看取り人

織部

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シウマイ弁当に卵焼き

シウマイ弁当と卵焼き(10)

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 天井を向いたまま母親の目が動く。
 まるでそこに何か映像か文章でも浮かんでいるかのように目が動く。
「私のことはどこまで知ってる?」
 母親は、掠れた声で言う。
 呼吸が微かに荒く、一言喋るだけで痛みが走るように顔を歪める。
「概要程度です」
 看取り人は、小さい声で答える。
「叔母さん・・・貴方の妹の7つ年が上で幼い頃から優等生で通っていたこと。市立大学を優秀な成績で卒業して大手の医療機器メーカーに就職したこと。そして妹さんが大学生の頃に失踪したこと。そこまでです」
「正解だよ」
 母親は、そう呟いて息を短く吐く。
「何故・・失踪されたんですか?」
「・・・深い意味はないよ」
 母親は、天井に書かれた文章を読むように言う。
「別に何かの事件に巻き込まれた訳でも、男に騙された訳でもない。強いていうなら立派な人間でいることに疲れたんだ」
 看取り人は、眉を顰める。
「私はね。努力の人間だったんだ」
 決して頭の良い人間でもなければ運動神経だって人並み、容姿だって妹のような端正な作りではない。
「だから努力した。認められるように努力した」
 別に親にプレッシャーをかけられた訳でもない。勉強が出来ないと貶されるような学校でもなければ友達も優しい子達ばかりだ。
 強いて言うなら・・・。
「妹に認められたかった」
 7つ年下の妹。
 自分と違い、要領が良くて何でも器用にこなし、頭も良く、容姿も淡麗な妹に。
「妹さんは・・・貴方に憧れていたと言ってましたよ」
 看取り人に姉の事を語る叔母さんはとても苦しそうだった。
 叔母さんの知る姉は、まさに理想だった。
 将来、こんな素敵な女性になりたいって思うくらいに輝いていたと言う。
「そう見せてたからだよ」
 母親は、遠い目を天井に向ける。
「あの子の前で私は強い姉、賢い姉をずっと演じていたから」
「何故です?」
 看取り人の質問に母親は苦笑する。
「姉としての見栄・・だね。今にして思えばあの子が生まれ落ちた瞬間から私は見栄を張り続けていたんだ。そして・・・」
 母親は、目を閉じ、そして開ける。
「ある時を境にそれが弾けた」
 大学生になった妹が彼氏を連れてきた。
 高校生の一時期はヤンチャして家族にも自分にも迷惑を掛けていたのにしっかりと更生して姉を追いかけるように市立大学に入学し、しっかりと彼氏まで作っていた。
 その彼氏を見てがっかりした。
 綺麗な顔立ちをした妹が選んだとは思えない平凡な顔立ちをした男。
 きっと自分にはない魅力がたくさんあるのだろうと今にすれば思うが当時の母親はそんな考えに思い至ることもなかった。
 母親の頭を埋め尽くしたのはこんな平凡でつまらない男ばかりを見て、自分に見向きもしなくなった、その事実だった。
 その瞬間に母親の頭は弾けた。
 何のために自分は頑張ってきたのだろう?
 何のために自分の持つ力以上の事をするために全ての楽しみを捨てて努力してきたのだろう?
 一度、そう思ってしまったらもう歯車は止まらなかった。気がついたら会社に辞表を出し、必要最低限の荷物とお金を持って母親は家を出た。
 両親は当然、警察に捜索届を出して母親を探した。
 興信所にも依頼した。
 しかし、母親は見つからなかった。
 母親の隠れ方が上手かった訳でなく、単に運が良かっただけだ。
 母親は、名前を偽り、離れた街のキャバクラでホステスをして過ごした。
 場末の、今まで働いていたところの半分にも満たない給料に福利厚生もしっかりしてない。衛生管理も出来てないから店員が何をしようが知ったことではない。
 放ったらかし。
 そんな言葉がとても似合う職場。
 だから、母親はとても居心地が良かった。
 見栄を張らなくていい。
 格好つけなくていい。
 ありのままの自分を晒してもいい。
 ありとあらゆる縛りから解放された母親がハマったのは男だった。
 母親は、店に来るあらゆる男と寝た。
 会社の役員という男もいれば定年退職した高齢者、そして大学生と名乗る若い男、ありとあらゆる男と寝た。母親は彼らに筆下ろしと快楽を与える身代わりにお金をもらった。かなりの金額だが本格的な店に行くよりは安い。それに見た目の良い母親と行為が出来るなら安いものだと男達は考えていた。
 そんな中、母親は妊娠した。
 この生活を続けてから8年経っての初めての妊娠だった。それが運の良いことなのか悪いことなのかは分からない。しかも、たくさんの男と関係を持ったから誰が父親かも分からない。
 普通なら堕胎を考えるだろう。
 保険には入っていないが日々の泡銭で中絶費用くらいは自費で払えるくらい持っていた。
 それに関係を持った男達を脅して行けば費用くらいは出すだろう。
 しかし、母親は子どもを産むことにした。
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