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看取り落語
看取り落語(10)
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「真打になってからの男の活躍はまさに飛ぶ鳥を落として猫が食べにくる勢いでございましたにゃ。高座に出れば拍手喝采。肉球がポフポフ鳴り響く。古典を話せば破裂するように笑いが起き、怪談噺をすれば温度が下がって冬眠するように震えがおき、人情噺に涙する。冒頭で鬼才天才と言う話しをしましたが、男はまさにピタリとハマりましたにゃ」
言い過ぎだ、と師匠は思わなかった。
確かにあの頃の俺は鬼才天才の名を欲しいままにしていた。欲しいままに詰め込みすぎてポケットが破れちまった。
「しかし、天才と何かは紙一重と誰かが言いました。鬼才天才の同意語は奇人変人でございます。この男もまさにそれ。プライベートでは類を見ない才能も、一歩外に出れば爪弾きもの個性へと変わりましたにゃ」
師匠は萎みかけた風船のように息を漏らす。
「飲む打つ買う。男の生活はまさにコレで成り立っておりましたにゃ。寄席が終われば弟子を連れて夜が開けるまで飲み続け、暇ができれば賭け事に勤しみ、繁華街に出かければ気に入った女を金にものを合わせて買い漁る。発情期のオス猫の方がまだ節操があると言うものですにゃ」
茶々丸が軽蔑するように翡翠の目を細める。
師匠は、思わず目を背ける。
全部事実だし、否定もする気はないが純朴な目で見られると胸と腹が痛い。
確かにあの頃の自分は調子に乗っていた。
この取り返しのつかない病気になったのもあの頃の悪摂生が原因なのは間違いない。
しかし、それでも思ってしまう。
あのまま悪摂生を続けてお陀仏した方が幸せだったと。
「そんな男にも転機が訪れますにゃ」
茶々丸は、扇子で机を叩くように尻尾を揺らす。
「芸の肥やしも行き過ぎた男の目に余る奇行を治めよう爺さんが縁談を持ってきたのでございますにゃ」
師匠の脳裏にその時の光景が浮かぶ。
「爺さんに、話しがあると呼び出され、用意された酒と肴に舌鼓、猫は舌舐めずりをしながら意気揚々と盛り上がった時に等々に告げられましたにゃ」
"お前、今度見合いだからな"
"はいっ"
「その一部の隙のないタイミングと間に男は疑問すら抱く余裕も持てないままにお見合いをすることとなりましたにゃ」
あん時は、まだまだ大師匠には敵わないと思い知らされたもんだ。あまりの自然な流れに返事をしたことに気がついたのは翌日、酔いが覚めてから。しかも大師匠の奥様という証人まで付いてしまったもんだからもう断ることすら出来なくなってた。
そして師匠は、大師匠の指定した日に指定された場所に渋々迎い……。
「恋に落ちましたにゃ」
彼女は、大師匠の後援会、今でいうファンクラブの会長の一人娘で師匠よりも師匠よりも7つ年下で栗色の髪をした見るからに箱入り娘と印象だった。
正直、見た目だけで言ったら師匠がお金を払って付き合ってきた女性たちには劣る。可愛らしいが美人とは呼べない。身体つきだって年齢よりも小柄で幼い。
しかし、彼女を見た瞬間、師匠の身体に電撃が走り、機械仕掛けの人形のように動き出してしまった。
「男は、彼女を見た瞬間に言いましたにゃ。"私の妻になってください、と。その時の彼女、妻の驚いた表情と言ったら鬼に首でも取られたかのようでしたにゃ」
あの表情を見た時、師匠はてっきり断られると思った。
ひょっとして親に言われて無理無理きたのではないか、落語家なんて水よりも薄く明日の補償もない商売なんて嫌、そう思われたのではないかと思った。
しかし、結果は……。
「不束者ですがお願いしますにゃ」
