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3巻

3-2

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「これでだいぶ攻撃力も上がってきました」

 レクスはそんなことを言いながら、一息ついた。
 これで倒したオークの数は十体になった。
 レクスはオークを倒す度に攻撃力と『攻撃力上昇』ばかり取っているのだが、それには理由があり、自分の足りないところを補いつつ、取れるステータスの中で一番数値が高いものを選んでいるからだ。

「レクス」

 ミーシャに呼ばれ、レクスがそちらを向くと――

「ブモオオオオオォォォォ!!」

 そこには、六体のオークが立っていた。
 仲間を殺されたことに怒っているのか、大声でわめいている。
 レクスはすぐさま戦闘体勢を取るが、ミーシャがレクスを手で制した。

「レクス。次は私達に任せて」

 ミーシャはレクスにそう言った。レクスがエレナとレインに視線を向けると、二人共コクッと頷いた。

「わかりました。じゃあ、任せますよ」

 エレナ、ミーシャはレクスの返事に満足したのか、彼に微笑み返し、戦闘体勢に入った。

「ブモオオオォォォォ!!」

 オークは一斉にエレナ達に襲いかかる。
 その手には棍棒。しかし、スピードはかなり遅い。

「炎と風よ……今、交わりて敵をぬけ……『炎風槍フレイムウィンドシュペーア』……!」
「土よ、我が前に結集し、無数の針となれ……『土雨アースレイン』!」

 二人が呪文を唱えると、エレナの目の前に風を纏った炎の槍が形成され、ミーシャの目の前には、数十個の茶色の魔法陣が出現した。
 さらにレインは水魔法を発動するべく、水色の魔法陣を展開している。
 そして、それぞれの魔法が発射された。

「ブモオオオオォォォォ!?」

 エレナの風を纏った炎の槍、ミーシャの土属性の針、レインの水属性の刃が見事オークに的中する。
 オークは、身体を二つにスパァーン! と切りかれたり、身体をつらぬかれたりして、そのまま地面に倒れた。

「魔法を合成ですか……そんなの今まで考えた事もありませんでした」

 レクスはエレナの魔法『炎風槍』を見て、素直に感心していた。
 今までは魔法を合成するまでもなく、魔物を倒せていたので、そんなことは頭に浮かばなかったのだ。

「組み合わせによっては威力が格段に上がりますよね。今のエレナの魔法もスピードが上がってましたし……今度試してみましょう」

 レクスは、楽しげな表情でそう呟くと、オークのステータスから再び攻撃力と『攻撃力上昇』を取りまくる。
 その後、冒険者ギルドに依頼完了を報告し、報酬を受け取った。


     ***


「くそっ……早くどうにかしないとっ」

 藍色あいいろがかった髪の少年――リシャルトはあせっていた。
 リシャルトは現在、留学という形をとって一時的に領地を出てセレニア王国のシルリス学園に通っているのだが、領地のことが気がかりで仕方なかった。
 いや、正確には、その領地を治めている両親のことが心配だった。
 両親は「大丈夫だから、安心して学園に通ってきなさい」と言っていたが、楽観視できる事態じゃないということは、リシャルトもわかっている。

「何かないか、何か……」

 頭をがしがしときながら考えを巡らせる。

(やはり、協力を求めるしかないのだろうか。だが、あまり人に迷惑をかけるわけにも……)

 少年は思考の迷路に入ってしまった。


     ***


「…………」

 最近、リシャルトは悩むような仕草をすることが増えた。現に今もリシャルトは教室の自分の席に座って何か考え込んでいた。
 レクスはそんなリシャルトが気になり、話しかける。

