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64.大切なお友達との挨拶に和む
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大広間に入る私達に注目が集まる。皇族の入場とはそういうものでしょう。お母様に事前に言われていたので、気にすることなく進んだ。様々な貴族が挨拶の言葉を投げるが、微笑んで受け流す。挨拶に応えるか否かは、私達が選んでいい立場なのだから。
お父様とお母様が腕を組んで進み、後ろをオスカル様にエスコートされた私が続く。大人が集まる貴族の間を進むのは可哀想なので、リリアナとエルは先に皇族席へ移動してもらった。信頼できる侍女バーサに任せたので、皇族席で合流予定だ。
皇帝陛下の玉座はまだ冷えていて、仕事で少し遅れるとのこと。皇后陛下も一緒に入場されるのでしょう。オスカル様は歩幅を合わせてくれるので、とても歩きやすかった。以前の夫は自分のペースで歩いて、私が合わせていたのだけれど。ああ、もう思い出すのも嫌だわ。
ぶるりと身を震わせて考えを切り替えた。豪華なシャンデリアが光を降らせる広間は、隅々まで綺麗に磨かれている。その舞台にふさわしく着飾った紳士淑女が集まっていた。ドレスの色も様々なら、髪形も自由だ。既婚だから結うとか、未婚なら一部を垂らすなんてルールはなかった。
私はハーフアップに仕上げてもらった。小花を模した銀細工の鎖を絡め、首の辺りに大きな蝶の飾りを付ける。ドレスは柔らかなラベンダー色、銀の刺繍を散らして真珠を胸元に飾った。大きく背中が開いたドレスなので、レースのショールを羽織る。その上からコートで覆っていた。
入り口でコートを預けたので、今はレースのショール越しに背中が見えている。少し恥ずかしかった。こんな肌見せの多いドレスは、未婚時代も身に付けなかったから。今年の流行りだと言われ、お母様が選んでくれたのだけれど。
「とてもお美しいですわ、エリサリデ公爵令嬢」
前回の夜会で知り合い、何度かお話したフォルテア侯爵夫人の声に立ち止まった。ちらりとオスカル様に視線を送り、挨拶をしたいと匂わせる。微笑んで頷く彼と腕を組んだまま、私は侯爵夫人と向き合った。
「先日のお茶会も楽しかったですわ、フォルテア侯爵夫人。でもいつになったら、バレンティナと呼んでくださるのかしら」
謙虚な彼女は、侯爵家の女主人らしくない。皇族に連なる公爵家の私と知り合ったら、それを周囲に自慢したり名を呼ぶ権利を得たと主張するものなのに。有能な文官である夫のフォルテア侯爵ともども、とても穏やかな夫婦だった。
結婚して5年も子に恵まれなかった彼女は、待望の一人息子をとても大切にしている。同じように幼子を連れた私が気兼ねなくお茶の誘いを受けられるよう、必ず子守を用意してくれた。貴族らしくない誠実な彼女の人柄を気に入って、名を呼んで欲しいと再三お願いしてきたけれど。
今日は逃がさないわ。公の場で言われたら、断らないでしょう?
「ご無礼致しました、バレンティナ様。私のこともシルビアとお呼びください」
微笑んだ彼女に、私も笑顔を向けた。また後日、今度は私の屋敷でお茶会をする約束を取り付ける。中庭の温室がいいわね。他の貴族がそわそわと見守る中、会釈してオスカル様に頷いた。
「お待たせいたしました」
「いえ。待つのは紳士の……」
言葉の後半を掻き消すような叫び声が聞こえた。
「なにとぞ! 我がオロスコ家の無礼をお許しください」
驚いて、オスカル様の腕にしがみ付いてしまった。駆け寄ろうとする男が、騎士に捕縛される。それでも手を伸ばす姿は鬼気迫る勢いで、私は恐怖を覚えた。
お父様とお母様が腕を組んで進み、後ろをオスカル様にエスコートされた私が続く。大人が集まる貴族の間を進むのは可哀想なので、リリアナとエルは先に皇族席へ移動してもらった。信頼できる侍女バーサに任せたので、皇族席で合流予定だ。
皇帝陛下の玉座はまだ冷えていて、仕事で少し遅れるとのこと。皇后陛下も一緒に入場されるのでしょう。オスカル様は歩幅を合わせてくれるので、とても歩きやすかった。以前の夫は自分のペースで歩いて、私が合わせていたのだけれど。ああ、もう思い出すのも嫌だわ。
ぶるりと身を震わせて考えを切り替えた。豪華なシャンデリアが光を降らせる広間は、隅々まで綺麗に磨かれている。その舞台にふさわしく着飾った紳士淑女が集まっていた。ドレスの色も様々なら、髪形も自由だ。既婚だから結うとか、未婚なら一部を垂らすなんてルールはなかった。
私はハーフアップに仕上げてもらった。小花を模した銀細工の鎖を絡め、首の辺りに大きな蝶の飾りを付ける。ドレスは柔らかなラベンダー色、銀の刺繍を散らして真珠を胸元に飾った。大きく背中が開いたドレスなので、レースのショールを羽織る。その上からコートで覆っていた。
入り口でコートを預けたので、今はレースのショール越しに背中が見えている。少し恥ずかしかった。こんな肌見せの多いドレスは、未婚時代も身に付けなかったから。今年の流行りだと言われ、お母様が選んでくれたのだけれど。
「とてもお美しいですわ、エリサリデ公爵令嬢」
前回の夜会で知り合い、何度かお話したフォルテア侯爵夫人の声に立ち止まった。ちらりとオスカル様に視線を送り、挨拶をしたいと匂わせる。微笑んで頷く彼と腕を組んだまま、私は侯爵夫人と向き合った。
「先日のお茶会も楽しかったですわ、フォルテア侯爵夫人。でもいつになったら、バレンティナと呼んでくださるのかしら」
謙虚な彼女は、侯爵家の女主人らしくない。皇族に連なる公爵家の私と知り合ったら、それを周囲に自慢したり名を呼ぶ権利を得たと主張するものなのに。有能な文官である夫のフォルテア侯爵ともども、とても穏やかな夫婦だった。
結婚して5年も子に恵まれなかった彼女は、待望の一人息子をとても大切にしている。同じように幼子を連れた私が気兼ねなくお茶の誘いを受けられるよう、必ず子守を用意してくれた。貴族らしくない誠実な彼女の人柄を気に入って、名を呼んで欲しいと再三お願いしてきたけれど。
今日は逃がさないわ。公の場で言われたら、断らないでしょう?
「ご無礼致しました、バレンティナ様。私のこともシルビアとお呼びください」
微笑んだ彼女に、私も笑顔を向けた。また後日、今度は私の屋敷でお茶会をする約束を取り付ける。中庭の温室がいいわね。他の貴族がそわそわと見守る中、会釈してオスカル様に頷いた。
「お待たせいたしました」
「いえ。待つのは紳士の……」
言葉の後半を掻き消すような叫び声が聞こえた。
「なにとぞ! 我がオロスコ家の無礼をお許しください」
驚いて、オスカル様の腕にしがみ付いてしまった。駆け寄ろうとする男が、騎士に捕縛される。それでも手を伸ばす姿は鬼気迫る勢いで、私は恐怖を覚えた。
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