咲かない桜

御伽 白

文字の大きさ
上 下
29 / 352
1章

Part 29 『超えられない壁』

しおりを挟む
 温泉に俺達は来ていた。温泉の独特の匂いのするこの空間が、なんとなく落ち着く。

 温泉と言ってもそれほど大きなものではなく、2、3個、小さな露天風呂がある場所だ。

 田舎でもそれなりに人がいるようでちらほらと普通の人がいる。コンもウチガネさんも人間に変装するのは得意らしいので、特に問題はないだろう。

 今日に関しては、ほとんどサクヤと関わる時間がなかったのだが、今日も終電で帰ってしまった。

 真冬さんが言うには、晩御飯は食べて帰ったそうなので、そういうところはちゃっかりしていると思う。

 しかし、今回のお使いに関して、サクヤの仕事がほとんどない気がするのだ。むしろ、俺ばかりに負担がかかっているような気がする。

 湯船に浸かりながらそんなことを考えていると、ウチガネが隣に座ってくる。本当に筋肉質だ。

 「なんだ。人の体ジロジロと見て、まさか、お前、こっち系なのか?」

 「違いますよ。すげぇ鍛えてるなと思っただけですよ。」

 「まあ、体は鍛えておいて無駄にはなんねぇからな。日向は、もうちょっと筋肉つけたほうがいいな。」

 「まあ、細いですからね。」

 「コンが初めて来た時もお前みたいな爪楊枝みたいな腕してやがったな。」

 「いくら俺の腕細いって言っても爪楊枝よりはしっかりとした腕がついてると思うんですが・・・」

 ガハハと笑うウチガネに若干、ムッとしながら言葉を返す。

 「コンは、やっぱり結構やってるんですか?」

 「ああ、もう、10年ぐらいは、弟子をやってる。」

 「10年ですか? そんなに・・・」

 「いきなり、俺んところに押しかけてきてな。弟子にしてくださいっす! なんて言ってきやがった。最初は断ってたんだがな。毎日毎日来るもんでこっちが根負けしちまった。根性だけはあるからな。あいつは・・・」

 悪態をつきながらもその表情は楽しそうだ。コンは別の風呂で見知らぬおじさんと雑談していた。

 「コンは、将来的にはウチガネさんを継ぐんですか? ああいう刀鍛冶って後継者を作るイメージなんですけど・・・」

 「コンには、俺の名は継がせられねぇ。」

 俺の質問に対してすぐにウチガネさんは言葉を返す。まるで初めから決めていたようだ。

 「それは、才能の問題ですか?」

 確かにウチガネさんとの次元が違うとは思った。しかし、10年も続けているのだ。後継者に育てる事も視野に入れていてもおかしくないのに・・・

 「いや、才能はある。このままいけば、十分食っていけるだけの職人になるだろうよ。」

 「え? だったら・・・」

 「だが、俺の後は継がせられねぇ。お前は、俺の事をどんな刀鍛冶だって聞いてきた?」

 「え、それは、妖刀を作れる凄腕の刀鍛冶って・・・」

 「そうだ。俺は打つ刀が全部妖刀やらそういう類のもんになる。これは、体質的なもんで、逆に妖刀以外は作れねぇ。つまりは、教えることができねぇ。俺の名を継ぐってことは、客は、妖刀を求めてくる。だが、今のあいつには、妖刀は打てねぇ。」

 つまりは、客の求めるものを提供できない。客が求めるものを提供できない商売はすぐに無理がくる。例え、それが良いものであってもその根幹が抜けて入れば、すぐガタがくる。

 「本来なら俺なんかに弟子入りなんてせずに他の普通の刀鍛冶のとこに行けばよかったんだ。そうすりゃあ、間違いなく将来安泰だ。そう、何度も言ったんだがな。あいつは頑固だからな。いう事をききやしねぇ。」

 「コンは、ウチガネさんがいいと思ったんですよ。多分、妖刀を作れるだけじゃなくて、技量とかそういう部分で・・・。それに大丈夫ですよ。」

 「何が?」

 「その程度の逆境で折れるような奴なら10年もウチガネさんの所で修行なんてやりませんよ。きっと・・・」

 明らかな実力差を見せつけられ続けても、コンはウチガネさんの仕事を見続けてきたのだ。今更、その程度の問題でダメになるようなメンタルなわけがない。

 「言うじゃねぇか。一丁前に・・・」

 ウチガネさんは、笑いながら、大きな腕で俺の頭を荒っぽく撫でた。

 「コンと仲良くやってやってくれや。あいつは、俺の仕事につきっきりだったからな。友達って呼べるもんがいねぇんだ。」

 そんな話を俺にするその姿は、師匠というよりは、父親のようだった。

 「はい。勿論、コンはいい奴ですしね。」

 俺は、ウチガネの言葉にそう言って返したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

ずっと君のこと ──妻の不倫

家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。 余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。 しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。 医師からの検査の結果が「性感染症」。 鷹也には全く身に覚えがなかった。 ※1話は約1000文字と少なめです。 ※111話、約10万文字で完結します。

【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

処理中です...