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とある淑女の視点
とある淑女の視点(5)
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執務室で私を出迎えた夫を見た瞬間、彼の頬に思い切り平手打ちをした。
怒りが、悲しみが渦巻いて制御出来なかった。
久々に再会した妻に平手打ちをされても夫は何も言わなかった。
理由は全て分かっている、そんな顔だった。
私は、唇を噛み締める。
「どう言うことなの?」
私は、夫を睨みつける。
思えば長く連れ添ってきて夫を叩いたのも睨んだのも初めてかもしれない。
「なんでエガオちゃんが"笑顔のないエガオ"なんて呼ばれているの?」
夫は、叩かれた頬を触る。
「エガオには類い稀なる才能があった。それを私が開花させた。あの子のように。それだけだ」
私は、もう一度夫の頬を叩いた。
私は、直ぐにエガオちゃんを解放するように言った。養子でなくてもいい。普通の女の子に戻してあげてと懇願した。
あの子に笑顔を返して、と。
しかし、その願いは拒否された。
エガオちゃんは、もう寄せ集めの集団の主戦力、夫が求めて止まなかった最強の戦力であり防衛線。彼女を手放すなんて考えられない、と。そしてそれは王国の意思なのだ、と。
私は、その場で泣き崩れた。
私のせいだ。
私が病気なんてしなければ。
エガオちゃんの側を離れなければ。
いや、私と出会わずに教会かどこかに引き取られていればこんなことにはならなかった。
エガオちゃんから笑顔が消えることはなかったのだ。
『ママァ』
お花が咲くように笑う小さかった頃のエガオちゃんが私を呼ぶ。
私は、大声で泣く。
私が奪ってしまった。
エガオちゃんの笑顔を私が奪ってしまったのだ。
あの可愛らしい笑顔を奪ってしまったのだ。
私は、泣き叫んだ。
そんな私の背中を夫が優しく摩る。
「すまない」
その言葉には心の底からの懺悔が込められている気がした。
あまり関心を示していないように見えていた夫もエガオちゃんのことをとても可愛いと思っていた。養子にしたいと言った時もどこか嬉しそうだった。
夫も辛かったのだ。
王国貴族である自分と本来の自分とでせめぎ合っていたのだ。
「あの子に会ってみないか?」
夫は、優しい口調で言う。
「ひょっとしたらお前のことを思い出すかもしれない」
私の心が一瞬、揺れ動く。
しかし・・・。
「出来ない」
私は、首を横に振る。
「そんな資格私にはない。あの子が1番大変だった時にいなかった私にそんな資格ない」
私は、夫の手をぎゅっと出来る。
「でも、何かしたい。してあげたい。私に出来ることって何?」
私の必死の質問に夫は目を閉じ、ぎゅっと身体を抱きしめてくる。
「見守ってあげればいい。例え一緒にいなくても出来ることはある」
私に出来ること・・・。
その日から私は自分に出来ることを行動した。
生家から引き継いだ土地家屋を改装してアパートメントとして解放し、その家賃収入を全てメドレーの資金として回るよう寄付した。特にお風呂場とかは広く使えるように改装を依頼した。
少しでもエガオちゃんが気持ち良く生活出来るように。
エガオちゃん専属の従者の募集もした。
あそこの従者達は使用人と変わらずに全体を見てる為、個人の世話なんてしない。特にエガオちゃんは恐れられている為、誰も寄り付こうとしない。
幸いにもエガオちゃんと年の近い女の子が応募してきた。教育もしっかりと行き届いている子で礼儀正しく、エガオちゃんにピッタリだった為、斡旋所も驚く破格の条件で雇った。
そして月に何度か私はエガオちゃんに会いに宿舎を訪れた。
会うと言っても話しかけはしない。
遠くからあの子を見るだけだった。
それしか私には出来なかった。
相変わらず笑顔はなかった。
しかし、従者の子と話している時だけ少し表情が緩んでいるのに気づいてホッとした。
エガオちゃんの中にはまだあの時の小さなエガオちゃんがいるのだ、と思った。
このまま少しずつでいい。
エガオちゃんが笑顔を取り戻してくれるのを願って私は支援を続けた。
そんな矢先だった。
