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混じり者
混じり者(3)
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「ここは混じり者の保護施設なんす!」
食後の紅茶と言うものを啜りながらリンツは言う。
味のついた熱い飲み物なんて初めてなので戸惑ったが慣れてくると病みつきになる。
「保護施設?」
聞いたことのない言葉に少女は首を傾げる。
厨房ではおばちゃんが少女の食べ終わった食器を洗ってくれていた。
「名前の通りっすよ。ここは行き場のない混じり者達が生活する為の場。自活することも難しい子ども達や見た目のエグい人たちを保護して守ることが目的っすけど私のような大人も施設を支えるために働いてるっす」
恐らく物凄く分かりやすく話してくれているのだろう。それこそ少女にも伝わることを意識して噛み砕いてもくれているはずだ。
しかし・・・。
「ごめんなさい・・・」
少女は、言葉通りに申し訳なさそうに言う。
「混じり者ってなに?」
少女の言葉にリンツは驚いて目と口を丸くする。
そして察すると申し訳なさそうに新緑の髪を掻く。
「そうか・・・そうすっよね。人間種の文化を知らないんすもんね」
リンツは、小さく息を吐いて口元に笑みを浮かべる。
「混じり者っていうのは差別用語なんすよ」
「差別用語?」
「そう。人間種以外の生物と混じり合って生まれた子ども。それが混じり者っす」
リンツの言葉に少女の目が大きく見開く。
この世には二つの混血の形がある。
一つは人間種、言葉通りの人間を代表としたエルフ、ドワーフ、小人、巨人と言った人の形をした種の間に生まれる半人。
もう一つが人間種と人ならざる形をした者達の間で生まれる混じり者。
長い時を掛けて同盟関係を結んだ人間種間で生まれた半人は、友好、愛の象徴として愛おしまれるが、混じり者は違う。
「混じり者は、人ならざる者達が人間種を弄び、孕ませた。悲しみ、憎しみ、そして蔑みの象徴なんすよ」
リンツの言葉に少女は、紅茶のカップを落としそうになる。
おばちゃんの食器を洗う音が虚しく木霊する。
「いや、そんな・・・でも・・・」
少女は、混乱し、舌を噛みそうになる。
その様子を見てリンツはきつく目を細める。
「うちは違う・・って言いたいっすか?」
リンツの言葉に少女は言い淀む。
少女の記憶の中にある父たる白竜の王と人間の母は互いを想いあっていた。
母は、父の雪化粧のように美しい鱗に頬を寄せて、愛しく名を呼び、父は大きな翼と爪で傷つけないように母を抱きしめていた。
幼い少女はその美しい光景を見て胸が温かくなったのを覚えている。
そして母が亡くなった時の山を裂かんばかりの慟哭も。
「確かに人間種と人ならざる者が恋愛関係を結び、成就する事例もあるっす」
リンツは、目を閉じる。
「でも、大概は攫われ、凌辱され、孕まされる。ここにいる人達は皆、そうやって生まれたっすよ」
おばちゃんの食器を躊躇うように一瞬でも止まる。そしてまた、ゆっくりと動き出す。
「そんな・・・」
少女、ショックに両手を口に当てる。
「千年も前の話っす」
リンツは、紅茶を一口飲む。
「その頃は人ならざる者は存在せず人間種と動物、植物だけがこの世界にいたらしいっす」
つまり竜もいなかった。
そんな世界が存在したなんて初耳だ。
父たる白竜の王もそんな話しはしてくれなかった。
それとも知らなかったのか?
「しかし、そんな人間種の均衡が突然、崩れる出来事が起きたっす。それが人ならざる者の王、魔王の出現っす」
魔王。
その言葉に少女は大きく目を見開く。
「魔王は、竜を始めとした人ならざる者を率いて人間種に戦いを挑んだっす。人間種も負けじと戦いを挑んだがあまりの戦力差に敗退を繰り返したっす。負けた人間種は人ならざる者を慰み者にされ、その結果、たくさんの混じり者が生まれた」
少女の胸に冷たい衝撃が走る。
「混じり者は、魔王の軍勢の先駆けとして人間種を襲ったそうっす。そうしないと自分たちが親である人ならざる者に殺されるから。じっさいにそれが出来ない者は慰み者にされたそうっす。まさに奴隷っす」
リンツは、自分の心を落ち着けるように紅茶を一口飲む。
リンツから話される出来事は過去のこと、それこそ伝説とも呼べる話しだ。
しかし、少女の頭には自分を蔑み、弄び、嘲笑う暗黒竜達の恐ろしい姿が浮かび、冷や汗が溢れ、身体が震える。
少女は、息荒く、服の胸元を握りしめる。
それに気づいたリンツは、目を大きく開いて少女の肩に手を置く。
「ごめんっす。怖かったよね?」
少女は、身体を小刻みに震わせながらも首を横に振る。
「君も怖い思いをしてきたんすもんね。配慮が足りなくて申し訳なかったっす」
リンツは、身体を起こすと少女の頭をそっと自分の胸に抱きしめた。
優しい温かさと花のような匂いが少女の身体に伝わり、心が落ち着き、震えが止まる。
「それにこんな怖い話しはいつまでも続かないっすよ。なんせこの後、勇者様が現れて魔王を倒してくれるんすから」
勇者。
少女の脳裏に鮮烈な赤い全身鎧を身につけた金髪の男と白毛混じりの金髪の眼鏡の男、そして猛禽類のような目をした白髪の男の姿が浮かぶ。
彼らの姿が思い浮かんだ瞬間、心臓が熱く鼓動する。
「人間種の中から突如現れた勇者様は見事に魔王を討ち取って世界を再び平和にしてくれたっす。自分達の力の象徴たる魔王を失った人ならざる者達は見つからないように隠れ潜み、そして混じり者は放置された」
「放置?」
リンツは、そっと少女の頭から胸を離し、小さく頷く。
「人ならざる者達にとって混じり者は仲間でなく、ただの奴隷。連れていく価値すらなかったっす。そしてそれは人間種も同じ。人間種は群れから捨てられた混じり者を皆殺しにしようとしたっす。自分たちを守る為に」
逃げるのに邪魔だからと混じり者を捨てる人ならざる者。
自分たちを守る為に混じり者を殺そうとする人間種。
そこにどれだけの違いがあるのか?
「混じり者の虐殺は何百年も続いたそうっす。なんせ寿命が長いのもいれば数多く産まれたものもいるし、人ならざる者がいなくなった訳じゃないから新たに生まれる者もいる。私達のように」
私達・・。
その言葉が重く圧しかかる。
「でも、長い時間の中でそれじゃあいけない。混じり者も犠牲者なんだと立ち上がる人たちが現れ、王国に掛け合い、そしてさらに時間を掛けて出来たのがこの保護施設なんすよ」
リンツは、華やぐように笑って両手を広げる。
「ここは混じり者の楽園なんす!」
少女は、リンツの両手を追うように改めて建物の中を見回った。
白く塗られた滑らかな壁、綺麗に掃除され、磨かれた空間、清潔な家具、美味しい料理、自分達を蔑む者はおらず、同じ境遇の仲間達と手を取り合い、静かに日々を過ごすことが出来る。
確かにここは混じり者にとっては楽園なのだろう。
そしてそれは少女に取っても・・・。
「私もここで暮らして行くことになるの?」
それは質問と言うよりも確認であった。
今までの話しの中で自分が勇者達に助けられ、この施設に保護され、治療を受けたということまで理解することが出来た。
それはつまり雪山で絶望のままに死ぬはずだった自分の残った命が尽きるまでこの施設で静かに生きろ、そう言うことなのだろう。
それでいいのかもしれない。
父たる白竜の王が死に、死んだ方がマシと言えるような屈辱を受け、故郷から引き離された。
もう自分には何もない。
それならせめてもう静かに暮らしたい。
怖い思いも痛い思いもせずにこの場所で余生を終えよう。
(きっとそれが私の幸せなんだ)
少女は、ようやく心が楽になった気がした。
何も考えず、何もせず、言われた通りに穏やかに生きる。
千年前の混じり者達には申し訳ないが震えるくらい穏やかな日常を送ることが出来るのだ。
(それが私の幸せ・・)
そう胸中で呟く少女は幸せを噛み締めるというよりも何かを飽きられているかのようだった。
しかし・・・。
「あーっそれなんすけどね」
リンツの大きな目が右に反れる。
まるで言いにくいことを隠してるかのように。
少女は、怪訝に眉を顰める。
「実はっすね。君が暮らすのはここじゃないんすよ」
「えっ?」
少女の目が驚きに大きく見開く。
「いや、最初はここで暮らす予定だったんすよ!」
リンツは、慌てて弁解しだす。
「ただ、王国の助成金が年々少なくなっていって、出稼ぎに出てる大人達の協力だけじゃ子どもならともかく君みたいに大きな子を引き取るのが難しいっていうか・・・だからその・・ね」
リンツは、大きく目を動かし、形の良い唇をモゴモゴ動かす。
「君は、里親に引き取られることになったんす」
「里親⁉︎」
少女の顔が青ざめる。
少女の悲壮な顔を見てリンツはさらに慌てだす。
「だ・・・大丈夫っすよ。どこかの小説にあるようなど変態的な親父に引き取られるとか、顔は美男子で優しそうなのにとんでもない裏面のあるドS貴族とか、ましてや意地悪を絵に描いたような継母でも決してないっすから!」
何を言ってるかまるで分からない。と、言うか彼女はどんな本を日頃、読んでいるのか?
少女は、訳が分からず、ようやく平静になったはずの心が掻き乱されて混乱する。
「えっーとっあのーその里親さんを例えて言うならそのー」
例えなくて言いからちゃんと言って欲しい。
そして何でもするからここにいさせて欲しい。
どんな扱いされても暗黒竜達にされてきたことに比べればきっと耐えられるはずだから。
しかし、そんな少女の思いなんてまるで読み取らずにリンツは思いついたと言わんばかりに手をぽんっと叩く。
「ツンデレ鳶っす!」
「と・・・鳶?ツンデレ?」
まるで結び付かず少女は尚更混乱する。
しかし、リンツは自分の放った表現が的を得てると言わんばかりにすっきりした表情を浮かべる。
「要は見た目は鷹みたいに怖いんですけど、いや、実際に鷹みたいな感じなんすけど実はめっさ真逆で、でもそれを知られたくないからわざと不貞腐れてみせて・・・つまり究極無敵の照れ屋っす!」
分かりやすい道なのに散々迷ってようやく目的地に辿り着いたような勝ち誇った笑みを浮かべてリンツは右腕を伸ばして人差し指を立てる。
しかし、当の道案内された本人である少女は尚更に迷宮の中に入り込んでしまった。
結局、自分はどうなると言うのだろうか?
その時だ。
「誰がツンデレ鳶だ」
少年のような高い声が2人の耳に入る。
その男はいつの間にか2人の座るテーブルの前に立っていた。
少女は、驚く。
リンツとの話しに夢中になっていたとは言え、半竜である自分が目と鼻の先に近づかれても気が付かないなんて。
そして・・・それ以上に。
男は、着流しの黒い着物の衿に右手を入れ、猛禽類のような双眸を細めて2人を睨む。顔を真ん中で真横に割るような大きな傷が鼻の頭の上を走り、血の抜けたような白髪が少し開いた窓から流れる風に揺れる。
少女の脳裏に雪山の記憶、暗黒竜の王と戦い、圧倒的な刀技で追い詰め、そして・・・そして・・、。
(私の心臓を刺した・・・)
男の姿を見てリンツはバツが悪そうに頬を顔を顰める。
「アメノの旦那・・いつの間に・・・」
「旦那じゃねえ」
アメノは、ぶっきらぼうに答える。
そう彼は雪山に突如現れ、暗黒竜達を皆殺しにした勇者一行の1人、アメノであった。
そして・・・。
「俺が里親だ」
その言葉に少女の心臓がどきんっと大きく跳ねた。
恐怖と、まるで喜ぶように。
食後の紅茶と言うものを啜りながらリンツは言う。
味のついた熱い飲み物なんて初めてなので戸惑ったが慣れてくると病みつきになる。
「保護施設?」
聞いたことのない言葉に少女は首を傾げる。
厨房ではおばちゃんが少女の食べ終わった食器を洗ってくれていた。
「名前の通りっすよ。ここは行き場のない混じり者達が生活する為の場。自活することも難しい子ども達や見た目のエグい人たちを保護して守ることが目的っすけど私のような大人も施設を支えるために働いてるっす」
恐らく物凄く分かりやすく話してくれているのだろう。それこそ少女にも伝わることを意識して噛み砕いてもくれているはずだ。
しかし・・・。
「ごめんなさい・・・」
少女は、言葉通りに申し訳なさそうに言う。
「混じり者ってなに?」
少女の言葉にリンツは驚いて目と口を丸くする。
そして察すると申し訳なさそうに新緑の髪を掻く。
「そうか・・・そうすっよね。人間種の文化を知らないんすもんね」
リンツは、小さく息を吐いて口元に笑みを浮かべる。
「混じり者っていうのは差別用語なんすよ」
「差別用語?」
「そう。人間種以外の生物と混じり合って生まれた子ども。それが混じり者っす」
リンツの言葉に少女の目が大きく見開く。
この世には二つの混血の形がある。
一つは人間種、言葉通りの人間を代表としたエルフ、ドワーフ、小人、巨人と言った人の形をした種の間に生まれる半人。
もう一つが人間種と人ならざる形をした者達の間で生まれる混じり者。
長い時を掛けて同盟関係を結んだ人間種間で生まれた半人は、友好、愛の象徴として愛おしまれるが、混じり者は違う。
「混じり者は、人ならざる者達が人間種を弄び、孕ませた。悲しみ、憎しみ、そして蔑みの象徴なんすよ」
リンツの言葉に少女は、紅茶のカップを落としそうになる。
おばちゃんの食器を洗う音が虚しく木霊する。
「いや、そんな・・・でも・・・」
少女は、混乱し、舌を噛みそうになる。
その様子を見てリンツはきつく目を細める。
「うちは違う・・って言いたいっすか?」
リンツの言葉に少女は言い淀む。
少女の記憶の中にある父たる白竜の王と人間の母は互いを想いあっていた。
母は、父の雪化粧のように美しい鱗に頬を寄せて、愛しく名を呼び、父は大きな翼と爪で傷つけないように母を抱きしめていた。
幼い少女はその美しい光景を見て胸が温かくなったのを覚えている。
そして母が亡くなった時の山を裂かんばかりの慟哭も。
「確かに人間種と人ならざる者が恋愛関係を結び、成就する事例もあるっす」
リンツは、目を閉じる。
「でも、大概は攫われ、凌辱され、孕まされる。ここにいる人達は皆、そうやって生まれたっすよ」
おばちゃんの食器を躊躇うように一瞬でも止まる。そしてまた、ゆっくりと動き出す。
「そんな・・・」
少女、ショックに両手を口に当てる。
「千年も前の話っす」
リンツは、紅茶を一口飲む。
「その頃は人ならざる者は存在せず人間種と動物、植物だけがこの世界にいたらしいっす」
つまり竜もいなかった。
そんな世界が存在したなんて初耳だ。
父たる白竜の王もそんな話しはしてくれなかった。
それとも知らなかったのか?
