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37.カルレオン皇室の光と陰
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お母様の言葉の意味がわかった。裏庭は中庭のような造りになっている。四角い形に配置された建物は、ぐるりと一周出来る形だった。
迷子になったら、同じ方向に歩き続ければ知っている景色に出そう。中央にぽっかり空いた穴が、裏庭であり中庭だった。
中央にガラス張りの温室がある。円柱状で、上部がドーム屋根だった。光が降り注ぐ温室まで、ハーブの小道を進む。建物の廊下は中庭に面しており、部屋から覗き見ることは出来ない設計だった。ここなら落ち着くわ。
建物の窓に近い場所は低木が並び、薔薇や紫陽花などが季節ごとに咲き誇るのだろう。日陰を作るような高い樹木は、温室の中に数本あるだけだった。屋敷の周りが森なので、低木や花の咲く木を中心に集めてある。対照的だった。
「暖かい」
入り口の扉を開けば、ふわっと包まれる暖かさ。暑いと表現するほどではない。
「他国からお土産でいただいた花が、ここにはたくさんあるの」
お母様の説明の通り、初めて見る植物が何本もあった。どれも見事に葉を繁らせているので、庭師の腕がいいのだろう。感心しながら、ぐるりと見回した。
「異国みたいです」
「ふふっ、ここで休みましょう」
お母様に促されたのは、身長ほどもある大きな葉の陰に置かれたテーブルセットだった。ベンチのような長椅子は、柔らかいクッションが積まれている。テーブルはお茶を置くくらいの小さな物で、白い石だった。天使の彫刻を置く台みたい。
「温室は地熱を利用しているから、季節関係なく暖かいわよ。棘のある植物もないし、ナサニエルが大きくなったら遊ぶのにちょうどいいわね」
薔薇や柑橘の木も外に植えられており、確かに棘のある植物が見当たらなかった。
「選んで植えたのかしら」
「お祖母様がね、以前にこの温室で薔薇の棘を刺したの。運悪く体調を崩して……その後お祖父様が棘のある花を、すべて温室から外へ出したと聞いたわ」
私から見てひいお祖母様に当たる方ね。薔薇は外へ植えたことで、一時的に葉を落としたけれど、最終的に野生化したらしい。冬の寒さに耐えて、翌年も花を咲かせた。そんな話を聞きながら、心地よさに浸る。
「そうそう。アウグストの公爵就任を祝うお祭りが開かれるわ」
「お祭り?」
「ええ、アルムニア大公の養子になったオスカル殿を覚えている? 彼の実家は、当代で公爵家から伯爵家へ格下げが決まったのよ。入れ替えね」
通常、公爵家は3代。その後は侯爵になると聞いている。どこで伯爵になったのかしら。その辺の話を詳しく尋ねれば、お母様は苦笑いした。
「オスカル殿は次男でしょ? 兄の長女を連れて家を出た。アルムニア大公も養子を取るに辺り、事情を調べたんでしょうね。虐待の事実や一家離散状態は、お父様の耳にも入ったはず」
「それで、伯爵家ですか」
「カルレオン皇家の一族に対する愛情は、怖いくらい深いの。公爵家の後妻は他人だから、一種の報復ね。愛情が深い分、報復も激しいのよ」
言われて納得した。皇帝陛下であるお祖父様の末妹が降嫁した公爵家で、皇族の血を引く長男の子リリアナを追い出した継母への罰。次男オスカル様は元々どこかへ養子に入るなり、婿に入る予定だったからお咎めなし。罰がひとつで、侯爵から爵位を一つ落としたのね。
「厳しいですわ」
「そうよ。お祖父様もお父様も、皇族への無礼は決して許さないの」
言い切ったお母様の言葉に、一瞬だけセルラノ侯爵家が浮かぶ。罰が及んだとしても、私に庇う気はなかった。だから記憶を振り払うように、ひとつ溜め息をつく。彼らの自業自得よ。
迷子になったら、同じ方向に歩き続ければ知っている景色に出そう。中央にぽっかり空いた穴が、裏庭であり中庭だった。
中央にガラス張りの温室がある。円柱状で、上部がドーム屋根だった。光が降り注ぐ温室まで、ハーブの小道を進む。建物の廊下は中庭に面しており、部屋から覗き見ることは出来ない設計だった。ここなら落ち着くわ。
建物の窓に近い場所は低木が並び、薔薇や紫陽花などが季節ごとに咲き誇るのだろう。日陰を作るような高い樹木は、温室の中に数本あるだけだった。屋敷の周りが森なので、低木や花の咲く木を中心に集めてある。対照的だった。
「暖かい」
入り口の扉を開けば、ふわっと包まれる暖かさ。暑いと表現するほどではない。
「他国からお土産でいただいた花が、ここにはたくさんあるの」
お母様の説明の通り、初めて見る植物が何本もあった。どれも見事に葉を繁らせているので、庭師の腕がいいのだろう。感心しながら、ぐるりと見回した。
「異国みたいです」
「ふふっ、ここで休みましょう」
お母様に促されたのは、身長ほどもある大きな葉の陰に置かれたテーブルセットだった。ベンチのような長椅子は、柔らかいクッションが積まれている。テーブルはお茶を置くくらいの小さな物で、白い石だった。天使の彫刻を置く台みたい。
「温室は地熱を利用しているから、季節関係なく暖かいわよ。棘のある植物もないし、ナサニエルが大きくなったら遊ぶのにちょうどいいわね」
薔薇や柑橘の木も外に植えられており、確かに棘のある植物が見当たらなかった。
「選んで植えたのかしら」
「お祖母様がね、以前にこの温室で薔薇の棘を刺したの。運悪く体調を崩して……その後お祖父様が棘のある花を、すべて温室から外へ出したと聞いたわ」
私から見てひいお祖母様に当たる方ね。薔薇は外へ植えたことで、一時的に葉を落としたけれど、最終的に野生化したらしい。冬の寒さに耐えて、翌年も花を咲かせた。そんな話を聞きながら、心地よさに浸る。
「そうそう。アウグストの公爵就任を祝うお祭りが開かれるわ」
「お祭り?」
「ええ、アルムニア大公の養子になったオスカル殿を覚えている? 彼の実家は、当代で公爵家から伯爵家へ格下げが決まったのよ。入れ替えね」
通常、公爵家は3代。その後は侯爵になると聞いている。どこで伯爵になったのかしら。その辺の話を詳しく尋ねれば、お母様は苦笑いした。
「オスカル殿は次男でしょ? 兄の長女を連れて家を出た。アルムニア大公も養子を取るに辺り、事情を調べたんでしょうね。虐待の事実や一家離散状態は、お父様の耳にも入ったはず」
「それで、伯爵家ですか」
「カルレオン皇家の一族に対する愛情は、怖いくらい深いの。公爵家の後妻は他人だから、一種の報復ね。愛情が深い分、報復も激しいのよ」
言われて納得した。皇帝陛下であるお祖父様の末妹が降嫁した公爵家で、皇族の血を引く長男の子リリアナを追い出した継母への罰。次男オスカル様は元々どこかへ養子に入るなり、婿に入る予定だったからお咎めなし。罰がひとつで、侯爵から爵位を一つ落としたのね。
「厳しいですわ」
「そうよ。お祖父様もお父様も、皇族への無礼は決して許さないの」
言い切ったお母様の言葉に、一瞬だけセルラノ侯爵家が浮かぶ。罰が及んだとしても、私に庇う気はなかった。だから記憶を振り払うように、ひとつ溜め息をつく。彼らの自業自得よ。
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