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01.跡取り息子を産んだのに?
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部屋中に元気な赤子の泣き声が響き渡る。半日近く痛みに呻きながら頑張った甲斐があった。助産婦である老女から受け取った我が子は、真っ赤な顔をしていた。
「これでは、どちらにも似てないわ」
「そんなことありませんよ。すぐに目元や口元が誰に似ているか、ご両親や旦那様が争います」
老女は「赤子なんてそんなもの」と笑いながら、汚れた赤ん坊を慣れた手つきで拭っていく。血や羊水などの汚れを拭きとると、白い肌の赤ん坊は顔を真っ赤にして泣いた。何かの動物みたいな顔をしているのに、ひどく愛おしい。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
私を母親にしてくれてありがとう。選んでくれたことに感謝するわ。自然と笑顔が浮かんで、琥珀色の瞳をぱちくりと瞬いた赤子へキスを贈る。柔らかな額にキスをして、老女に言われるまま乳を与えた。生まれたばかりで指も満足に握れないのに、ちゅっちゅと音を立てて吸い付く。
「本能ですよ。赤ん坊はいつだって母親が大好きですからね」
多くの貴族家で令息や令嬢の誕生に立ち会った老女は、穏やかな顔で笑った。軽すぎて心配になるけど、助産婦である老女に言わせれば、大きい方らしい。もっと小さく生まれても、立派に育つと言われて安心した。この家の跡取りとして、立派に育てなくちゃ。
私の人生は完璧だわ。優しい夫、大切にしてくれる義父母、侯爵家に嫁いで待望の跡取りを産んで……すべてが輝いていた。今この時が世界の頂点に立ったような満足感を齎す。出産の疲れや激痛も飛ぶほど、愛おしい我が子の泣き声に頬を緩めた。
「生まれたか!」
飛び込んだ夫が駆け寄り、片付けを行う老女の隣をすり抜ける。ベッド脇の椅子に腰かけ、乳を飲んで満足げな我が子を覗き込んだ。ちょろりと頼りなく生えた髪は金色で、夫ベルナルドにそっくり。うとうと微睡む赤子の瞳は、アンバーだった。私と同じ色ね。
二人の色を揃えて産まれてきた息子を抱き上げようとして、老女に注意される。赤子の抱き方を直され、恐る恐る手に取った。
「大切な坊ちゃまですから、このように」
抱き方を指導する老女の発言に、ベルナルドの表情が強張った。
「坊ちゃま……男児か?」
「はい。跡取りですわ」
貴族家で望まれるのは、まず男児だ。跡取りにするのだから、もっとも重要なのは長男だった。何かあった時のために次男、それから政略結婚の娘と続く。初産で元気な男児を産んだのだから、さぞ褒めてくれるだろう。そう思った私に、彼は思わぬ言葉を吐いた。
「なんということだ。女でなくては、王家との縁が繋げない」
「え?」
何を言われたのか、一瞬理解できない。固まった私へ押し付けるように息子を渡し、彼は足早に部屋を出て行った。対策がどうとか……養女が必要になったとか……。彼の言葉は声として届くけれど、私の中で意味をなさなかった。
女でなくては? 私が産んだ跡取り息子は、どうでもいいの? 衝撃が大きすぎて、私は取り乱してしまった。抱いた我が子の安全のため、助産婦に取り上げられても叫び……喉が嗄れて咳き込むまで。何を喚いたのかも覚えていない私は、そのまま意識を手放した。
「これでは、どちらにも似てないわ」
「そんなことありませんよ。すぐに目元や口元が誰に似ているか、ご両親や旦那様が争います」
老女は「赤子なんてそんなもの」と笑いながら、汚れた赤ん坊を慣れた手つきで拭っていく。血や羊水などの汚れを拭きとると、白い肌の赤ん坊は顔を真っ赤にして泣いた。何かの動物みたいな顔をしているのに、ひどく愛おしい。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
私を母親にしてくれてありがとう。選んでくれたことに感謝するわ。自然と笑顔が浮かんで、琥珀色の瞳をぱちくりと瞬いた赤子へキスを贈る。柔らかな額にキスをして、老女に言われるまま乳を与えた。生まれたばかりで指も満足に握れないのに、ちゅっちゅと音を立てて吸い付く。
「本能ですよ。赤ん坊はいつだって母親が大好きですからね」
多くの貴族家で令息や令嬢の誕生に立ち会った老女は、穏やかな顔で笑った。軽すぎて心配になるけど、助産婦である老女に言わせれば、大きい方らしい。もっと小さく生まれても、立派に育つと言われて安心した。この家の跡取りとして、立派に育てなくちゃ。
私の人生は完璧だわ。優しい夫、大切にしてくれる義父母、侯爵家に嫁いで待望の跡取りを産んで……すべてが輝いていた。今この時が世界の頂点に立ったような満足感を齎す。出産の疲れや激痛も飛ぶほど、愛おしい我が子の泣き声に頬を緩めた。
「生まれたか!」
飛び込んだ夫が駆け寄り、片付けを行う老女の隣をすり抜ける。ベッド脇の椅子に腰かけ、乳を飲んで満足げな我が子を覗き込んだ。ちょろりと頼りなく生えた髪は金色で、夫ベルナルドにそっくり。うとうと微睡む赤子の瞳は、アンバーだった。私と同じ色ね。
二人の色を揃えて産まれてきた息子を抱き上げようとして、老女に注意される。赤子の抱き方を直され、恐る恐る手に取った。
「大切な坊ちゃまですから、このように」
抱き方を指導する老女の発言に、ベルナルドの表情が強張った。
「坊ちゃま……男児か?」
「はい。跡取りですわ」
貴族家で望まれるのは、まず男児だ。跡取りにするのだから、もっとも重要なのは長男だった。何かあった時のために次男、それから政略結婚の娘と続く。初産で元気な男児を産んだのだから、さぞ褒めてくれるだろう。そう思った私に、彼は思わぬ言葉を吐いた。
「なんということだ。女でなくては、王家との縁が繋げない」
「え?」
何を言われたのか、一瞬理解できない。固まった私へ押し付けるように息子を渡し、彼は足早に部屋を出て行った。対策がどうとか……養女が必要になったとか……。彼の言葉は声として届くけれど、私の中で意味をなさなかった。
女でなくては? 私が産んだ跡取り息子は、どうでもいいの? 衝撃が大きすぎて、私は取り乱してしまった。抱いた我が子の安全のため、助産婦に取り上げられても叫び……喉が嗄れて咳き込むまで。何を喚いたのかも覚えていない私は、そのまま意識を手放した。
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