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34.頂いた愛を我が子に注ぐ

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 皇帝陛下であるお祖父様に会う前に、旅支度を解いて埃を払う。そう聞いたのに、これはどういうことかしら。

 与えられた客室は大きく立派だった。お父様とお母様にも一室ずつで、ひいお祖父様は将軍閣下に引き摺られていく。見送ってから、ナサニエルを連れて入浴する。先に洗い終えた我が子を、年配の侍女に託した。私の髪を丁寧に洗い、香油を体に塗り込まれる。侍女3人がかりで整えた私が部屋に戻ると。

「お祖母様!?」

「おほほ、久しぶりですわね。バレンティナ」

 慌てて挨拶しようとするも、先に身支度を終えるよう言われてしまった。その通りなので、遠慮なく着替える。髪を乾かし梳かす間に、お祖母様はナサニエルをその腕に抱いた。続き部屋のベッドではなく、移動式のベビーベッドに眠っていた我が子は、驚いたのか泣き出す。

「泣かせてしまったわ。バーサ、どうしましょう」

 先ほどナサニエルを預かってくれた年配侍女が、バーサのようで。慣れた手つきであやし、お祖母様の腕に戻した。

「バーサは、あなたの母フェリシアの乳母だったのよ。シアの時も私が抱くと泣いてしまうのに、バーサが抱けば泣かないの」

 お祖母様はまだ50歳代後半。少し白が入った金茶の髪をゆったり結い上げ、皺が少ない艶のある肌の貴婦人だった。濃紺のドレスが肌の白さを引き立て、品格の違いを感じる。他国の王女様だったお祖母様は、16歳の若さで嫁ぎ、次々と伯父様や伯母様を産んだ方だ。

「泣き止ますコツって、なんでしょう」

「私は5人も産んだけど、分からないわ。でもフェリシアは、あなたをあやすのが上手だったわよ」

 やはりお母様は泣き止ませるのが得意な様子。遺伝ではないのね、そういう技術って。話を聞く間に、私の支度が終わった。このあと、皇帝陛下であるお祖父様にお目通りして、爵位や領地を正式に伝えられる。晩餐までお付き合いすると聞いたので、正装のドレスに身を包んだ。

 手伝ってくれた侍女達は、すべて宮殿に勤める方達。連れてきた使用人は、城下町で待機となった。胸部を圧迫するコルセットはなし、エンパイアドレスを選んだのはお祖母様の指示だという。お陰で体が締め付けられず、とても楽だった。

「お祖母様、ありがとうございます」

 ドレスのお礼を口にすれば、ひ孫を抱いたお祖母様は頬を緩めた。

「他国ではどうか知らないけど、楽になさい。服装も生き方も、誰もあなたに強制できないわ」

 自由に生きていい。そう告げられたことが嬉しくて、はいと返事をした。ナサニエルは眠っていないようで、大きな目をぱっちりと見開いてお祖母様を見つめる。

「この瞳の色はバレンティナに似たのね。髪色は……ああ、アウグスト殿にそっくり」

 父も鮮やかな濁りのない金髪だ。お母様や私はお祖母様に似て、少し色が赤みかかっている。指摘されて、そうかと納得した。ずっと元夫ベルナルドの髪色だと思い込んでいたけど、お父様と同じだわ。

 お祖父様も金髪で、皇族の特徴の琥珀の瞳を持つ息子。すっと気が楽になった。そうよ、ベルナルドと私の子と考えるから、髪色が父親似であると思ったの。でも金髪はカルレオン皇族の証だから、私の子だわ。お祖父様やお父様と同じ色……。

「お祖父様も綺麗な金髪でしたわ」

「ふふっ、その調子よ。皇族であるこの子は、帝国の公爵家を担う大切な跡取りですものね」

 胸に閊えていた苦い痛みが薄れていく。お祖母様はこのために、私の部屋にいらしたのね。ご自身の娘であるお母様より優先して、孫の私に手を差し伸べた。

「頂いた愛を、すべてこの子に注いで大事に育てます」

 心からそう言い切って笑った。
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