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看取り落語
看取り落語(2)
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「チャチャチャンチャンチャンッチャチャン」
看取り人は、日曜日の夕方に流れてくる曲を抑揚なく口ずさむ。
それと一緒に彼の膝に乗せられた茶トラ猫が不機嫌に頭を下げさせられる。
先輩は、ほうっと驚いたように切長の右目で看取り人と茶トラ猫のやり取りを見る。
「にゃんにゃん亭茶々丸でございます」
看取り人の文章を棒読みするような名乗りに店長とお客さん達が反応する。
看取り人に握られた茶トラ猫の前足が右へ左と動かさせる。
茶トラ猫の顔が不機嫌に歪む。
「ようやく暦的には春を迎えたのにまだまだ寒い日が続きますが皆様いかがお過ごしでしょうか?」
手紙⁉︎
店長の顔の目が大きく開く。
「いやーこうも寒いと衣替えをいつしたら良いか分からないですねえ。まあ、私の場合は衣替えでなく毛の抜け代わりなんですけどね」
外国人が爆笑する時のように両手の肉球を合わせてポフポフ叩く。
茶トラ猫が小さく唸りだす。
「さあ、猫と言ったらこの話し。猫の皿でございます」
茶トラ猫は、イエイとでも言うように右手を伸ばし、左手を縮めさせられる。
茶トラ猫の目に怪しい光が走る。
「さあ、猫の皿という話ですが・・話ですが・・」
看取り人は、珍しく言葉を言い淀む。
先輩は、首を傾げる。
「どうしたの?」
「冒頭を忘れました」
看取り人は、茶トラ猫が逃げないよう背中を押さえながらスマホを取り出して検索を始める。
「田舎の家々を歩き回って骨董品を集める男が……」
看取り人は、テーブルに置いたスマホで検索した文章を読み始める。
それに合わせて茶トラ猫の腕を動かす。
茶トラ猫の唸りが激しくなる。
「米粒がたくさんついてるがあれは高麗の梅鉢の茶碗に間違いないようだ」
店長とお客さんは看取り人を凝視する。
しかし、それは彼の話が面白いからでは勿論ない。
「可愛い猫でね。この猫を譲ってくれないかい?三両で」
看取り人は、スマホの表示を見ながら茶トラ猫の前足を動かす。
茶トラ猫な唸りが店中に響き始める。
縦目がナイフで切られたように鋭くなる。
看取り人は、三白眼を細め、高らかに茶トラ猫の手を持ち上げる。
「猫を三両で買っていく人がいるんで!」
看取り人が抑揚のない声で高らかに声を上げる。
シャーッア!
茶トラ猫が叫ぶ。
看取り人の手に噛みつき、手が緩んだところを抜け出すと飛び上がって見取り人の顔を思い切り引っ掻く。
先輩は、思わず口を覆う。
茶トラ猫は、お店の中を駆け回ると隅にある古い棚の下に身を潜め、低い声で唸る。
看取り人は、茶トラ猫に引っ掻かれた頬を摩りながら三白眼を猫の隠れた棚に向ける。
「どうやらダメだったみたいですね」
「ダメというか……」
先輩は、店長からバンドエイドをもらってくる。
「今のって……落語なの?」
先輩の言葉に看取り人は心底驚いたように三白眼を広げる。
先輩は、バンドエイドの封を剥がす。
「なんか……やる気のないおままごとを見てるみたいだった」
女の子友達に無理やり付き合わされた男の子、そんな感じにしか見えなかった。
楽しさも面白さも何も伝わらない。
「そうですか……」
看取り人は、三白眼を細め、困ったように顎を摩る。その手にも歯形が付いてるのが分かり、先輩はバンドエイドをもう一枚もらう。
「やはり一長一短ではいかないようですね」
そう言う問題なんだろうかと店長含め客はみんな思ったが口には出さなかった。
それよりもみんなが気になっていたのは棚の下に隠れた猫のことだった。
「ねえ、あの猫って本当にあの"にゃんにゃん亭茶々丸"なの?」
みんなが聞きたがっていた事を先輩が聞く。
「はいっ」
看取り人は、小さく頷く。
「先輩、あの猫知ってるんですか?」
「そりゃ知ってるよ」
そう言って先輩は看取り人の手にバンドエイドを貼る。
「Me-Tubeで有名な落語猫じゃない。10万フォロワーだっけ?テレビでも紹介されたし、猫好きの友達はみんな知ってるよ」
先輩は、切長の右目で茶々丸が隠れた棚の下を見る。
茶々丸は、鼻息荒く、瞳孔を大きく広げて周りを警戒する。
「しばらく新しい動画は更新されてないみたいだけど」
「そうですか」
看取り人も茶々丸の隠れている棚の下を見る。
「所長もそんなこと言ってましたが、知らなかったのでアイ……先生に聞きました」
彼が発した言葉に他意はない。
彼女が昔、猫を飼っていたのをとある看取りの際に聞いていたので、知っているかも知れないと聞いただけだ。
しかし、その言葉に先輩の顔が豹変する。
悲壮と怒りの混じった顔で看取り人を見る。
「で……」
それは長い付き合いの店長ですら聞いたことのない冷たく、低い声だった。
しかし、看取り人は、そんな先輩の変化にも心境にも気づかずに三白眼を向ける。
「何でにゃんにゃん亭茶々丸がここにいるの?」
「仕事です」
看取り人は、いつも通りの口調で答える。
「仕事って……ホスピスの?」
