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第6章 絶叫

絶叫(1)

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 空気を押し潰すような圧が私を襲う。
 私は、大鉈の刃を盾のように垂直に構え、圧を生み出した正体、獣へと変貌したマナの左前足による横薙を防ぐ。
 身の丈を超える分厚い刃はマナの一撃を完全に防ぐもあまりに軽い私の身体は宙を舞い、建物の壁に激しく叩きつけられる。
 鎧を纏っていなかったら確実に何本かの骨が折れていた。
 私は、壁から滑り落ちるように落下し、石畳に膝を付ける。
 突然、姿を現した大きな犬の姿をした獣と私の戦いに街の人たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。
 私は、飛び上がるように立ち、大鉈を振り上げて構える。
 狂気に飢えた双眸が私を映す。
 赤黒い舌、ナイフのような牙、凶悪に発達した筋肉、石畳を貫く爪、そして鋼のような黒と白の水玉の体毛に垂れ下がった耳。
 僅かな身体的特徴は残っているものの目の前に立つ巨大な獣にマナの面影は残っていなかった。
「その姿になった時はね。彼女の意識を消すようにしているんですよ」
 私の背後でフードを被った魔法騎士がマナの横に立つ。
「年端のない少女にいらない精神的外傷トラウマを与える訳にはいきませんからね」
 私は、大鉈の切先を魔法騎士に向ける。
「マナを・・・解放しなさい!」
 魔法騎士は、フードの中から大鉈の切先をじっと見つめめ、小さくため息を吐く。
「私の話しを聞いてましたか?彼女は進んで私達の元に来たんですよ。大切な貴方を奪った王国に復讐するために」
 魔法騎士は、変貌したマナを見上げ、その首筋を撫でる。
「彼女は本当に貴方を慕っていたんですよ」
 魔法騎士の言葉に私はぎゅっと胸が締め付けられる。
「両親を失った彼女に取って貴方は姉、もう一人の家族だったのです。埋めることの出来ない傷を埋めてくれる唯一の薬だったのです。しかし、それを奪われた、唐突に、無惨に・・・」
 魔法騎士は、憎々しげに言葉を噛み締める。
 それはマナの気持ちを代弁してなのか?自分の心の内にあるものを噛み潰しているのか?
 魔法騎士は、自分を落ち着けるように息を整える。そして私を見る。
「言わば彼女もまた私達と同じ騎士崩れの1人なのですよ。そして・・・」
 魔法騎士は、フードの下で割れるように笑う。
「王国、そして帝国滅亡の要・・・つまりは女王なのです」
 女王?
 マナが?
「どう言う意味?」
 しかし、魔法騎士は答えず、剥き出しになった左腕を持ち上げる。
 腕に描かれた魔印が青く光り、それに呼応してマナの首の魔印も青く光る。
 マナの大きな顎から青い炎が溢れる。
 私は、腰を低くし、両足に力を込める。
 マナの顎から放たれた青い炎の熱線が私を襲う。
 私は、大鉈の刃を地面に突き刺し、軸にして石畳を蹴り上げて宙へと舞い上がる。
 大鉈も勢いのまま石畳を離れ、その場を熱線が焼く。
 私は、空中で体勢を直し、大鉈の刃を扇のように構えて身を捩る。
 脳裏に浮かぶは赤目蜂と戦った時の戦闘方法。
 空気の弾をマナにぶつけて動きを止める。
 マナ・・・ごめん!
 私は、身体の捻りを解放し、空気の弾を放とうとした。
 しかし、その動きを私は止める。
 マナの頭の上にフードを被った魔法騎士が乗っていた。
 右の袖を捲り、複雑に描かれた魔印が紫色に輝き、5本の指が紫電へと変貌する。
 魔法騎士の右手から放たれた5筋の紫電が私を襲う。
 私は、身体の捻りを解放し、マナに放つはずだった空気の弾を上空に打ち付け、その衝撃に乗って落下し、紫電を避ける。
 フードに包まれた魔法騎士の顔に驚愕が浮かぶ。
 石畳の両足を付け、衝撃で全身が痺れるのを厭わずに私はマナに向かって駆けると再び跳躍し、頭を飛び越える。
 魔法騎士が私を見る。
 私は、大鉈を握る手を逆手に変えて、柄の先端を魔法騎士に向けて一気に突き出す。
 男の唇が吊り上がる。
 右腕の魔印が光り、紫電が男の身体を囲い、壁となる。
 柄の先端は紫電の壁に挟み込まれるように魔法騎士にぶつかる直前で止まる。
 私は、歯噛みする。
 次の瞬間、振り上げられたマナの右前足が私の身体を捉え、小虫のようにはたき落とす。
 私は、そのまま石畳に叩きつけられ、一瞬息が止まり、身体の感覚を失う。
 間髪おかずにマナが右前足を振り上げ、私に向かって振り下ろす。
 身体の感覚が戻らない私は迫り来る大きな足を見ながら動くことも出来ない。
 風圧が私の身体を叩く。
 しかし、その後に来るであろう打撃と衝撃が来ない。
 マナの足は私に触れる寸前で止まる。
 マナの狂気に飢えた目が揺れる。
「やはりダメか」
 魔法騎士の声が耳に入る。
 それと同時に五筋の紫電が私を襲う。
 身体の感覚が戻る。
 私は、身体をは捻ってマナの足の下から脱出すると迫り来る紫電に向かって大鉈を横薙する。
 大鉈の切先と紫電が触れ合い、破裂音と共に無数の細かい光が飛ぶ。
 電撃が私の身体を突き抜けて地面に流れて石畳を砕き、紫電は霧のように霧散する。
