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36.迷子になりそうな元宮殿

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 謁見から晩餐へ誘われ、お父様は頷いたけれど、お母様は首を横に振った。

「いけません、晩餐は明日にしましょう。使用人達を宿に預けたままです。屋敷へ案内するのが先だわ」

「あ、ああ」

 お父様は押されてしまい、慌ててお母様に同意する。お祖父様も残念そうだけれど、その通りだと納得してくれた。明日の晩餐を約束し、まだ明るいうちに宮殿を後にする。

 そういえば、将軍閣下に連れて行かれたひいお祖父様は? 明日の晩餐は、国内にいる皇族が集まるのでその時に会えるはず。気持ちを切り替えて、ナサニエルを抱いた。

 案内された先は、森? 建物はどこにも見えず、こんもりとした森が広がっていた。ここに屋敷を建ててもいいと許可が出たのなら、しばらくは宿を借り切る必要がありそう。

 宮殿の敷地から近かったので、場所は一等地でしょう。森の中へ石畳の道が続き、奥へ進むと鉄製の飾り格子に似た壁が現れた。石畳は門へと繋がり、開いた先は赤い屋根の屋敷が見える。

「あれ、でしょうか」

「ええ、昔の宮殿だったのよ。今は改装して迎賓館になっていたけど、私達に譲ってくれるのね」

 お母様はからりと笑って明るく言いますが、とんでもないことです。帝国の迎賓館を、公爵家の屋敷に? 門の内側は自然を生かした林が広がり、手入れは行き届いていた。正面の屋敷は赤い屋根に白い壁、緑の蔦が所々で彩りを添える。アルムニア大公家と同じ、一階のみの建物は左右に大きい。

「立派ですね」

「裏庭が凄いのよ。温室があるわ」

 お母様の言葉に期待が膨らむ。馬車はロータリーになった車止めに到着し、玄関の屋根を大きく張り出した造りで日陰になっていた。綺麗に磨かれた石床へ紺色の絨毯が敷かれ、その上を歩いて玄関ホールへ入る。

 上の天窓から入る光は、カルレオン帝国の紋章を描いた。天窓に格子が掛かっている。あれが影を調整するのね。凝った仕掛けに感心していると、続いた使用人達からも感嘆の声が聞こえる。

「各自、分散して役割を果たしてください」

 家令サロモンが声を上げれば、一斉に侍女や侍従が頭を下げた。皇女だったお母様が連れてきた侍女達は、帝国の出身者が多い。帝国式の屋敷には慣れていた。

 手分けして荷物を運ぶ準備を始める。料理人や庭師も己の仕事に使う道具を運び始め、一気に慌ただしくなった。一番大きな寝室を、お父様とお母様が使用する。両側にそれぞれの個室があって、クローゼットも立派だった。

 私が選んだ部屋は、庭がよく見える。ここなら日当たりもいいし、半分ほどの大きさの小部屋が付いていた。ある程度大きくなるまで、ナサニエルの部屋に使えそう。反対側にクローゼットやバスルームもある。

「本当に立派なお屋敷だわ」

 壁紙は薄いブルーで、白い小花が散らされた柄だった。なんだか落ち着くわ。何か手伝おうと声をかけるものの、侍女達に「お嬢様はお休みください」と断られてしまった。

「あなたも手持ち無沙汰なのね? では屋敷の中を見てまわりましょう」

 お母様も同じように、侍女達に追い出されたようで。くすくす笑いながら、ナサニエルのベッドを押して屋敷を移動する。段差が少なく階段がない平らな屋敷は、やはり使い勝手がいい。お母様に促され、裏庭の方から確認することになった。

 こんなに広い屋敷だと、覚えるまで迷子になりそうだわ。
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