先輩の質問に看取り人は頷く。
「今回の看取りは"にゃんにゃん亭茶々丸"です」
看取り人は、日曜日の夕方に流れてくる曲を抑揚なく口ずさむ。
それと一緒に彼の膝に乗せられた茶トラ猫が不機嫌に頭を下げさせられる。
先輩は、ほうっと驚いたように切長の右目で看取り人と茶トラ猫のやり取りを見る。
「にゃんにゃん亭茶々丸でございます」
看取り人の文章を棒読みするような名乗りに店長とお客さん達が反応する。
看取り人に握られた茶トラ猫の前足が右へ左と動かさせる。
茶トラ猫の顔が不機嫌に歪む。
「ようやく暦的には春を迎えたのにまだまだ寒い日が続きますが皆様いかがお過ごしでしょうか?」
手紙⁉︎
店長の顔の目が大きく開く。
「いやーこうも寒いと衣替えをいつしたら良いか分からないですねえ。まあ、私の場合は衣替えでなく毛の抜け代わりなんですけどね」
外国人が爆笑する時のように両手の肉球を合わせてポフポフ叩く。
茶トラ猫が小さく唸りだす。
「さあ、猫と言ったらこの話し。猫の皿でございます」
茶トラ猫は、イエイとでも言うように右手を伸ばし、左手を縮めさせられる。
茶トラ猫の目に怪しい光が走る。
「さあ、猫の皿という話ですが・・話ですが・・」
看取り人は、珍しく言葉を言い淀む。
先輩は、首を傾げる。
「どうしたの?」
「冒頭を忘れました」
看取り人は、茶トラ猫が逃げないよう背中を押さえながらスマホを取り出して検索を始める。
「田舎の家々を歩き回って骨董品を集める男が……」
看取り人は、テーブルに置いたスマホで検索した文章を読み始める。
それに合わせて茶トラ猫の腕を動かす。
茶トラ猫の唸りが激しくなる。
「米粒がたくさんついてるがあれは高麗の梅鉢の茶碗に間違いないようだ」
店長とお客さんは看取り人を凝視する。
しかし、それは彼の話が面白いからでは勿論ない。
「可愛い猫でね。この猫を譲ってくれないかい?三両で」
看取り人は、スマホの表示を見ながら茶トラ猫の前足を動かす。
茶トラ猫な唸りが店中に響き始める。
縦目がナイフで切られたように鋭くなる。
看取り人は、三白眼を細め、高らかに茶トラ猫の手を持ち上げる。
「猫を三両で買っていく人がいるんで!」
看取り人が抑揚のない声で高らかに声を上げる。
シャーッア!
茶トラ猫が叫ぶ。
看取り人の手に噛みつき、手が緩んだところを抜け出すと飛び上がって見取り人の顔を思い切り引っ掻く。
先輩は、思わず口を覆う。
茶トラ猫は、お店の中を駆け回ると隅にある古い棚の下に身を潜め、低い声で唸る。
看取り人は、茶トラ猫に引っ掻かれた頬を摩りながら三白眼を猫の隠れた棚に向ける。
「どうやらダメだったみたいですね」
「ダメというか……」
先輩は、店長からバンドエイドをもらってくる。
「今のって……落語なの?」
先輩の言葉に看取り人は心底驚いたように三白眼を広げる。
先輩は、バンドエイドの封を剥がす。
「なんか……やる気のないおままごとを見てるみたいだった」
女の子友達に無理やり付き合わされた男の子、そんな感じにしか見えなかった。
楽しさも面白さも何も伝わらない。
「そうですか……」
看取り人は、三白眼を細め、困ったように顎を摩る。その手にも歯形が付いてるのが分かり、先輩はバンドエイドをもう一枚もらう。
「やはり一長一短ではいかないようですね」
そう言う問題なんだろうかと店長含め客はみんな思ったが口には出さなかった。
それよりもみんなが気になっていたのは棚の下に隠れた猫のことだった。
「ねえ、あの猫って本当にあの"にゃんにゃん亭茶々丸"なの?」
みんなが聞きたがっていた事を先輩が聞く。
「はいっ」
看取り人は、小さく頷く。
「先輩、あの猫知ってるんですか?」
「そりゃ知ってるよ」
そう言って先輩は看取り人の手にバンドエイドを貼る。
「Me-Tubeで有名な落語猫じゃない。10万フォロワーだっけ?テレビでも紹介されたし、猫好きの友達はみんな知ってるよ」
先輩は、切長の右目で茶々丸が隠れた棚の下を見る。
茶々丸は、鼻息荒く、瞳孔を大きく広げて周りを警戒する。
「しばらく新しい動画は更新されてないみたいだけど」
「そうですか」
看取り人も茶々丸の隠れている棚の下を見る。
「所長もそんなこと言ってましたが、知らなかったのでアイ……先生に聞きました」
彼が発した言葉に他意はない。
彼女が昔、猫を飼っていたのをとある看取りの際に聞いていたので、知っているかも知れないと聞いただけだ。
しかし、その言葉に先輩の顔が豹変する。
悲壮と怒りの混じった顔で看取り人を見る。
「で……」
それは長い付き合いの店長ですら聞いたことのない冷たく、低い声だった。
しかし、看取り人は、そんな先輩の変化にも心境にも気づかずに三白眼を向ける。
「何でにゃんにゃん亭茶々丸がここにいるの?」
「仕事です」
看取り人は、いつも通りの口調で答える。
「仕事って……ホスピスの?」
先輩の質問に看取り人は頷く。
「今回の看取りは"にゃんにゃん亭茶々丸"です」
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