看取り人

織部

文字の大きさ
21 / 56
最愛

最愛(21)

しおりを挟む
 看護師がやってきて宗介のバイタルと瞳孔の動きを確認する。
「聞こえますかあ?」
 看護師が耳元で声を掛けても反応がない。
 看護師は、優しく宗介の髪を撫でる。
 そして看取り人の前までやってくる。
「恐らく・・あと1時間もないわ」
「・・・そうですか」
 看取り人は、小さく呟く。
「まだ、いる?」
 看取り人は、頷く。
「ええっ仕事ですから」
 看護師は、マスク越しに微笑み、看取り人の肩に手を置く。
「話しかけてあげて。声は、最後まで聞こえてるから」
 看取り人は、小さく頷いた。
 看護師は、宗介に小さく頭を下げて部屋から出ていく。
 沈黙が流れる。
 聞こえるのは不規則になった宗介の呼吸音と酸素の機械の音だけ。
「聞こえますか?」
 看取り人が話しかける。
 宗介は、答えない。
「なんか話しが尻切れ蜻蛉になっちゃいましたね」
 ちょっと前の宗介なら「抜かせ」と言って小さく笑っただろう。しかし、彼の口から漏れるのは不規則な呼吸音だけだ。
「これじゃあ物語として消化不良になっちゃうので・・僕が続きを話してもいいですか?」
 宗介の不規則な呼吸が変微細に変化した気がする。
「アイさんは・・この世界にちゃんといますよ」
 宗介の呼吸が乱れる。
 虚な目が小さく揺れる。
「アイさんは、貴方の前から消える前日に目を覚ましたんだそうです。付き添っていた家族は喜び、アイさんに状況を説明しました。1番上のお兄さんが貴方に連絡しようとしました。でも、アイさんがそれを止めたんだそうです」
 宗介の呼吸が不規則に早くなった気がする。
「アイさんは、お兄さんに言いました」

「お願い・・兄さん・・彼に伝えないで」
 アイは、泣きながら兄に縋り、懇願した。
「私と一緒にいたら彼をまた不幸にしてしまう」
 戸惑う兄。
 しかし、その後ろでずっと黙っていた父親が「分かった」と小さく告げた。
「全て私に任せなさい。お前は・・・何も気にするな」
 そう言って微笑み、優しくアイの肩に手を乗せるその顔はまさに娘を思う父親のものだった。
 
 看取り人は、小さく息を吐き、パソコンのキーボードに目を落とす。
「アイさんは、絶望していたんです。自分がこうなったのも、シーさんが死んだのも自分のせいだって。自分の運命が幸せになることを許さないせいだって」
 看取り人は、話しながら唇を噛み締める。
「彼女は、愛する宗介さん、貴方を自分の運命に巻き込まないために離れることを選んだんです。愛する貴方のために・・」
 宗介の口から呼吸が長く漏れる。
「家族や友達に黙っているようにお願いし、職場を変え、自分を探しにきた興信所にもお金を渡して伝えないようお願いしたそうです」
 看取り人は、顔を上げる。
 その目にうっすらと潤んでいる。
「全ては、宗介さん・・貴方の幸せを願って・・」
 宗介の口から空気が溢れる。
 もうすぐ・・もうすぐ命が消える。
 魂が身体から抜け、激しい後悔と嘆き、そして絶望を持ったまま彼はこの世から消え去ってしまう。
 看取り人は、パソコンの上に置いた拳を握りしめる。
 本当にそれでいいのか?
「貴方は、それでいいんですか!」
 看取り人の声が部屋の中に響き渡る。
 宗介は、何の反応もしない。
「もう直ぐ終わってしまうんですよ!会えなくなってしまうんですよ!この世でもっとも大切な人に!この世で最も最愛な人に!貴方は本当にそれでいいんですか!」
 看取り人の神に向かって吠えるような叫び。
 宗介は、反応しない。
 看取り人の目から涙が一筋流れる。
「後悔しないでください。意地を張らないでください・・自分の気持ちに耳を傾けてください・・・」
 宗介は、祈るように、願うように呟く。
「アイさん・・・」
 ドアが開く。
 髪の長い、妙齢の女性が姿を現す。
 その二重の綺麗な目からは涙が溢れ、愛らしい顔は悲しみに崩れ、華奢だけどがっちりとした身体は震えていた。
 女性は、迷いのない足取りで宗介の眠るベッドに駆け寄り、痩せ細った手を握る。
「宗介・・・」
 少し低い声で女性は、宗介の名前を呼んだ。
 虚であった宗介の目が揺れる。
「宗介・・・宗介ぇ!ごめんなさい・・宗介ぇぇ!」
 女性は・・・アイは、泣きながら宗介の名前を呼び続ける。
 アイに握られた宗介の手が弱々しく動き、握る。
 呼吸と共に宗介の唇が小さく動く。
 その口からは声は出ない。
 しかし、アイには分かった。
 彼が自分の名前を呼んでくれたことに。
「宗介」
 アイは、ベッドに横たわった彼の身体を優しく抱きしめた。
「ずっと・・・ずっと一緒にいるからね」
 宗介の手が力なく、アイの背中に添えられる。
 まるで抱きしめるように。
「宗介・・・愛してるよ・・宗介・・」
 看取り人は、パソコンを閉じて立ち上がる。
 2人にゆっくりと頭を下げ、部屋から出ていく。
 小さく息を吐き、奥のエレベーターに向かって歩いていくとアイの慟哭の声が聞こえた。
 看取り人は、歩みを止め、目を閉じる。
「どうぞ安らかに。ご冥福をお祈り致します」
 宗介は、天に召された宗介を思い浮かべた。
 安らいだ笑みを浮かべた、宗介の顔を。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

処理中です...