茶々丸は、笑うように口を開いた。
後から聞いた話しではその時、彼女、妻も断られると思っていたらしい。
師匠の女遊びは落語好きの間では有名だし、夜の歓楽街を綺麗な女性を侍らせて歩いてるのを何度も見かけたので、自分なんか相手にされないと思っていたのだ。
師匠は、その時のことを思い出して浅くため息する。
んな訳ねえだろ。
何百万、何千万、何億積んだってお前以上の女なんていやしねえよ。
それだけおいらはお前に惚れたんだ。
なのに……。
「それからは肉球で軽やかに飛ぶように話しが進み、婚約、結納、そして結婚とキャットタワーを駆け上るように順調に昇っていきましたにゃ。それを機に男は女遊びをぴたりっとやめ、落語会きってのおしどり夫婦と呼ばれるようになりましたにゃ」
そう、本当に幸せだったぜ。
好きな女が出来ることが、結婚することがこんなにいいもんだったなんて初めて知ったぜ。当然だけど。
「そして結婚してから1年後に子宝に恵まれることとなりました。私の子猫の頃のように可愛らしい女の子ですにゃ」
師匠は、目を閉じる。
あの日、生まれた最愛の宝物の顔が頭を埋め尽くす。
「子どもが生まれてからの男はあらっびっくり。夜遊びすらもしなくなり、寄席が終われば先輩方や後輩達の誘いも断って一目散に自宅に戻りますにゃ。妻を紹介した爺さんもあまりの変貌ぶりに呆れます。そして自宅に戻ると二人に愛の言葉を囁きましたにゃ」
愛の言葉なんて大袈裟な。
どこの家族にもあるような日常会話だよ。
しかし、そこから話される会話はどんな落語よりも楽しく愛おしかった。
「娘は成長するに従って妻似の栗色の毛の可愛らしい子に成長しますにゃ。男のことが大好きで妻に連れられて学校が休みの日は必ず寄席に足を運びしたにゃ。そして男の仕事、落語に興味を持ち始め、家に帰れば落語の真似をし、いつしか私も落語家になると言い出しましたにゃ」
師匠の脳裏に娘が嬉しそうに笑いながら"パパ!私落語家になる。もう、名前も決めてるの!"と言ったのが蘇る。
「名前はこの栗色の毛を取って"茶々丸"にするにゃ」
それから十年後、悲劇が起こる。
言い過ぎだ、と師匠は思わなかった。
確かにあの頃の俺は鬼才天才の名を欲しいままにしていた。欲しいままに詰め込みすぎてポケットが破れちまった。
「しかし、天才と何かは紙一重と誰かが言いました。鬼才天才の同意語は奇人変人でございます。この男もまさにそれ。プライベートでは類を見ない才能も、一歩外に出れば爪弾きもの個性へと変わりましたにゃ」
師匠は萎みかけた風船のように息を漏らす。
「飲む打つ買う。男の生活はまさにコレで成り立っておりましたにゃ。寄席が終われば弟子を連れて夜が開けるまで飲み続け、暇ができれば賭け事に勤しみ、繁華街に出かければ気に入った女を金にものを合わせて買い漁る。発情期のオス猫の方がまだ節操があると言うものですにゃ」
茶々丸が軽蔑するように翡翠の目を細める。
師匠は、思わず目を背ける。
全部事実だし、否定もする気はないが純朴な目で見られると胸と腹が痛い。
確かにあの頃の自分は調子に乗っていた。
この取り返しのつかない病気になったのもあの頃の悪摂生が原因なのは間違いない。
しかし、それでも思ってしまう。
あのまま悪摂生を続けてお陀仏した方が幸せだったと。
「そんな男にも転機が訪れますにゃ」
茶々丸は、扇子で机を叩くように尻尾を揺らす。
「芸の肥やしも行き過ぎた男の目に余る奇行を治めよう爺さんが縁談を持ってきたのでございますにゃ」
師匠の脳裏にその時の光景が浮かぶ。
「爺さんに、話しがあると呼び出され、用意された酒と肴に舌鼓、猫は舌舐めずりをしながら意気揚々と盛り上がった時に等々に告げられましたにゃ」
"お前、今度見合いだからな"
"はいっ"