「リシャルトさん、どうかしましたか? 何か悩んでいるみたいですが……」
「え? ……いや、なんでもないよ。ちょっとボーッとしてただけ」
「……そうなんですね」

 その表情はなんでもない人のそれではない。
 何かあるのかもしれない、とレクスは思った。


「……っていうわけなんですけど、絶対に何かあると思うんですよ」

 休み時間になり、レクスはリシャルトの様子をフィオナ達に話していた。

「そうね。普段、あれだけお気楽なんだから、それはおかしいわ」
「お気楽って……」

 フィオナの言葉にキャロルは苦笑した。

「……そういえば、リシャルトは授業が終わったらいつも真っ先に帰ってる」

 ルリが手をあごに当て、ボソッと呟いた。
 確かにリシャルトは授業が終わった後、いつもレクス達が声をかける前に帰っていた。レクスはリシャルトがただ単に早く帰りたいだけだと思っていたのだが、もしそうでないとすれば……
 キャロルが面白そうに言う。

「なら、リシャルトの後をつけてみようぜっ!」
「……そうね、つければわかることよ!」

 フィオナがびしっと指をさしてキャロルに賛同した。ルリも追従するようにコクコクと頷く。

「え、でも……」

 レクスがためらいつつ口を開くが、キャロルに詰め寄られる。

「つければ、リシャルトが元気がない理由がわかるかもしれないぞ?」
「そうそう、ついでに弱みも……」
「弱みを握る必要はなくないですか?」

 フィオナの言葉に苦笑するレクス。彼はしばし考えると、やがて顔を上げる。

「そうですね……行動しないことには何もわかりませんしね。人のプライベートを覗くようであまり気は進みませんが、尾行びこうしますか」


 「では、今日はここまでっす~。皆さん、お疲れっす~」
 魔法の座学担当教師、コーディがそう言って教室を出ていった。
 これが今日の最後の授業だ。
 シルリス学園では、最後の授業が終わるとすぐに帰っていいことになっている。重要な連絡がある時には担任の先生──レクス達のSクラスは学園の理事長でフィアの友人でもあるウルハ──が来るが、そう頻繁ひんぱんにはない。
 今日も授業が終わるとリシャルトはそそくさと帰る準備をして、誰にも話しかけることなく、そのまま教室を出ていってしまった。

「よし……尾行開始だなっ!」

 キャロルはどこから取り出したのか、眼鏡をかけてくいくいっと上げるような仕草をする。

「えっ、どっから出したの、その眼鏡」

 ルリが尋ねると、キャロルはなぜか目をそらして答える。

「これ、うちの父親の眼鏡なんだー。なんか、たまたまポケットに入ってた」
「……たまたま?」

 じと目でキャロルを見るルリ。

「い、いや、決して、眼鏡かけるとかっこよさそうだから、なんかあった時に使えるように持っとこーとか思ったわけじゃないからなっ! うっ……気持ち悪い」

 キャロルはさっと眼鏡を外してポケットにしまった。度が強すぎて、ってしまったようだ。

「ったく、ほら、そんなことしてたらリシャルトを見失っちゃうわよ」

 フィオナが呆れたように溜め息をついた。
 こうして、レクス達はリシャルトの尾行を開始するのだった。


     ***


「なんか妙に早足ね」
「そうですね」

 レクスはフィオナの言葉に頷いた。
 リシャルトはフィオナの言う通り、早足で廊下を歩いていた。結構急いでいるようだ。
 リシャルトが時々後ろを振り返るので、レクス達は見つかるかもと冷や冷やしながら追っていく。
 しばらくすると、レクス達はある場所にたどり着いた。リシャルトの目的地は意外にも学園内だったようだ。
 フィオナが呟く。

「図書館……?」
「っていうか、シルリス学園にも図書館ってあったんですね」
「当たり前だろ~?」

 レクスの言葉を聞いたキャロルが、呆れたようにそう言った。ルリはその後ろでコクコクと頷いている。
 レクス達は図書館に入っていくリシャルトの後ろについて入っていった。

