48 / 122
48.罪人には相応の罰を――SIDE元夫
しおりを挟む
セルラノ侯爵家は終わりだ。先祖の立派な功績や広大な領地は何の役にも立たなかった。若くして侯爵となり、カルレオン帝国の皇孫を娶った俺に向けられた羨望は、嘲笑に変わる。どの貴族も救いの手を差し伸べなかった。
貴金属をかき集めて革袋に入れ、大急ぎで脱出した。王城で拘束された俺を逃がす男がいたのだ。姿は使用人に見えるが、おそらく騎士の誰かだろう。がっちりしていた。彼に追い立てられるように荷車へ飛び込み、乗り心地が悪い馬車で屋敷近くまで揺られる。
飛び降りて駆け込んだ屋敷は、すでに人気がなかった。お陰で安心して忍び込めた。上階の物入れやクローゼットは荒らされている。逃げた使用人だろうか。けしからん奴らだ。罵りながら地下へ向かい、果樹酒樽の奥の壁を押した。複雑な仕掛けの隠し扉の奥は、執事も知らない金庫になっている。
さすがにここを荒らした奴はいなかった。高価な宝石や家宝の首飾りを詰め込み、革袋の口を縛る。高価だと判断した小物をいくつかバッグに詰め、最低限の支度を整えた。だが普段は侍従にやらせ、自分で準備したことなどない。下着を入れ忘れ、大急ぎで詰め直した。
可能な限り詰めたトランクを引きずり、バッグを肩にかけて移動する。向かった先は馬のいる厩だが……すでに馬はいなかった。庭の作業で小回りが利くからと使用したロバと、卵を得るための鶏が数羽。仕方なくロバに荷物を括りつける。
「ちっ、この忙しいのに」
何度積み直してもトランクが滑ってくる。あれこれ工夫した結果、ロバの背とトランクの間に藁を詰め込んだ。予定より大幅に時間をロスした。このままでは捕まるかも知れない。あれこれ考えて、国境を越えるため、休まず歩くことに決めた。
両親はどうしたのか。日暮れの街道を歩きながら、父と母を思い浮かべる。無事ならばいい。だが領地も手が回っただろう。溜め息を吐いて薄暗い街道を進む。
登城した正装姿のまま、身なりのいい男が一人。護衛もつけずに荷物を積んだロバを引く。その光景が意味する未来を、俺は知らなかった。盗賊も強盗も、噂で聞く程度だ。知らぬ間に囲まれ、まるで彼らに誘導されるように山道へ迷い込む。
不気味なフクロウの鳴き声、獣の気配にびくびくしながら進んだ。生きた心地がしない。夜に街道を馬で走ったことはあるが、こんなに不気味だったか? 灯りひとつない道は徐々に細くなり、舗装が途絶えた。分岐を間違えたと気づき、立ち止まった。
かなり山を登っている。振り返った俺の前を塞ぐ形で、十人ほどの男達が道に現れた。髭や髪の手入れがされていない、盗賊か? 視線をさ迷わせても、誰も味方はいない。迷った末、じりじりと下がった。ロバがいなないて足を止める。
嫌な予感がする。恐る恐る後ろを見れば、山の斜面を利用して見下ろす男達の集団がいた。前後を挟まれた俺に逃げ道はない。錆びた大刀を背負い、鉈を振るう。威嚇するように下卑た笑みを浮かべた連中は、容赦なく俺を地面に叩きのめした。
習った剣術など役に立たない。現実はこれほどに厳しい。
「金ならやるから、見逃せ」
叫んだ俺の言葉は無視され、彼らに担がれた。根城にしている廃墟へ連れ込まれ、悍ましい扱いを受ける。育ちがいいと肌が綺麗だと舐め回す男達は一切手加減しなかった。一人で立ち上がることも出来ないほど痛めつけられた俺は、奴隷商人に売られる。
非合法のはずの奴隷売買、しかしどの世界にも裏はあり抜け道は存在するようだ。使い潰され、ボロボロになる未来しかなかった。絶望に目を濁らせたまま、今日も鎖に繋がれて与えられた仕事をこなす。一日分の水と硬いパンを得るために。
貴金属をかき集めて革袋に入れ、大急ぎで脱出した。王城で拘束された俺を逃がす男がいたのだ。姿は使用人に見えるが、おそらく騎士の誰かだろう。がっちりしていた。彼に追い立てられるように荷車へ飛び込み、乗り心地が悪い馬車で屋敷近くまで揺られる。
飛び降りて駆け込んだ屋敷は、すでに人気がなかった。お陰で安心して忍び込めた。上階の物入れやクローゼットは荒らされている。逃げた使用人だろうか。けしからん奴らだ。罵りながら地下へ向かい、果樹酒樽の奥の壁を押した。複雑な仕掛けの隠し扉の奥は、執事も知らない金庫になっている。
さすがにここを荒らした奴はいなかった。高価な宝石や家宝の首飾りを詰め込み、革袋の口を縛る。高価だと判断した小物をいくつかバッグに詰め、最低限の支度を整えた。だが普段は侍従にやらせ、自分で準備したことなどない。下着を入れ忘れ、大急ぎで詰め直した。
可能な限り詰めたトランクを引きずり、バッグを肩にかけて移動する。向かった先は馬のいる厩だが……すでに馬はいなかった。庭の作業で小回りが利くからと使用したロバと、卵を得るための鶏が数羽。仕方なくロバに荷物を括りつける。
「ちっ、この忙しいのに」
何度積み直してもトランクが滑ってくる。あれこれ工夫した結果、ロバの背とトランクの間に藁を詰め込んだ。予定より大幅に時間をロスした。このままでは捕まるかも知れない。あれこれ考えて、国境を越えるため、休まず歩くことに決めた。
両親はどうしたのか。日暮れの街道を歩きながら、父と母を思い浮かべる。無事ならばいい。だが領地も手が回っただろう。溜め息を吐いて薄暗い街道を進む。
登城した正装姿のまま、身なりのいい男が一人。護衛もつけずに荷物を積んだロバを引く。その光景が意味する未来を、俺は知らなかった。盗賊も強盗も、噂で聞く程度だ。知らぬ間に囲まれ、まるで彼らに誘導されるように山道へ迷い込む。
