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42.俯くことはない、誇るべきよ
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ミント色に金刺繍で蔦模様が入っているドレスは、軽い布を使っていた。絹のはずなのに、透け感がある。一番肌に近い部分は艶を出した絹で整え、上に柔らかな薄絹を重ねていた。重くなりそうなのに、不思議な軽さ。
蔦の刺繍が幾重にも重なると、とても豪華だった。金髪や金瞳は、緑や青と相性がいい。金の首飾りに嵌められた宝石は、紫色だった。昼間の屋外では青緑に見えると聞いて驚く。すごく高価な石じゃないかしら。
同じ宝石の耳飾りを付け、小ぶりのティアラを差し込む。片手で持てるほど小さなティアラは、冠というより髪飾りのようだった。お母様はもう少し大きなティアラをすると聞いて、納得する。皇族だと分かるようにするけれど、直系ではない印かも。
着替えたドレスは、二部式で作られていた。お祖母様のプレゼントなのだけれど、上半身がビスチェタイプで後ろのホックを外せば、脱げるように出来ている。授乳のことを考えてくれたのね。
着替えの前に「授乳を済ませたいの」と侍女にお願いしたら「後でもだいじょうぶです」と返されたのは、これが理由ね。乳が張っても平気なよう、内側にパッドが入っていた。たぶん外へ滲まない工夫だわ。
ナサニエルに授乳を済ませ、侍女にまたドレスを直してもらった。授乳の時期は胸が張るから、大きくなる。なのにドレスは、ぴたりと合った。
「サイズがぴったり」
「当然よ、私がお母様にサイズを教えたの」
着替え終えたお母様が入室する。お母様はワインレッドのドレスだった。赤は豪華な感じを与えるから、私にはまだ着こなしが難しいの。お母様のお飾りも紫の宝石が使われていた。
「夜会はまだ序盤だから、軽食を食べて待ちましょう。すぐにアウグストも来るわ」
お母様の語尾に被せるようにノックがあり、お父様が顔を見せる。お腹を満たしたナサニエルは、けぷっと愛らしいゲップをして笑顔を浮かべた。眉尻を下げて甘い顔をしたお父様が抱き上げ、嬉しそうに頬を擦り寄せる。
「あなた、食べておかないとお腹が空くわよ」
「ん? ああ、そうだった」
夜会で用意される食事は、摘めるサイズの酒の肴やお菓子が多い。お酒を飲む人は肴に手を伸ばし、ご令嬢やご夫人はお菓子を好んだ。もちろん、お酒を嗜む女性も半数ほどいるので、ツマミの方が用意されている。
どちらもお腹に溜まる食事にはならないので、夜会の日は夕方に軽食を済ませて参加するのが一般的だった。しっかり食べると、宮殿の一流料理人が用意したお菓子や肴が入らない。それに女性は腰を絞ったり胸元を寄せる下着のせいで、食べ過ぎると苦しくなってしまう。
ドレスを汚さずに食べられるよう、パンや野菜で肉を挟んだ物を口に入れる。卵や魚を挟んだパンは、小さく切ってあった。これなら一口で頬張れる。
果物、紅茶で締め括った。一段落したところへ侍従が現れる。呼び出しね。ナサニエルを抱いて歩き出す私は、お父様とお母様の背中を見て頬を緩めた。自然に腕を組む二人の姿に、幸せを噛み締める。私もこんな夫婦になれると思っていた。ダメだったけど、後悔はしていないわ。
腕の中に確かな重みを感じさせる息子、ナサニエルがいるのだから。この子を得るための試練だったなら、あの慟哭や痛みも耐えられる。顔を上げて、両親の後ろに続いた。お祖父様、お祖母様、ひいお祖父様の血を引く私が、俯くことは許されない。
「あっぶぅ」
ナサニエルの声が同意しているようで、背を押された私は足を進めた。
蔦の刺繍が幾重にも重なると、とても豪華だった。金髪や金瞳は、緑や青と相性がいい。金の首飾りに嵌められた宝石は、紫色だった。昼間の屋外では青緑に見えると聞いて驚く。すごく高価な石じゃないかしら。
同じ宝石の耳飾りを付け、小ぶりのティアラを差し込む。片手で持てるほど小さなティアラは、冠というより髪飾りのようだった。お母様はもう少し大きなティアラをすると聞いて、納得する。皇族だと分かるようにするけれど、直系ではない印かも。
着替えたドレスは、二部式で作られていた。お祖母様のプレゼントなのだけれど、上半身がビスチェタイプで後ろのホックを外せば、脱げるように出来ている。授乳のことを考えてくれたのね。
着替えの前に「授乳を済ませたいの」と侍女にお願いしたら「後でもだいじょうぶです」と返されたのは、これが理由ね。乳が張っても平気なよう、内側にパッドが入っていた。たぶん外へ滲まない工夫だわ。
ナサニエルに授乳を済ませ、侍女にまたドレスを直してもらった。授乳の時期は胸が張るから、大きくなる。なのにドレスは、ぴたりと合った。
「サイズがぴったり」
「当然よ、私がお母様にサイズを教えたの」
着替え終えたお母様が入室する。お母様はワインレッドのドレスだった。赤は豪華な感じを与えるから、私にはまだ着こなしが難しいの。お母様のお飾りも紫の宝石が使われていた。
「夜会はまだ序盤だから、軽食を食べて待ちましょう。すぐにアウグストも来るわ」
お母様の語尾に被せるようにノックがあり、お父様が顔を見せる。お腹を満たしたナサニエルは、けぷっと愛らしいゲップをして笑顔を浮かべた。眉尻を下げて甘い顔をしたお父様が抱き上げ、嬉しそうに頬を擦り寄せる。
「あなた、食べておかないとお腹が空くわよ」
「ん? ああ、そうだった」
夜会で用意される食事は、摘めるサイズの酒の肴やお菓子が多い。お酒を飲む人は肴に手を伸ばし、ご令嬢やご夫人はお菓子を好んだ。もちろん、お酒を嗜む女性も半数ほどいるので、ツマミの方が用意されている。
どちらもお腹に溜まる食事にはならないので、夜会の日は夕方に軽食を済ませて参加するのが一般的だった。しっかり食べると、宮殿の一流料理人が用意したお菓子や肴が入らない。それに女性は腰を絞ったり胸元を寄せる下着のせいで、食べ過ぎると苦しくなってしまう。
ドレスを汚さずに食べられるよう、パンや野菜で肉を挟んだ物を口に入れる。卵や魚を挟んだパンは、小さく切ってあった。これなら一口で頬張れる。
果物、紅茶で締め括った。一段落したところへ侍従が現れる。呼び出しね。ナサニエルを抱いて歩き出す私は、お父様とお母様の背中を見て頬を緩めた。自然に腕を組む二人の姿に、幸せを噛み締める。私もこんな夫婦になれると思っていた。ダメだったけど、後悔はしていないわ。
腕の中に確かな重みを感じさせる息子、ナサニエルがいるのだから。この子を得るための試練だったなら、あの慟哭や痛みも耐えられる。顔を上げて、両親の後ろに続いた。お祖父様、お祖母様、ひいお祖父様の血を引く私が、俯くことは許されない。
「あっぶぅ」
ナサニエルの声が同意しているようで、背を押された私は足を進めた。
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