力を失う。美しい瞳は閉ざされて見えなくなった。この人に降り注ぐ不幸を、私が肩代わり出来たらいいのに。悔しいような、叫び出したい感情を堪えて寄り添った。

 泣き出したいほど不安なはず。それでも彼女は庭の散歩を楽しみ、わずかな変化でも頬を綻ばせた。一緒に芝に寝転び、木漏れ日に目を細める。

「明るさを感じるわ」

 彼女の声は弾んでいた。人から見れば不幸の一言に尽きる状況で、前を向いて回復の兆しを喜ぶ。どこまでも美しい人だと思った。これほど素敵な女性は、二度と出会えない。

 光を感じられるなら、見えるようになりますよ。良かったですね。そう微笑みかけたいのに、なぜか言葉は喉に詰まり、短く響く。鼻の奥がつんとして、唇が震えた。視界が潤んで滲み、私はそれ以上何も言えないまま彼女を見つめる。

 ――いつか、私の隣に立ってくれませんか。目が治ったら、彼女にそう懇願しよう。見えなくても、一生支えていく覚悟は決まった。
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