「何か調べものをしてるみたいだな……」

 キャロルがリシャルトの行動を観察しながら呟いた。
 リシャルトは主に魔法関係の本を見ているみたいだ。中でも多いのが、光魔法と闇魔法についての本。これだけなら、熱心に魔法の勉強をしてるだけに見えるが、彼はその後、学園を出て別の場所に移動した。

「ここは、冒険者ギルドの訓練場?」

 リシャルトを追ってレクス達が到着したのは、冒険者ギルドから少し離れた場所にある訓練場だ。

「なんか鬼気迫ききせまる表情で魔法を撃ちまくってるんだけど……」

 フィオナが少し引いたように言った。
 確かにリシャルトは、一心不乱いっしんふらんにそこかしこに魔法を撃ち続けていた。まるで何かにとりつかれたようだ。
 しばらくすると魔法を発動するのをやめ、休憩のためか訓練場の端っこで図書館で借りた本を読みながら、汗をぬぐっていた。

「んー……やっぱり何かおかしいわね」
「まあ、結局何が原因かわかんなかったなー」

 その後も観察を続けたが、リシャルトが思い悩む理由は判明しなかった。

「もう、明日直接聞いてみた方がいいんじゃないでしょうか」

 レクスは皆にそう提案する。
 わからない以上、普通に本人に聞いた方が早い。
 もしかすると答えるのをしぶられるかもしれないが、仮にも友人が悩んでいるのであれば力になってあげたい。それに、リシャルトに何か起きてからでは、見過ごしたことを後悔する。レクスはそんなことを考えていた。

「……そうね」
「そうだな」
「……直接聞くべき」

 フィオナもキャロルもルリも、優しい笑みを浮かべながらそう言った。
 皆、リシャルトが困っているのなら、手を差し伸べたいのだ。


     ***


 その翌日――

「「「「「「いってらっしゃい、レクス君」」」」」」

 レクスが居候先のネスラ家を出る時、いつも通りメイド達が見送った。

「気をつけて行ってくるんだよ、レクス」
「怪我するんじゃないぞ」
「レクス……早く帰ってきてね……昨日みたいに遅く帰ってきたらダメだよ……?」
「そうよー! 帰ってきてたっくさん魔力を吸わせるのよ!」
《ご主人、行ってらっしゃーい》

 フィア、セレス、エレナ、ミーシャ、レインがそれぞれレクスに言葉をかけた。
 ちなみに魔物のレインは、スキル『思念伝達しねんでんたつ』でレクスの頭に直接話しかけている。
 レクスは笑みを浮かべながら、それらの言葉を背に学園に向かった。


「う~ん……」

 今日も今日とてリシャルトは考え込んでいた。
 以前よりも口数が減っており、快活な雰囲気もなくなってきている。レクスは意を決して話しかけることにした。

「リシャルトさん、やっぱり何かありましたか? 昨日もそんな感じでしたが……」
「いや、だから何もないって……」
「昨日、あなたの後をつけたのよ、リシャルト」

 フィオナがリシャルトの後ろで仁王立におうだちして言った。
 レクスは遠回しに追及するつもりだったが、フィオナがド直球に聞いてしまったので、慌ててしまう。

(フィ、フィオナさん……!?)
(大丈夫、任せなさい!)

 パチンッとレクスにウィンクするフィオナ。
 安心できるような要素がどこにもない気がするのだが、ここまで自信満々なところを見ると、フィオナには何か策があるのかもしれない。ここは任せてみようと、レクスは思った。

「あ、後をつけた……?」

 リシャルトが呆然とした顔で呟くと、フィオナは頷く。

「ええ。必死にいろいろやっていたみたいだけれど、事情を話してもらえない? リシャルトが困ってるなら、私達もできる限り力になってあげたいと思って」
「あ、後をつけられてた……? ど、どうしよう……いや、でも、行き詰まってたわけだし……」

 リシャルトはいまだに状況をみこめていないようで、ぶつぶつと呟いていた。やはり、いきなりの暴露ばくろはよくなかったのでは? と、レクスは思ってしまう。
 しかし――