不気味なフクロウの鳴き声、獣の気配にびくびくしながら進んだ。生きた心地がしない。夜に街道を馬で走ったことはあるが、こんなに不気味だったか? 灯りひとつない道は徐々に細くなり、舗装が途絶えた。分岐を間違えたと気づき、立ち止まった。
かなり山を登っている。振り返った俺の前を塞ぐ形で、十人ほどの男達が道に現れた。髭や髪の手入れがされていない、盗賊か? 視線をさ迷わせても、誰も味方はいない。迷った末、じりじりと下がった。ロバがいなないて足を止める。
嫌な予感がする。恐る恐る後ろを見れば、山の斜面を利用して見下ろす男達の集団がいた。前後を挟まれた俺に逃げ道はない。錆びた大刀を背負い、鉈を振るう。威嚇するように下卑た笑みを浮かべた連中は、容赦なく俺を地面に叩きのめした。
習った剣術など役に立たない。現実はこれほどに厳しい。
「金ならやるから、見逃せ」
叫んだ俺の言葉は無視され、彼らに担がれた。根城にしている廃墟へ連れ込まれ、悍ましい扱いを受ける。育ちがいいと肌が綺麗だと舐め回す男達は一切手加減しなかった。一人で立ち上がることも出来ないほど痛めつけられた俺は、奴隷商人に売られる。
非合法のはずの奴隷売買、しかしどの世界にも裏はあり抜け道は存在するようだ。使い潰され、ボロボロになる未来しかなかった。絶望に目を濁らせたまま、今日も鎖に繋がれて与えられた仕事をこなす。一日分の水と硬いパンを得るために。
14
お気に入りに追加
2,768
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
勇者の帰りを待つだけだった私は居ても居なくても同じですか? ~負けヒロインの筈なのに歪んだ執着をされています~
砂礫レキ
ファンタジー
勇者ライルが魔王を倒してから3年。
彼の幼馴染である村娘アデリーンは28歳にして5歳年下の彼に粗雑に扱われながら依存されていた。
まるで母親代わりのようだと自己嫌悪に陥りながらも昔した結婚の約束を忘れられなかったアデリーン。
しかしライルは彼女の心を嘲笑うかのようにアデリーンよりも若く美しい村娘リンナと密会するのだった。
そのことで現実を受け入れ村を出ようとしたアデリーン。
そんな彼女に病んだ勇者の依存と悪女の屈折した執着、勇者の命を狙う魔物の策略が次々と襲い掛かってきて……?
【完結】婚約破棄をされたわたしは万能第一王子に溺愛されるようです
葉桜鹿乃
恋愛
婚約者であるパーシバル殿下に婚約破棄を言い渡されました。それも王侯貴族の通う学園の卒業パーティーの日に、大勢の前で。わたしより格下貴族である伯爵令嬢からの嘘の罪状の訴えで。幼少時より英才教育の過密スケジュールをこなしてきたわたしより優秀な婚約者はいらっしゃらないと思うのですがね、殿下。
わたしは国のため早々にこのパーシバル殿下に見切りをつけ、病弱だと言われて全てが秘されている王位継承権第二位の第一王子に望みを託そうと思っていたところ、偶然にも彼と出会い、そこからわたしは昔から想いを寄せられていた事を知り、さらには彼が王位継承権第一位に返り咲こうと動く中で彼に溺愛されて……?
陰謀渦巻く王宮を舞台に動く、万能王太子妃候補の恋愛物語開幕!(ただしバカ多め)
小説家になろう様でも別名義で連載しています。
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照してください。
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。
木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。
時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。
「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」
「ほう?」
これは、ルリアと義理の家族の物語。
※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。
※同じ話を別視点でしている場合があります。
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!
――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。
「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」
すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。
最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2022/02/14 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2022/02/13 小説家になろう ハイファンタジー日間59位
※2022/02/12 完結
※2021/10/18 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2021/10/19 アルファポリス、HOT 4位
※2021/10/21 小説家になろう ハイファンタジー日間 17位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる