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看取り落語
看取り落語(13)
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「男は、飛び降りるのをやめましたにゃ。理由は自分でも分かっておりません。猫を見たことで興が覚めたのか?それとも猫の愛らしさにやられたのか?」
自分で言うか?
まあ、さっきからずっとアピールしてるか、と師匠は苦笑する。
でも、確かにそうだ。
俺が自殺を止めたのは茶々丸と出会ったからだ。
あいつを見た瞬間、背中を押してた何かがすうっと消えたのだ。
「気がついたら男と猫はフェンスの内側に戻り、公園のベンチに腰掛けておりましたにゃ。男は自分から着かず離れない猫を横目にし、猫は男のことなんて気にした様子も見せずに愛らしく身体を寝そべらせて日向ぼっこを始めましたにゃ」
不思議な空気だった。
初めてあったはずなのに、ただの自殺願望者と公園の野良猫と言うだけなのに何故か意識してしまう。目が離せず、だからと言って深くまでは干渉するのを躊躇ってしまう。
まるで初恋の男女のようだった。
「男は、我慢できずに猫に声をかけますにゃ。"お前さんなんなんだい?"。そんなことを言われても猫が答えるはずがありませんにゃ。猫はニャアすら言わずに男をじっと見るだけで出したにゃ」
あん時は恥ずかしかったなあ。
自分は何をしてるんだ、思わず自答した。
それでも話しかけるのを止めれなかった。
「"俺はよう。死のうと思ったんだ"。男は流れるように吐露しますが猫は聞く耳を持ちません。それどころか後ろ足で耳をカリカリと掻く始末ですにゃ。まあ、痒いものは仕方ありませんにゃ」
こいつ……。
「男は、聞いてもいないのに一人で猫にこれまでの人生を語り始めましたにゃ。猫は身体を丸めて陽の光を楽しみながらBGMのようにそれを聞きました。実際、猫に人間の人生なんて分かりゃしません。猫は基本、食べて、遊んで寝てを繰り返すのがニャン生でございます。そんな複雑怪奇な生き方なんてしなければ望みません。男もそんなことは分かっております。分かっておりますが聞いて欲しい、誰にも話せなかった胸の奥に溜まったものを解き放ちたい。男は涙ながらに話しますにゃ」
その通りだ。
話さずにいられなかった。
それが何の共感もしてくれない猫だと分かっていても一度ひび割れた堰から溢れた水は止まらなかった。
誰でもいい。猫でもいい。
とにかく話しを聞いて欲しかった。
そして奇跡が起きた。
「奇跡が起きましたにゃ」
男の声と茶々丸の声が重なる。
「いや、奇跡と言うか偶然にゃのか?男が話し終えると猫はすっと身体を起こし、両手の前足を男の膝に乗せて身体を伸ばし、男の顔を舐めたのですにゃ」
茶々丸は、大きく舌なめずりする。
「男は、いつの間にか涙を流しておりました。猫はそれに気づきその涙を拭き取るように舐めました。難しい話しなんて分かりません。しかし、男の痛いまでの絶望と悲しみは猫の心に届いたのですにゃ」
あの時は本当に何が起きたのか分からなかった。
なんで猫の顔が目の前にあるのか?
ザラザラした感触はなんなのか?
なんで心がこんなに震えるのか?
何一つ分からなかった。
ただ、間近に迫った猫の顔が死んだ娘の顔と重なって見えた。
そしてそんな猫を見て師匠は思わず口にする。
茶々丸……。
「茶々丸……」
茶々丸が自分の名前をぼそりっと呟く。
師匠は、黄色く濁った目を見開く。
茶々丸は、翡翠の目を細めて師匠を見る。
「それは亡くなった娘が自分の芸名にしたいと考えていた名前でしたにゃ。実際に使われることなく宙ぶらりんとなっていた名前。それがゆっくりと下りて参りましたにゃ」
まさにその通りだ。
あいつを見て、娘と姿が重なった瞬間、隙間に入り込むようにその名前が降りてきた。降りてきて、あいつの身体に入り込んでいきやがった。
「茶々丸と呼ばれた瞬間、猫は一瞬、驚いたような顔をし、ニャーンと嬉しそうに鳴きました。それを見て男も嬉しそうに笑いました。何年かぶりの心の底からの笑顔ですにゃ」
ああっ。
あの時の喜びが蘇る。
あの時は本当に嬉しかった。
幸せが滲み出てきた。
まさか、自分にあんな気持ちの良い感情が再び芽生えるだなんて思いもしなかった。
「男は、よしっ!と膝を叩きますにゃ。猫、茶々丸は驚いて目を丸くし、抗議するように鳴きます。しかし、男は悪びれた様子もなく、にっと大きく笑います。それはかつて落語の舞台で見せた自信と力に溢れた男の顔でしたにゃ」
茶々丸は、嬉しそうに目を大きく開く。
「おいっ茶々丸。男は意気揚々にそう呼びますにゃ。もうそして続け様にこう言いますにゃ」
茶々丸は、目を開き、耳をピンっと伸ばす。
「話を聞いてくれた礼だ。お前に俺の落語を見せてやる!俺の落語をタダで聞けるなんて運が良すぎて鼻血が出るぜ」
師匠の胸にその時感じた高揚が蘇る。
「それじゃあその尖った耳でよく聞きな。猫の皿と言う話しにございます」
茶々丸は、尻尾でパタンっと看取り人の膝を叩く。
「男の落語は日が暮れるまで続きましたにゃ」
自分で言うか?
まあ、さっきからずっとアピールしてるか、と師匠は苦笑する。
でも、確かにそうだ。
俺が自殺を止めたのは茶々丸と出会ったからだ。
あいつを見た瞬間、背中を押してた何かがすうっと消えたのだ。
「気がついたら男と猫はフェンスの内側に戻り、公園のベンチに腰掛けておりましたにゃ。男は自分から着かず離れない猫を横目にし、猫は男のことなんて気にした様子も見せずに愛らしく身体を寝そべらせて日向ぼっこを始めましたにゃ」
不思議な空気だった。
初めてあったはずなのに、ただの自殺願望者と公園の野良猫と言うだけなのに何故か意識してしまう。目が離せず、だからと言って深くまでは干渉するのを躊躇ってしまう。
まるで初恋の男女のようだった。
「男は、我慢できずに猫に声をかけますにゃ。"お前さんなんなんだい?"。そんなことを言われても猫が答えるはずがありませんにゃ。猫はニャアすら言わずに男をじっと見るだけで出したにゃ」
あん時は恥ずかしかったなあ。
自分は何をしてるんだ、思わず自答した。
それでも話しかけるのを止めれなかった。
「"俺はよう。死のうと思ったんだ"。男は流れるように吐露しますが猫は聞く耳を持ちません。それどころか後ろ足で耳をカリカリと掻く始末ですにゃ。まあ、痒いものは仕方ありませんにゃ」
こいつ……。
「男は、聞いてもいないのに一人で猫にこれまでの人生を語り始めましたにゃ。猫は身体を丸めて陽の光を楽しみながらBGMのようにそれを聞きました。実際、猫に人間の人生なんて分かりゃしません。猫は基本、食べて、遊んで寝てを繰り返すのがニャン生でございます。そんな複雑怪奇な生き方なんてしなければ望みません。男もそんなことは分かっております。分かっておりますが聞いて欲しい、誰にも話せなかった胸の奥に溜まったものを解き放ちたい。男は涙ながらに話しますにゃ」
その通りだ。
話さずにいられなかった。
それが何の共感もしてくれない猫だと分かっていても一度ひび割れた堰から溢れた水は止まらなかった。
誰でもいい。猫でもいい。
とにかく話しを聞いて欲しかった。
そして奇跡が起きた。
「奇跡が起きましたにゃ」
男の声と茶々丸の声が重なる。
「いや、奇跡と言うか偶然にゃのか?男が話し終えると猫はすっと身体を起こし、両手の前足を男の膝に乗せて身体を伸ばし、男の顔を舐めたのですにゃ」
茶々丸は、大きく舌なめずりする。
「男は、いつの間にか涙を流しておりました。猫はそれに気づきその涙を拭き取るように舐めました。難しい話しなんて分かりません。しかし、男の痛いまでの絶望と悲しみは猫の心に届いたのですにゃ」
あの時は本当に何が起きたのか分からなかった。
なんで猫の顔が目の前にあるのか?
ザラザラした感触はなんなのか?
なんで心がこんなに震えるのか?
何一つ分からなかった。
ただ、間近に迫った猫の顔が死んだ娘の顔と重なって見えた。
そしてそんな猫を見て師匠は思わず口にする。
茶々丸……。
「茶々丸……」
茶々丸が自分の名前をぼそりっと呟く。
師匠は、黄色く濁った目を見開く。
茶々丸は、翡翠の目を細めて師匠を見る。
「それは亡くなった娘が自分の芸名にしたいと考えていた名前でしたにゃ。実際に使われることなく宙ぶらりんとなっていた名前。それがゆっくりと下りて参りましたにゃ」
まさにその通りだ。
あいつを見て、娘と姿が重なった瞬間、隙間に入り込むようにその名前が降りてきた。降りてきて、あいつの身体に入り込んでいきやがった。
「茶々丸と呼ばれた瞬間、猫は一瞬、驚いたような顔をし、ニャーンと嬉しそうに鳴きました。それを見て男も嬉しそうに笑いました。何年かぶりの心の底からの笑顔ですにゃ」
ああっ。
あの時の喜びが蘇る。
あの時は本当に嬉しかった。
幸せが滲み出てきた。
まさか、自分にあんな気持ちの良い感情が再び芽生えるだなんて思いもしなかった。
「男は、よしっ!と膝を叩きますにゃ。猫、茶々丸は驚いて目を丸くし、抗議するように鳴きます。しかし、男は悪びれた様子もなく、にっと大きく笑います。それはかつて落語の舞台で見せた自信と力に溢れた男の顔でしたにゃ」
茶々丸は、嬉しそうに目を大きく開く。
「おいっ茶々丸。男は意気揚々にそう呼びますにゃ。もうそして続け様にこう言いますにゃ」
茶々丸は、目を開き、耳をピンっと伸ばす。
「話を聞いてくれた礼だ。お前に俺の落語を見せてやる!俺の落語をタダで聞けるなんて運が良すぎて鼻血が出るぜ」
師匠の胸にその時感じた高揚が蘇る。
「それじゃあその尖った耳でよく聞きな。猫の皿と言う話しにございます」
茶々丸は、尻尾でパタンっと看取り人の膝を叩く。
「男の落語は日が暮れるまで続きましたにゃ」
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