「しかし、そんな人間種の均衡が突然、崩れる出来事が起きたっす。それが人ならざる者の王、魔王の出現っす」
魔王。
その言葉に少女は大きく目を見開く。
「魔王は、竜を始めとした人ならざる者を率いて人間種に戦いを挑んだっす。人間種も負けじと戦いを挑んだがあまりの戦力差に敗退を繰り返したっす。負けた人間種は人ならざる者を慰み者にされ、その結果、たくさんの混じり者が生まれた」
少女の胸に冷たい衝撃が走る。
「混じり者は、魔王の軍勢の先駆けとして人間種を襲ったそうっす。そうしないと自分たちが親である人ならざる者に殺されるから。じっさいにそれが出来ない者は慰み者にされたそうっす。まさに奴隷っす」
リンツは、自分の心を落ち着けるように紅茶を一口飲む。
リンツから話される出来事は過去のこと、それこそ伝説とも呼べる話しだ。
しかし、少女の頭には自分を蔑み、弄び、嘲笑う暗黒竜達の恐ろしい姿が浮かび、冷や汗が溢れ、身体が震える。
少女は、息荒く、服の胸元を握りしめる。
それに気づいたリンツは、目を大きく開いて少女の肩に手を置く。
「ごめんっす。怖かったよね?」
少女は、身体を小刻みに震わせながらも首を横に振る。
「君も怖い思いをしてきたんすもんね。配慮が足りなくて申し訳なかったっす」
リンツは、身体を起こすと少女の頭をそっと自分の胸に抱きしめた。
優しい温かさと花のような匂いが少女の身体に伝わり、心が落ち着き、震えが止まる。
「それにこんな怖い話しはいつまでも続かないっすよ。なんせこの後、勇者様が現れて魔王を倒してくれるんすから」
勇者。
少女の脳裏に鮮烈な赤い全身鎧を身につけた金髪の男と白毛混じりの金髪の眼鏡の男、そして猛禽類のような目をした白髪の男の姿が浮かぶ。
彼らの姿が思い浮かんだ瞬間、心臓が熱く鼓動する。
「人間種の中から突如現れた勇者様は見事に魔王を討ち取って世界を再び平和にしてくれたっす。自分達の力の象徴たる魔王を失った人ならざる者達は見つからないように隠れ潜み、そして混じり者は放置された」
「放置?」
リンツは、そっと少女の頭から胸を離し、小さく頷く。
「人ならざる者達にとって混じり者は仲間でなく、ただの奴隷。連れていく価値すらなかったっす。そしてそれは人間種も同じ。人間種は群れから捨てられた混じり者を皆殺しにしようとしたっす。自分たちを守る為に」
逃げるのに邪魔だからと混じり者を捨てる人ならざる者。
自分たちを守る為に混じり者を殺そうとする人間種。
そこにどれだけの違いがあるのか?
「混じり者の虐殺は何百年も続いたそうっす。なんせ寿命が長いのもいれば数多く産まれたものもいるし、人ならざる者がいなくなった訳じゃないから新たに生まれる者もいる。私達のように」
私達・・。
その言葉が重く圧しかかる。
「でも、長い時間の中でそれじゃあいけない。混じり者も犠牲者なんだと立ち上がる人たちが現れ、王国に掛け合い、そしてさらに時間を掛けて出来たのがこの保護施設なんすよ」
リンツは、華やぐように笑って両手を広げる。
「ここは混じり者の楽園なんす!」
少女は、リンツの両手を追うように改めて建物の中を見回った。
白く塗られた滑らかな壁、綺麗に掃除され、磨かれた空間、清潔な家具、美味しい料理、自分達を蔑む者はおらず、同じ境遇の仲間達と手を取り合い、静かに日々を過ごすことが出来る。
確かにここは混じり者にとっては楽園なのだろう。
そしてそれは少女に取っても・・・。
「私もここで暮らして行くことになるの?」
それは質問と言うよりも確認であった。
今までの話しの中で自分が勇者達に助けられ、この施設に保護され、治療を受けたということまで理解することが出来た。
それはつまり雪山で絶望のままに死ぬはずだった自分の残った命が尽きるまでこの施設で静かに生きろ、そう言うことなのだろう。
それでいいのかもしれない。
父たる白竜の王が死に、死んだ方がマシと言えるような屈辱を受け、故郷から引き離された。
もう自分には何もない。
それならせめてもう静かに暮らしたい。