エガオちゃんが停戦条約下での戦いの罪を押し付けられて除隊になったと夫から告げられたのは。
私は、夫の頬を三度叩いた。
怒りが、悲しみが渦巻いて制御出来なかった。
久々に再会した妻に平手打ちをされても夫は何も言わなかった。
理由は全て分かっている、そんな顔だった。
私は、唇を噛み締める。
「どう言うことなの?」
私は、夫を睨みつける。
思えば長く連れ添ってきて夫を叩いたのも睨んだのも初めてかもしれない。
「なんでエガオちゃんが"笑顔のないエガオ"なんて呼ばれているの?」
夫は、叩かれた頬を触る。
「エガオには類い稀なる才能があった。それを私が開花させた。あの子のように。それだけだ」
私は、もう一度夫の頬を叩いた。
私は、直ぐにエガオちゃんを解放するように言った。養子でなくてもいい。普通の女の子に戻してあげてと懇願した。
あの子に笑顔を返して、と。
しかし、その願いは拒否された。
エガオちゃんは、もう寄せ集めの集団の主戦力、夫が求めて止まなかった最強の戦力であり防衛線。彼女を手放すなんて考えられない、と。そしてそれは王国の意思なのだ、と。
私は、その場で泣き崩れた。
私のせいだ。
私が病気なんてしなければ。
エガオちゃんの側を離れなければ。
いや、私と出会わずに教会かどこかに引き取られていればこんなことにはならなかった。
エガオちゃんから笑顔が消えることはなかったのだ。
『ママァ』
お花が咲くように笑う小さかった頃のエガオちゃんが私を呼ぶ。
私は、大声で泣く。
私が奪ってしまった。
エガオちゃんの笑顔を私が奪ってしまったのだ。
あの可愛らしい笑顔を奪ってしまったのだ。
私は、泣き叫んだ。
そんな私の背中を夫が優しく摩る。
「すまない」
その言葉には心の底からの懺悔が込められている気がした。
あまり関心を示していないように見えていた夫もエガオちゃんのことをとても可愛いと思っていた。養子にしたいと言った時もどこか嬉しそうだった。
夫も辛かったのだ。
王国貴族である自分と本来の自分とでせめぎ合っていたのだ。
「あの子に会ってみないか?」
夫は、優しい口調で言う。
「ひょっとしたらお前のことを思い出すかもしれない」
私の心が一瞬、揺れ動く。
しかし・・・。
「出来ない」
私は、首を横に振る。
「そんな資格私にはない。あの子が1番大変だった時にいなかった私にそんな資格ない」
私は、夫の手をぎゅっと出来る。
「でも、何かしたい。してあげたい。私に出来ることって何?」
私の必死の質問に夫は目を閉じ、ぎゅっと身体を抱きしめてくる。
「見守ってあげればいい。例え一緒にいなくても出来ることはある」
私に出来ること・・・。
その日から私は自分に出来ることを行動した。
生家から引き継いだ土地家屋を改装してアパートメントとして解放し、その家賃収入を全てメドレーの資金として回るよう寄付した。特にお風呂場とかは広く使えるように改装を依頼した。
少しでもエガオちゃんが気持ち良く生活出来るように。
エガオちゃん専属の従者の募集もした。
あそこの従者達は使用人と変わらずに全体を見てる為、個人の世話なんてしない。特にエガオちゃんは恐れられている為、誰も寄り付こうとしない。
幸いにもエガオちゃんと年の近い女の子が応募してきた。教育もしっかりと行き届いている子で礼儀正しく、エガオちゃんにピッタリだった為、斡旋所も驚く破格の条件で雇った。
そして月に何度か私はエガオちゃんに会いに宿舎を訪れた。
会うと言っても話しかけはしない。
遠くからあの子を見るだけだった。
それしか私には出来なかった。
相変わらず笑顔はなかった。
しかし、従者の子と話している時だけ少し表情が緩んでいるのに気づいてホッとした。
エガオちゃんの中にはまだあの時の小さなエガオちゃんがいるのだ、と思った。
このまま少しずつでいい。
エガオちゃんが笑顔を取り戻してくれるのを願って私は支援を続けた。
そんな矢先だった。
エガオちゃんが停戦条約下での戦いの罪を押し付けられて除隊になったと夫から告げられたのは。
私は、夫の頬を三度叩いた。
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