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73.もうエルの顔も見られないの?

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 リリアナの甲高い悲鳴が響き、意識を取り戻した私は動こうと試みる。しかし手足は自由にならなかった。視界も暗くて、困惑する。何が起きているの?

「貴様っ、どこから入った!」

「早くお救いしろ」

 執事サロモンの号令に、無事を確認するお父様の声や、多くの足音が重なる。周囲の状況が分からない私の手に、小さな手が触れた。私より体温が高い。

「お姉様が! お願い、お父様助けて!!」

 リリアナが叫ぶ。泣いているのかしら。動かしにくい腕を伸ばそうとしたけれど、その前に体ごと抱き上げられた。

「バレンティナ、無事か」

「は、はい」

 反射的に返事をしたけれど、今の声はオスカル様? 柔らかな感触が背中に広がり、手足の拘束が解かれた。でも目は見えない。何が起きたの? 目を覆う布があるのだと思い、手で顔に触れるが何もなかった。

 目が見えなくなった? いいえ、そんなはずないわ。両手を前に出して物に触れようとした。その指先を、冷たくなった手が握る。

「まさか、見えていない?」

「あの……たぶん、一時的な……だって、頭をぶつけたから」

 心配そうなオスカル様に、言い訳のように答えた。見えないなんて、怖い。きっと頭をぶつけたせいで、今だけよ。すぐに見えるようになる。自分に言い聞かせながらも、涙が溢れた。

「っ! エルは? リリアナはケガをしなかった?」

 私のことで泣いている場合じゃないわ。慌てて尋ねた私に、オスカル様は丁寧に教えてくれた。エルは誰も触れず、無事だったこと。転んで椅子から落ちたが、リリアナも擦り傷程度であること。

 逆恨みで賊が侵入したが撃退したと。すでに護衛騎士やオスカル様、お父様によって安全が確保された説明を受ける。安心したら、また見えない不安が押し寄せた。

 どうしよう、目が見えなくなったら……もうエルの顔も見られないの? あの子の成長を見守りたいし、リリアナを着飾ってあげたい。一緒に絵本を読んだり……オスカル様と並んで夕陽も見たいの。

 強張った喉から声は出ず、かたかたと震えた。涙が止まらず、駆けつけたお父様とお母様も手を握ってくれる。そこに小さな温もりが加わった。

「お姉様っ、お姉様……やだっ、治してよ、お父様」

 泣きじゃくるリリアナの声に、深呼吸する。私が落ち着かなければ、幼いリリアナはもっと混乱してしまう。触れる小さな手を辿って、彼女の肩から首、頭へと指先で追った。柔らかな猫っ毛を撫でる。

「落ち着いて、リリアナ。大丈夫よ、きっと見えるようになるわ」

 自分に言い聞かせた私は、身を起こそうとした。けれどバランスが取れなくて、倒れてしまう。助け起こしたのは、オスカル様? すっきりした爽やかな香りが鼻を擽った。

「ありがとう、ございます」

「守りきれず、申し訳ありません」

 食いしばった歯の隙間から絞り出すようなオスカル様の声色が、胸にツキンと鈍い痛みをもたらした。

「ティナ、私とオスカル殿は少し離れる。フェリシア、ティナ達を頼む」

「ええ。きっちり根まで駆除してくださいね」

 当然だと答えたお父様の手が頬に触れ、離れるとすぐキスされた。お母様の指示で、私達は移動となる。行き先は宮殿、迎えにはベルトラン将軍が来てくれるらしい。

「エルは?」

「安心して、バーサに預けたわ」

 お母様の信頼できる侍女の名に、ほっとした。彼女なら大丈夫ね。ならば、今の私が出来ることを。

「リリアナ、私と手を繋いで欲しいの」
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