怖い思いも痛い思いもせずにこの場所で余生を終えよう。
(きっとそれが私の幸せなんだ)
少女は、ようやく心が楽になった気がした。
何も考えず、何もせず、言われた通りに穏やかに生きる。
千年前の混じり者達には申し訳ないが震えるくらい穏やかな日常を送ることが出来るのだ。
(それが私の幸せ・・)
そう胸中で呟く少女は幸せを噛み締めるというよりも何かを飽きられているかのようだった。
しかし・・・。
「あーっそれなんすけどね」
リンツの大きな目が右に反れる。
まるで言いにくいことを隠してるかのように。
少女は、怪訝に眉を顰める。
「実はっすね。君が暮らすのはここじゃないんすよ」
「えっ?」
少女の目が驚きに大きく見開く。
「いや、最初はここで暮らす予定だったんすよ!」
リンツは、慌てて弁解しだす。
「ただ、王国の助成金が年々少なくなっていって、出稼ぎに出てる大人達の協力だけじゃ子どもならともかく君みたいに大きな子を引き取るのが難しいっていうか・・・だからその・・ね」
リンツは、大きく目を動かし、形の良い唇をモゴモゴ動かす。
「君は、里親に引き取られることになったんす」
「里親⁉︎」
少女の顔が青ざめる。
少女の悲壮な顔を見てリンツはさらに慌てだす。
「だ・・・大丈夫っすよ。どこかの小説にあるようなど変態的な親父に引き取られるとか、顔は美男子で優しそうなのにとんでもない裏面のあるドS貴族とか、ましてや意地悪を絵に描いたような継母でも決してないっすから!」
何を言ってるかまるで分からない。と、言うか彼女はどんな本を日頃、読んでいるのか?
少女は、訳が分からず、ようやく平静になったはずの心が掻き乱されて混乱する。
「えっーとっあのーその里親さんを例えて言うならそのー」
例えなくて言いからちゃんと言って欲しい。
そして何でもするからここにいさせて欲しい。
どんな扱いされても暗黒竜達にされてきたことに比べればきっと耐えられるはずだから。
しかし、そんな少女の思いなんてまるで読み取らずにリンツは思いついたと言わんばかりに手をぽんっと叩く。
「ツンデレ鳶っす!」
「と・・・鳶?ツンデレ?」
まるで結び付かず少女は尚更混乱する。
しかし、リンツは自分の放った表現が的を得てると言わんばかりにすっきりした表情を浮かべる。
「要は見た目は鷹みたいに怖いんですけど、いや、実際に鷹みたいな感じなんすけど実はめっさ真逆で、でもそれを知られたくないからわざと不貞腐れてみせて・・・つまり究極無敵の照れ屋っす!」
分かりやすい道なのに散々迷ってようやく目的地に辿り着いたような勝ち誇った笑みを浮かべてリンツは右腕を伸ばして人差し指を立てる。
しかし、当の道案内された本人である少女は尚更に迷宮の中に入り込んでしまった。
結局、自分はどうなると言うのだろうか?
その時だ。
「誰がツンデレ鳶だ」
少年のような高い声が2人の耳に入る。
その男はいつの間にか2人の座るテーブルの前に立っていた。
少女は、驚く。
リンツとの話しに夢中になっていたとは言え、半竜である自分が目と鼻の先に近づかれても気が付かないなんて。
そして・・・それ以上に。
男は、着流しの黒い着物の衿に右手を入れ、猛禽類のような双眸を細めて2人を睨む。顔を真ん中で真横に割るような大きな傷が鼻の頭の上を走り、血の抜けたような白髪が少し開いた窓から流れる風に揺れる。
少女の脳裏に雪山の記憶、暗黒竜の王と戦い、圧倒的な刀技で追い詰め、そして・・・そして・・、。
(私の心臓を刺した・・・)
男の姿を見てリンツはバツが悪そうに頬を顔を顰める。
「アメノの旦那・・いつの間に・・・」
「旦那じゃねえ」
アメノは、ぶっきらぼうに答える。
そう彼は雪山に突如現れ、暗黒竜達を皆殺しにした勇者一行の1人、アメノであった。
そして・・・。
「俺が里親だ」
その言葉に少女の心臓がどきんっと大きく跳ねた。
恐怖と、まるで喜ぶように。
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