「いずればれるだろうし、まあ、仕方ないか……」

 言うつもりはなかったが、こうなった以上、もう巻き込んでしまおうとリシャルトは考えた。
 自分一人で解決できる問題ではなかったので、ちょうど良い機会なのかもしれない。

「実は……」

 リシャルトがずっと顔をしかめて考えていたことはなんだったのか。レクスとフィオナは思わずごくりとつばを呑む。

「……うちに幽霊ゆうれいが出るんだ」
「「……………………は?」」

 聞き間違いでなければ、リシャルトは幽霊と言った。その答えに今度はレクス達が呆然とする番だった。
 リシャルトが続ける。

「俺の実家に古い蔵があるんだけど、そこに幽霊が住みついてるみたいで……な声が聞こえるんだ……!」

 真剣な声音で話しているところ悪いと思ったが、レクスは言わずにはいられなかった。

「え、それだけですか?」
「それだけって……それがやばいんだよー!」

 リシャルトが頭を抱えながら叫んだ。
 どうやら彼は幽霊が苦手のようだ。幽霊のことを思い出しているのか、今も顔が真っ青である。
 そもそも、レクスは幽霊というものを見たことがない。本当にいるかどうかも疑わしいくらいである。

「……なんか、あれだけ言っておいてなんだけど、聞いて損した気分だわ」
「なんで!?」

 フィオナの言葉を聞いて、リシャルトは涙目になる。珍しい光景だ。

「まあ、一応リシャルトが悩んでいる原因はわかったことだし、キャロル達にも伝えましょうか。気になっていると思うわ」


     ***


 授業が全て終わり、レクス達は下校のため校門前に集合していた。

「ぷっ、あはははは! 幽霊!? そんなのにびびってたんかよ!」
「……幽、霊……」

 キャロルはき出すように笑っていた。ルリもプルプルとしているし、恐らく笑いをこらえているのだろう。
 リシャルトはそんな二人の反応を見て、顔を真っ赤にしていた。

「い、いや、笑い事じゃないって! 本当なんだよー!」

 リシャルトがそう叫ぶも、キャロルとルリの笑いは止まらない。

「つーか、そんなに怖いなら、私達が退治してやろーか?」
「キャロル、あなた幽霊退治できるような魔法使えないでしょ」
「まあ、確かに光魔法は明かりをともすくらいが限界だけどな~。まあ、レクスがいればなんとかなるでしょっ!」

 フィオナの指摘を気にした様子もなく、キャロルはポンポンとレクスの肩を強く叩きながらそう言った。

「え、本当に!? 退治してくれるの!? それなら、今度の長期休暇の時にうちに来てやっつけてくれ!」

 リシャルトが途端に明るい表情を浮かべた。
 彼の言う通り、期末テストが終わったら長期休暇が始まる。レクスは長期休暇中にやりたいことをいろいろ考えていたが、友達の家に行くというのはなかなか良いかもしれない。
 レクスはこの前訪れたフィオナの屋敷以外、あまり友達の家に行ったことがなかったので、幽霊退治云々うんぬんはさておき、リシャルトの家には行ってみたいと思った。

「調査も兼ねて、リシャルトさんの家に遊びに行くのは面白そうですね」
「そうだなっ!」
「そうね」
「……うんうん」

 レクスの言葉に、キャロル、フィオナ、ルリが頷いた。

「ありがとう……!」

 リシャルトは心底安心したようにお礼を言ってきた。
 レクス達の目的の半分以上は〝遊びに行きたい〟というものだったが、リシャルトの不安を取り除いてあげたい気持ちも多少はあるので、レクス達は調査を少しだけやって幽霊はいないと証明しようと心に決めた。
 フィオナが口を開く。

「まあ、まずは期末テストね。赤点取ったら補習らしいし」
「そうですね。頑張らないとですね」

 リシャルトの家に行くのも良いが、まずは期末テストの突破からだ。

     
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