「その一部の隙のないタイミングと間に男は疑問すら抱く余裕も持てないままにお見合いをすることとなりましたにゃ」
あん時は、まだまだ大師匠には敵わないと思い知らされたもんだ。あまりの自然な流れに返事をしたことに気がついたのは翌日、酔いが覚めてから。しかも大師匠の奥様という証人まで付いてしまったもんだからもう断ることすら出来なくなってた。
そして師匠は、大師匠の指定した日に指定された場所に渋々迎い……。
「恋に落ちましたにゃ」
彼女は、大師匠の後援会、今でいうファンクラブの会長の一人娘で師匠よりも師匠よりも7つ年下で栗色の髪をした見るからに箱入り娘と印象だった。
正直、見た目だけで言ったら師匠がお金を払って付き合ってきた女性たちには劣る。可愛らしいが美人とは呼べない。身体つきだって年齢よりも小柄で幼い。
しかし、彼女を見た瞬間、師匠の身体に電撃が走り、機械仕掛けの人形のように動き出してしまった。
「男は、彼女を見た瞬間に言いましたにゃ。"私の妻になってください、と。その時の彼女、妻の驚いた表情と言ったら鬼に首でも取られたかのようでしたにゃ」
あの表情を見た時、師匠はてっきり断られると思った。
ひょっとして親に言われて無理無理きたのではないか、落語家なんて水よりも薄く明日の補償もない商売なんて嫌、そう思われたのではないかと思った。
しかし、結果は……。
「不束者ですがお願いしますにゃ」
茶々丸は、笑うように口を開いた。
後から聞いた話しではその時、彼女、妻も断られると思っていたらしい。
師匠の女遊びは落語好きの間では有名だし、夜の歓楽街を綺麗な女性を侍らせて歩いてるのを何度も見かけたので、自分なんか相手にされないと思っていたのだ。
師匠は、その時のことを思い出して浅くため息する。
んな訳ねえだろ。
何百万、何千万、何億積んだってお前以上の女なんていやしねえよ。
それだけおいらはお前に惚れたんだ。
なのに……。
「それからは肉球で軽やかに飛ぶように話しが進み、婚約、結納、そして結婚とキャットタワーを駆け上るように順調に昇っていきましたにゃ。それを機に男は女遊びをぴたりっとやめ、落語会きってのおしどり夫婦と呼ばれるようになりましたにゃ」
そう、本当に幸せだったぜ。
好きな女が出来ることが、結婚することがこんなにいいもんだったなんて初めて知ったぜ。当然だけど。
「そして結婚してから1年後に子宝に恵まれることとなりました。私の子猫の頃のように可愛らしい女の子ですにゃ」
師匠は、目を閉じる。
あの日、生まれた最愛の宝物の顔が頭を埋め尽くす。
「子どもが生まれてからの男はあらっびっくり。夜遊びすらもしなくなり、寄席が終われば先輩方や後輩達の誘いも断って一目散に自宅に戻りますにゃ。妻を紹介した爺さんもあまりの変貌ぶりに呆れます。そして自宅に戻ると二人に愛の言葉を囁きましたにゃ」
愛の言葉なんて大袈裟な。
どこの家族にもあるような日常会話だよ。
しかし、そこから話される会話はどんな落語よりも楽しく愛おしかった。
「娘は成長するに従って妻似の栗色の毛の可愛らしい子に成長しますにゃ。男のことが大好きで妻に連れられて学校が休みの日は必ず寄席に足を運びしたにゃ。そして男の仕事、落語に興味を持ち始め、家に帰れば落語の真似をし、いつしか私も落語家になると言い出しましたにゃ」
師匠の脳裏に娘が嬉しそうに笑いながら"パパ!私落語家になる。もう、名前も決めてるの!"と言ったのが蘇る。
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それから十年後、悲劇が起こる。
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