 私は、大鉈の柄の先端を割れた石畳に付けて電撃でダメージを受けた身体を支える。
「紫電を砕くとは・・・」
 魔法騎士がマナの頭から降り立つ。
 紫の魔印の輝く右手の指が全て消え失せ、欠損箇所にウロのような穴が空いている。そして左手の魔印からは大量の血が流れていた。
「さすがは笑顔のないエガオと言ったところか」
 私は、大鉈で身体を支えながらも魔法騎士を睨みつける。
「あの時・・・戦わなくて本当に良かった」
 右腕の魔印が紫色に輝く。
「きっと私は勝てなかった」
 その言葉に私の脳裏に二年前の光景が蘇る。
 彼の戦場での戦い。
 荒れ狂う紫電に焼かれる部下や王国騎士。
 そしてお互いを守るように抱き合う2人の獣人の騎士夫婦。
 私は奥歯を噛み締めて魔法騎士を睨む。
「お前はやはりあの時の・・・!」
 紫電が溢れ、右手の五指の形に形成されていく。
 魔法騎士は、右手の甲でフードを捲る。
 現れたのは銀髪、色白、少年の顔であった。
 恐らく私の二つ上くらいだろう、柔和で丸い輪郭をしており、目が糸のように細い。
 見た目は穏やかで優しそうだが、細い目から漂うのはあまりにも鋭い殺意。
 この男は危険だ。
 私の全身がそう告げ、大鉈を構える。
 魔法騎士は、今だ出血する青く光る左腕の魔印を見て顔を顰める。
「まったく契約とは面倒なものだ」
 魔法騎士は、右手の甲で血を拭う。
「我らが女王は本当に貴方のことが好きらしい。少し逆らっただけでこの様だ」
 そう言って魔法騎士は笑う。
 気持ちの悪い笑み・・私は背筋に汗が流れるのを感じた。
「それは魔印の契約のこと?」
 私が言うと魔法騎士は驚いた反応をする。
「よくご存知で」
「どれだけ魔法騎士と戦ったと思ってるの?」
「なるほど・・・」
 魔法騎士は、喉を震わせて笑う。
「私達、魔法騎士は魔印を彫る時に契約をします。その契約による制限が強ければ強いほど魔印の力が高まる」
 魔法騎士は、右腕を翳す。
「この紫電の魔印の契約は身体の一部の譲渡。指を全て捧げることで紫電を操り、莫大な力を得ます。威力は貴方も知ってるでしょう?」
 私の脳裏に雷に焼かれて死に絶えた部下、そしてマナの両親の姿が浮かぶ。
 魔法騎士は、次に血に濡れた左手を翳す。
「こちらは主従の魔印。本来は獣を意のままに操るものですが私はこれを改良し、女王の力を引き出す為のものとしました。当然、厳しい契約が必要となり、私は彼女の意にそぐわない命令を出すことが出来ない。つまり・・」
 魔法騎士は、左手でマナの首筋を撫でる。
 マナの首の魔印が青く光る。
「私は彼女に貴方を殺すよう命令することが出来ない。もし破ったら・・この程度ではすまないでしょう」
 魔法騎士の左腕の魔印が青く光り、血が吹き出し、マナのが首筋を赤く染める。
 マナの両親を奪った男とマナが魔印という鎖で互いを縛り合っている。
 何と言う皮肉だろう。
「なら降伏してマナを解放しなさい」
 私は、大鉈の切先を魔法騎士に向ける。
「そうすれば命までは取らないわ」
 私は、務めて冷酷に言った。
 しかし、魔法騎士の顔には動揺も恐怖も浮かばない。笑みを浮かべて喉を鳴らすだけだ。
「出来ない癖に」
 私は、魔法騎士を睨みつける。
「今の貴方は魔印と一緒です。万が一でも私達の命を奪わないように一必死だ」
「なにを・・・」
「だってそうでしょう?彼女の動きを止めるなら大鉈で斬り殺せばいい。私を止めるつもりなら柄でなく刃を突き出したはず。それをしないのは私達を殺したくないからに他ならない」
 私は、魔法騎士の言葉に下唇を噛む。
「今の貴様など恐るに足らない」
 魔法騎士は、右手を上げる。
 建物の隙間から真新しい板金鎧プレートメイルを纏った数人の男達が現れる。
 その身体の運び、雰囲気から騎士崩れであることが直ぐに分かった。顔だけ見てもそれが王国の騎士崩れなのか、帝国の騎士崩れなのかまでは分からないがその中の1人が大柄な熊の獣人であることだけは分かった。
 それも・・・弱い。
 騎士崩れ達は私を警戒しながら魔法騎士の周りに集まり、熊の獣人は魔法騎士の隣に立った。
 私は、訝しむ。
 戦力外とも言える騎士が何故、わざわざ最高戦力とも言える魔法騎士の隣に?
「弱いと思われてるぞ」
 私の心を見透かしたように魔法騎士や熊の獣人に言う。
 熊の獣人はむすっと顔を歪ませる。
「まあ、実際、弱いのだから仕方あるまい」
 そう言って彼は、左手を翳す。
 マナの首筋が、双眸が青く光る。
 私は、大鉈を構える。
「さあ、貴方の力を見せて下さい。女王キャリア
 マナの全身から異様な気が発せられる。
 皮膚が針で突き刺さるような不快な感覚が襲ってくる。
 熊の獣人の口から唸り声が漏れる。
 知性を持っていた目が裏返るように赤く染まり、身体が肥大化しして鎧を破壊する。筋肉が膨れ上がり、全身が黒い体毛に覆われていく。
 熊の獣人は、文字通り巨大なヒグマの姿へと変貌し私を見下ろす。
 私は、変貌した熊の獣人を見上げる。
「これが女王の能力・・」
 彼は、マナの見て笑う。
凶獣病禍ライカンスロープ・ハザードだ」
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