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とある視点

閑話 とある視点(1)

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 心臓がドキドキする。
 あたしは、ついさっき見た光景が目に焼き付いて離れなかった。
 塾で受けた模試の結果が芳しくなく、怒りと失望に苛まれた私は、少ないお小遣いを叩いて大量のフッシュ&チップスを購入し、騎士の銅像の設置された広場のベンチでやけ食いした。
 匂いも見た目も悪くないが油が多くて胸焼けがする。
 冷静に考えればいくら魚とは言え猫の獣人である私がこんな油っこいものを大量に食べれる訳がなかった。
 そんな事も忘れてしまうなんて怒りと苛立ちとは恐ろしい。
 私は、何とか一切れだけ食べて残りが入った袋を隣に投げた。
 後で妹にでも上げよう。
 姉妹なので当然ながら妹も猫の獣人(あちらは明るい茶色で私は白)だが何故か彼女は胃袋が強い。猫舌ではあるものの油物を食べても胸焼け一つ起こさず、友達と学校の帰りにカフェ巡りをして楽しんでるそうだ。
 そういえばここから少し離れたところにある新しい公園にキッチン馬車が出来て、鳥の巣みたいな髪の店長が作る料理がどれも美味しくて毎日通っても飽きないとか言ってたな。それに最近、同じ年の鎧を着た凄い美人の女の子が店員として入ってきたとかも・・・。
 鳥の巣・・鎧・・美人・・そして美味しい。
 気になるワードがいくつも出てくる。
 今度、妹と一緒に私も行こうかな・・・とそんなことを考えていた時だった。
 騎士の銅像の前に二人の男女が現れた。
 二人の男女・・変な表現だがそれ以上の言葉が見つからない。
 二人はとても特徴的だった。
 男性の方は背が高く、黒のお洒落なブレザーとスラックスを身に纏い、その黒い髪はまるで鳥の巣のようで盛り上がって目が隠れていた。
 女性の方は背が少し低いが驚くほどの美人。化粧もしているようだがそれがなくても十分に眼を瞠る事だろう。そして彼女のもう一つの特徴はレモン色の可愛い服の上に傷だらけ、凹みだらけの板金鎧プレートメイルと背中に背負った黒い革の鞘に包まれた大きな何かだ。
 この特徴・・・ひょっとしなくても妹が言っていたキッチン馬車の店長と店員ではないか?
 店長が彼女と向かい合い何かを言っている。
 彼女は、頬を赤く染め、身体を震わせて店長を見上げる。
 店長が彼女の右手を握り、互いの指を絡ませて、顔の位置まで持ち上げる。
 そしてまた何かを彼女に言う。
 彼女の目から一筋の涙が流れる。
 そしてとても・・・とても綺麗な笑顔を浮かべて「はいっ」と嬉しそうに言った。
 満月の灯りが二人を照らす。
 まるで二人のこれからを祝福するかのように。
 私は、鳴り止まない心臓を黙らせるように抑え付け、フィッシュ&チップスを持って逃げるように走った。
 なにアレ?なにアレ⁉︎
 同級生が告白するのなんて何回も見てるし、された事もしたこともあるけどあんな綺麗な、それこそ穴が開くほど読んだ恋愛小説みたいな光景見た事ない!
 広場から離れ、暗い路地に入ると私は走るのを止めて息と心臓を整える。
 しかし、それでもあの光景が消えない。写真のフィルムのように脳裏にしっかりと焼きついてしまっている。
 別に知り合いでも何でもない。
 あの店長に恋心なんて抱く事だってない。
 しかし、それでもあのあまりにも美しい光景は私に羨望と嫉妬、そして憧れを心に刻む。
「やべえ・・どうしよう」
 もはや模擬試験の結果なんてどうでも良くなった。
 今日見た事を誰かに話したくてしょうがない。
 とりあえず妹に話してみよう。
 恐らく大騒ぎの大混乱を起こすだろう。
 私は、油の染み込んだフッシュ&チップスの袋の端を持ち、家路に着こうとした。
 暗い路地の向こうに人影が見える。
 闇に紛れるような黒い衣服にフードを被って顔は見えないが明らかに私を見ている。
 薔薇色の熱に盛り上がった心が急速に冷えていく。
 恐怖が心の節々に湧く。
 私は、後退りしてそのまま逃げようとする。
 猫の獣人は足が速い。鍛えてなくてもそこらの人には負けない。
 私は、振り返って走り出そうとして、足を止めた。
 大きな影がそこに立っていた。
 黒い黒い大きな影、獣のような体躯と獰猛な切れ上がるような鈍く輝く目が私を睨みつけている。
 黒い獣・・・。
 最近、夜な夜な獣人を襲うと言う謎の獣。
 噂は聞いてたけど本当にいたの?
「安心しなさい」
 背後から声が聞こえる。
 いつの間にか黒い衣服の人・・声からして男が私の後ろに立っていた。
「痛いことは何もないから」
 そして男は、黒い獣を見上げる。
「やれ」
 男の声に黒い獣の口が裂けるように開く。
 私は、恐怖で動けない。
 甘い香りが鼻腔に入り込む。
 その瞬間、目の前が大きく揺らぐ。
 身体から力が抜けていく。
 私は、膝から崩れて地面に倒れ込む。
 男が私を見てニヤッと笑う。
 男の白い指先が赤く光る。
「呼ばれるのを楽しみにしていてくれ」
 男の指先が私の首筋に触れる。
 そして私の意識は闇へと落ちていった。
 
 
 
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