看取り人

織部

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最愛

最愛(19)

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 区を2つ跨いで見つけたリストランテで食事をするとようやく気持ちが落ち着いた。初老の店長がやっている個人の小さな店であったがメニューは豊富で素材の味を生かしたピッツァやパスタ、羊肉の煮込みは絶品で下手したらホテルで食べるよりも美味いのではないかと感じた。赤ワインのボトルを開けていつも以上に飲んでから店を出ると2人で大きな川の舗装された土手を歩きながりさっきあったことを話した。
 街灯だけの川は墨を落としたように黒く、風が少し冷たかった。
「シーちゃんが?」
 案の定、アイは驚いて目を丸くする。
「ああっ突然のことに俺も驚いたよ」
 あの時の恐怖は、酒の力を借りても中々に薄まらない。
「そんな・・・でも・・」
 アイは、戸惑ったように口元に手を当てる。
 その様子なら宗介は、訝しむ。
「アイ・・彼女に会ったのか?」
 宗介の問いにアイは頷く。
「彼女・・今日。うちの学校の生徒たちの検診に研修医として来たの」
 宗介の目が大きく開く。
「彼女を見た瞬間にすぐにシーちゃんって気づいたわ。あっちも私に気づいて声を掛けてきた」
「何を話したんだ?」
「特には。生徒もいたし。私もあの事があったから妙に辿々しくなっちゃって・・・」
 アイの表情が暗がりの中でも青ざめていくのが分かる。
 あの時のことを思い出しているのだろう。
「ごめん。変なことを聞いた」
 宗介が謝るとアイは首を横に振る。
「とりあえず何かされる訳ではないと思うけど気をつけよう」
「うんっ」
 アイは、そう言ってにこやかに微笑んだ。
 宗介は、空を見上げた。
 満月が黄金に光り、柔らかく浮かんでいる。
 川の流れる音は心地よく、冷たく感じた風も歩くと身体がら温まるからか気持ち良い。
 宗介は、月を見て目を細める。
 三日月なら今日は辞めるつもりだった。
 しかし、この満月ならいいだろう。
 アイは、宗介の態度を訝しみ、首を傾げる。
 宗介は、左のポケットに入れてあったものを取り出す。
 それは、明るい青色の小さな箱であった。
 宗介は、アイと向かい合う。
 アイは、宗介から緊張と焦燥、そして強い決意を感じて思わず背筋を伸ばした。
「アイさん・・」
 アイのことをそう呼んだのは何年ぶりだろう?
「はいっ」
 アイの声は、思わず上ずる。
 その仕草は年上とは思えないぐらいに可愛らしい。もう自分たちは教育実習生と生徒には戻れないのだと感じ、寂しさと同時に心が温かくなる。
 宗介は、青い箱をアイの前に差し出し、その蓋を開ける。
 アイの目が大きく見開いて輝く。
 それは赤いリンゴの形を模した宝石を付けた指輪であった。艶やかで透明感のあるリンゴ型の宝石の周りには小さなダイヤがら散りばめられていた。
「俺たち・・・籍はどうしても入れることは出来ないから・・・」
 宗介は、申し訳なさそうに口籠る。
「せめてこの指輪だけでも贈りたいと思ったんだ。本当は大きなダイヤモンドが良いのかも知らないけど、この指輪を見た瞬間にアイの顔が浮かんだんだ・・・」
 アイは、驚いて顔を上げる。
「私の・・・顔が?」
 宗介は、頷く。
「この赤い色が初めてアイにあった時の夕日に照らされたアイの顔にそっくりでさ。とても愛らしくて、目が離せなくて・・・」
 宗介は、気づいているのだろうか?自分が惚気ていることに?アイの顔は、リンゴのように真っ赤であった。
「そしてこの赤いリンゴの意味を聞いた瞬間、俺は手を伸ばさずにはいられなかった」
「リンゴの・・意味?」
 アイは、眉根を寄せる。
 宗介は、小さく深呼吸をする。
「リンゴの丸い形は永遠を意味する。そしてヨーロッパでは愛の象徴・・つまり永遠の愛だ」
 宗介は、箱から指輪を優しく取る。そしてアイに左を前に出すように言う。アイは、言われるがままに左手を出す。宗介は、そっとアイの左手を持つと薬指にゆっくりと赤リンゴの指輪を嵌める。
 ぴったりだった。
「・・・俺と永遠に一緒にいてくれるかい?」
 宗介の言葉にアイの目から静かに大きな涙が流れる。
「・・・はいっ」
 その瞬間、2人はお互いを抱きしめ合い、口付けを交わした。
 甘く、熱く、リンゴを食べるように官能的に愛を込めてお互いの愛を確認しあった。
 自分たちは永遠に一緒にいる。
 そう信じて疑わなかった。
 ・・・・
 ・・・・
 ・・・・
 しかし、神様は、残酷だった。
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