看取り人

織部

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看取り落語

看取り落語(8)

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 師匠の目が大きく開く。
(看取り落語?)
 古典でも?創作でもなく⁉︎
 しかし、そんな師匠の疑問を置いて二人の噺は始まる。
「皆様、お気づきかどうかは分かりませんが……私……」
 看取り人は、いや看取り人の声を借りた茶々丸は言葉を溜める。
「猫でございます!」
 淡々とした声でドヤる看取り人、もとい茶々丸に師匠は唖然とする。
「猫と言いますとニャれお気楽、ニャれのんびりして羨ましい、ニャれいつも寝てるなんて言われておりますがこう見えて野良猫だったら餌探しに奮闘し、飼い猫だったらご飯強請ねだるのに甘えたくないのに甘えたりと意外と忙しいのでございますにゃ」
 看取り人は、茶々丸になり切っているつもりなのか、様々なところにニャやにゃで変化を加えながら話すが淡々とした口調は変わらないので違和感が強い。
 これが直弟子なら手に持った扇子を投げつけて怒鳴り散らすところだが、師匠にそんな力はもうない。
 それに何故か彼の話しに、言葉に怒りは湧かなかった。それどころか水のせせらぎを聞いてるような、乾いた心の隙間に染み込むような心地よさすら感じる。
「さて、そんな忙しなく生きてる猫ではございますがにゃ。人間の忙しさにはとてもとても敵いませんにゃ。勤労で勤勉。私達が猫が寝てる頃には働いて、私達が寝てる頃に帰ってくる。まあ、何とも慌ただしい生き物ですにゃ」
 茶々丸は、一呼吸置くように口を開けて……閉じる。
 まるで自分が喋ってるかのように。
 いや、喋っているのだ。看取り人の声を借りて。
「そんな人間ではございますが働いてばかりはいられませんにゃ。心の安定を図るためにも娯楽というものが必要ですにゃ。猫に猫じゃらしがあるように人間にも沢山の娯楽がございますにゃ。食であったり、レジャーであったり、スポーツ、ゲームと多岐多様に渡りますにゃ。そんな娯楽の中でも古いものが落語となりますにゃ」
 落語と言う言葉に師匠の目が震える。
 茶々丸の翡翠の目が師匠にじっと見据える。
「落語というものの起源は非常に古く発祥は江戸時代、滑稽を中心とした落ちサゲつく"落としばなし"のことを指しておりました。その当時は様々な人、それこそ町民から住職まであの手この手と話されたものでございますがいつしか落語家と言う人間が話すようになりましたにゃ」
 茶々丸は、小さく舌舐めずりをする。
「さあ、落語家と言う職業。良く耳にする名前ではございますが一筋縄でいくものではございませんにゃ。それこそ実力、才能、努力、どれだけあっても満たされることのない腕と喋り、そして私のような愛らしさがないと生きていけない世界でございますにゃ」
 最後はいらんだろうと師匠は胸中で突っ込む。
 茶々丸は誇らしげに目を細める。
「そんにゃ熾烈を極める猫の世界、いニャ、落語の世界でございますから生き残っているのも当然ながら鬼才、天才と呼ばれる人間たちがひしめいております」
 怨霊跋扈のように言うな、師匠は思わず苦笑する。
「しかし、鬼才、天才というものは言い方を変えれば奇人変人とも呼ぶことが出来ますにゃ。要は狭い特有の世界では稀有な才能を発揮しても広い世界では適用出来ない、規定と呼ばれる道を歩むことの出来ない人間のことを指しますにゃ」
 看取り人の両手が茶々丸の羽織に触れる。
 茶々丸が小さく唸る。
「これはそんにゃ鬼才と呼ばれた変人と、とある愛らしい猫の話しにございますにゃ」
 茶々丸のピンクの羽織が脱げる。
 茶々丸がふうっと唸って翡翠の目を滾らす。
 本筋が始まる。
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