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1章
Part 29 『超えられない壁』
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温泉に俺達は来ていた。温泉の独特の匂いのするこの空間が、なんとなく落ち着く。
温泉と言ってもそれほど大きなものではなく、2、3個、小さな露天風呂がある場所だ。
田舎でもそれなりに人がいるようでちらほらと普通の人がいる。コンもウチガネさんも人間に変装するのは得意らしいので、特に問題はないだろう。
今日に関しては、ほとんどサクヤと関わる時間がなかったのだが、今日も終電で帰ってしまった。
真冬さんが言うには、晩御飯は食べて帰ったそうなので、そういうところはちゃっかりしていると思う。
しかし、今回のお使いに関して、サクヤの仕事がほとんどない気がするのだ。むしろ、俺ばかりに負担がかかっているような気がする。
湯船に浸かりながらそんなことを考えていると、ウチガネが隣に座ってくる。本当に筋肉質だ。
「なんだ。人の体ジロジロと見て、まさか、お前、こっち系なのか?」
「違いますよ。すげぇ鍛えてるなと思っただけですよ。」
「まあ、体は鍛えておいて無駄にはなんねぇからな。日向は、もうちょっと筋肉つけたほうがいいな。」
「まあ、細いですからね。」
「コンが初めて来た時もお前みたいな爪楊枝みたいな腕してやがったな。」
「いくら俺の腕細いって言っても爪楊枝よりはしっかりとした腕がついてると思うんですが・・・」
ガハハと笑うウチガネに若干、ムッとしながら言葉を返す。
「コンは、やっぱり結構やってるんですか?」
「ああ、もう、10年ぐらいは、弟子をやってる。」
「10年ですか? そんなに・・・」
「いきなり、俺んところに押しかけてきてな。弟子にしてくださいっす! なんて言ってきやがった。最初は断ってたんだがな。毎日毎日来るもんでこっちが根負けしちまった。根性だけはあるからな。あいつは・・・」
悪態をつきながらもその表情は楽しそうだ。コンは別の風呂で見知らぬおじさんと雑談していた。
「コンは、将来的にはウチガネさんを継ぐんですか? ああいう刀鍛冶って後継者を作るイメージなんですけど・・・」
「コンには、俺の名は継がせられねぇ。」
俺の質問に対してすぐにウチガネさんは言葉を返す。まるで初めから決めていたようだ。
「それは、才能の問題ですか?」
確かにウチガネさんとの次元が違うとは思った。しかし、10年も続けているのだ。後継者に育てる事も視野に入れていてもおかしくないのに・・・
「いや、才能はある。このままいけば、十分食っていけるだけの職人になるだろうよ。」
「え? だったら・・・」
「だが、俺の後は継がせられねぇ。お前は、俺の事をどんな刀鍛冶だって聞いてきた?」
「え、それは、妖刀を作れる凄腕の刀鍛冶って・・・」
「そうだ。俺は打つ刀が全部妖刀やらそういう類のもんになる。これは、体質的なもんで、逆に妖刀以外は作れねぇ。つまりは、教えることができねぇ。俺の名を継ぐってことは、客は、妖刀を求めてくる。だが、今のあいつには、妖刀は打てねぇ。」
つまりは、客の求めるものを提供できない。客が求めるものを提供できない商売はすぐに無理がくる。例え、それが良いものであってもその根幹が抜けて入れば、すぐガタがくる。
「本来なら俺なんかに弟子入りなんてせずに他の普通の刀鍛冶のとこに行けばよかったんだ。そうすりゃあ、間違いなく将来安泰だ。そう、何度も言ったんだがな。あいつは頑固だからな。いう事をききやしねぇ。」
「コンは、ウチガネさんがいいと思ったんですよ。多分、妖刀を作れるだけじゃなくて、技量とかそういう部分で・・・。それに大丈夫ですよ。」
「何が?」
「その程度の逆境で折れるような奴なら10年もウチガネさんの所で修行なんてやりませんよ。きっと・・・」
明らかな実力差を見せつけられ続けても、コンはウチガネさんの仕事を見続けてきたのだ。今更、その程度の問題でダメになるようなメンタルなわけがない。
「言うじゃねぇか。一丁前に・・・」
ウチガネさんは、笑いながら、大きな腕で俺の頭を荒っぽく撫でた。
「コンと仲良くやってやってくれや。あいつは、俺の仕事につきっきりだったからな。友達って呼べるもんがいねぇんだ。」
そんな話を俺にするその姿は、師匠というよりは、父親のようだった。
「はい。勿論、コンはいい奴ですしね。」
俺は、ウチガネの言葉にそう言って返したのだった。
温泉と言ってもそれほど大きなものではなく、2、3個、小さな露天風呂がある場所だ。
田舎でもそれなりに人がいるようでちらほらと普通の人がいる。コンもウチガネさんも人間に変装するのは得意らしいので、特に問題はないだろう。
今日に関しては、ほとんどサクヤと関わる時間がなかったのだが、今日も終電で帰ってしまった。
真冬さんが言うには、晩御飯は食べて帰ったそうなので、そういうところはちゃっかりしていると思う。
しかし、今回のお使いに関して、サクヤの仕事がほとんどない気がするのだ。むしろ、俺ばかりに負担がかかっているような気がする。
湯船に浸かりながらそんなことを考えていると、ウチガネが隣に座ってくる。本当に筋肉質だ。
「なんだ。人の体ジロジロと見て、まさか、お前、こっち系なのか?」
「違いますよ。すげぇ鍛えてるなと思っただけですよ。」
「まあ、体は鍛えておいて無駄にはなんねぇからな。日向は、もうちょっと筋肉つけたほうがいいな。」
「まあ、細いですからね。」
「コンが初めて来た時もお前みたいな爪楊枝みたいな腕してやがったな。」
「いくら俺の腕細いって言っても爪楊枝よりはしっかりとした腕がついてると思うんですが・・・」
ガハハと笑うウチガネに若干、ムッとしながら言葉を返す。
「コンは、やっぱり結構やってるんですか?」
「ああ、もう、10年ぐらいは、弟子をやってる。」
「10年ですか? そんなに・・・」
「いきなり、俺んところに押しかけてきてな。弟子にしてくださいっす! なんて言ってきやがった。最初は断ってたんだがな。毎日毎日来るもんでこっちが根負けしちまった。根性だけはあるからな。あいつは・・・」
悪態をつきながらもその表情は楽しそうだ。コンは別の風呂で見知らぬおじさんと雑談していた。
「コンは、将来的にはウチガネさんを継ぐんですか? ああいう刀鍛冶って後継者を作るイメージなんですけど・・・」
「コンには、俺の名は継がせられねぇ。」
俺の質問に対してすぐにウチガネさんは言葉を返す。まるで初めから決めていたようだ。
「それは、才能の問題ですか?」
確かにウチガネさんとの次元が違うとは思った。しかし、10年も続けているのだ。後継者に育てる事も視野に入れていてもおかしくないのに・・・
「いや、才能はある。このままいけば、十分食っていけるだけの職人になるだろうよ。」
「え? だったら・・・」
「だが、俺の後は継がせられねぇ。お前は、俺の事をどんな刀鍛冶だって聞いてきた?」
「え、それは、妖刀を作れる凄腕の刀鍛冶って・・・」
「そうだ。俺は打つ刀が全部妖刀やらそういう類のもんになる。これは、体質的なもんで、逆に妖刀以外は作れねぇ。つまりは、教えることができねぇ。俺の名を継ぐってことは、客は、妖刀を求めてくる。だが、今のあいつには、妖刀は打てねぇ。」
つまりは、客の求めるものを提供できない。客が求めるものを提供できない商売はすぐに無理がくる。例え、それが良いものであってもその根幹が抜けて入れば、すぐガタがくる。
「本来なら俺なんかに弟子入りなんてせずに他の普通の刀鍛冶のとこに行けばよかったんだ。そうすりゃあ、間違いなく将来安泰だ。そう、何度も言ったんだがな。あいつは頑固だからな。いう事をききやしねぇ。」
「コンは、ウチガネさんがいいと思ったんですよ。多分、妖刀を作れるだけじゃなくて、技量とかそういう部分で・・・。それに大丈夫ですよ。」
「何が?」
「その程度の逆境で折れるような奴なら10年もウチガネさんの所で修行なんてやりませんよ。きっと・・・」
明らかな実力差を見せつけられ続けても、コンはウチガネさんの仕事を見続けてきたのだ。今更、その程度の問題でダメになるようなメンタルなわけがない。
「言うじゃねぇか。一丁前に・・・」
ウチガネさんは、笑いながら、大きな腕で俺の頭を荒っぽく撫でた。
「コンと仲良くやってやってくれや。あいつは、俺の仕事につきっきりだったからな。友達って呼べるもんがいねぇんだ。」
そんな話を俺にするその姿は、師匠というよりは、父親のようだった。
「はい。勿論、コンはいい奴ですしね。」
俺は、ウチガネの言葉にそう言って返したのだった。
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